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夏季休暇 4

「クレデール。お前、武術の心得は?」


 道場の敷地に入る前にこれだけは確認しておく。


「もちろん、ありませんが。何かまずいことでもあるのですか?」


 まずいことがあるってわけじゃねえが、むしろ、女子だから、何もしなければクレデールは無事なんだがな。


「そういうわけじゃねえが……いや、やっぱり問題があるかもしれねえから、ひとまずは俺に先に入らせて、お前はこの扉を跨ぐ手前で待っててくれるか?」


 まあいい。これも鍛錬のうちと思って受け入れるとしよう。

 やたらと重たい扉には力の加え方にコツがあり、それ次第ではそれほど力を籠めることなく、開くことができる。それに気が付いたのは、ここへ通い始めてから1年ほどは経ったころだったか。

 その扉を開き、足を踏み入れると同時に、何かが飛んでくる気配が伝わってきたので反射的にクレデールを庇うような体勢を取りながら身を引くと、扉の内側にナイフが刺さっていた。

 危ねえ。

 道場に踏み入ったその瞬間から修業は始まっていると散々言われてきたが、久しぶりに顔を見せた弟子(というほど奉公もしていないが)相手に、いきなり本物のナイフ投げるかよ。

 去年はここまで過激じゃなかったはずだが。 

 たしかに襲撃はされたが、素手の門徒だったはずだ。


「何のつもりだ、マジで刃物なんか使いやがって」


 飛び道具が終わり、いつになくマジで襲い掛かってくる門徒を容赦もできずに、叩き、投げ飛ばし、組み伏せる。


「うるせえ。ここは神聖な道場だぞ。女なんか連れ込んでくる奴は皆くたばっちまえ!」


 そんなこと言ったら、そもそもここの道場主の家族がいられなくなるだろうが。

 全員の相手をし、ようやく道場の本殿にたどり着いたころには、百人組手ほどじゃねえが、もう結構な数の真剣勝負を終えており、もう今日はこのまま帰ってやろうかという気にもなっていたが、さすがに義理を果たさなくちゃあならねえ。


「師匠」


 靴を脱ぎ、全面板張りの道場の奥で、掛け軸に向かっている師範の真後ろまで歩いてゆく。

 

「セーヴィス師匠。イクス・ヴィグラードです。また、夏の間、御厄介になる事もありますがよろしくお願い致します」


 膝をつき、頭を下げる。


「よく戻った、イクス」


 座ったまま、その場でくるりと向きを変えたのは、厳つい、恐ろし気な風体の男性だ。

 道着の隙間からちらりと見える色黒の皮膚には無数の傷、眼光は鋭く、いまだ衰えていないどころか、常に全盛期だということをひしひしと感じさせる。

 セーヴィス・ヴィシュラン。

 俺の武術の師匠だ。

 ジロリ、と師匠の視線が一瞬クレデールを捉えるが、すぐに俺へと戻される。


「あいつらには、腕の一本でも貰い受けるつもりでと言っておいたのだが、いまだ腕は鈍っていないらしいな」


 この師匠、弟子の腕を何だと思ってやがる。

 確認するにしたって、他の方法があんだろ。


「イクスよ。今日は何用で参ったのだ?」


「ああ」


 俺は居住まいを正し、床に手を突いた。


「師匠。学院が夏季休暇に入った。また時間のあるときには修行を頼む」


「ふん。鍛錬というものは、続けてやるからこそ意味があるものだ。やるからには毎日来い。いつも通り、早朝から開けておく」


 どうでもよさそうで、面倒くさそうな態度だが、俺が顔を見せるときには嫌な顔などみせず、稽古をつけてくれる。

 中等部以前にはきちんと月謝も払い、身体を壊さないペースで学びに来ていたのだが、高等部に入ってからは、月謝を受け取ってはくれなくなった。

 俺が寮に入ったのが原因だろうが、曰く、そんなに短い期間の中途半端な指導に金は取れんと、プライドの高そうなことを言っていたが、本心では、嬉しいことに、俺を鍛えられることを喜んでくれているらしい、というのは絶対に俺に言わないようにと言い含められたうえで伝えられていた母さんから聞いた。

 

「それはいいとして、だ」


 師匠の視線が再びクレデールへと向く。


「その連れは、新しい門徒の希望者か? それならレンシアも喜ぶが」


 レンシア、というのは、この道場、つまりは師匠のひとり娘のことだ。

 年齢的にはクレデールと同じはずだが、学校はここから近くの、普通の公立のものへと通っている。

 理由は、朝晩と稽古をつけて貰っているからだが、本人もそれを望んでいた。


「いや。こいつは――クレデールは、うちの学院の後輩だ。別に門下生希望ってわけじゃねえ。わけがあって、休暇中はうちに居候することになってる」


 師匠の眉がぴくりと動くが、それ以上の反応は見られなかった。


「春に引っ越して、学院に転入してきたばかりで、まだこの辺りに慣れてねえから、今日は案内がてら顔見せに連れてきた」


 嘘ではないな。

 走り込みの途中に立ち寄る、というより、ゴールとして設定していたというだけのことだが、街に慣れていないクレデールは、少しでも顔見知りを増やしておいた方が良いだろうと考えた結果でもある。


「クレデール・ローディナです。よろしくお願いします、ヴィシュランさん」


 クレデールが挨拶をすると、師匠は、うむ、と頷き。


「良い体つきをしているな。いや、失敬。初対面の相手だとつい、な。しかし、せっかくイクスに付いて来たのなら、お嬢さんも一緒にどうかね」


「ありがたいお申し出ですが、少し考える時間をいただければと思います」


 先程俺が尋ねた時と同じようにクレデールがすげなく断ると、師匠がひどく残念そうに落ち込み、とりあえず今日訪ねた用事は済んだので帰ろうとしたところ、道場の扉が音を立てて開かれた。


「イクス。帰ってきてるって?」


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