夏季休暇 2
俺は財布とスマホをポケットに突っ込むと、外に出て自転車を引っ張り出す。
車を動かすことはできねえが、他に台車になりそうなものもねえし、荷台にでも荷物を括りつけてくれば、いくらか運ぶのも楽になるだろう。
「家の鍵は持ったか?」
大した距離じゃないとはいえ、いざ辿り着いてみて、鍵がありませんでした、取りに戻りましょう、ではちと間抜け過ぎる。
「はい。大丈夫です」
クレデールがポケットから取り出したアクセサリーには、家のものと思われる鍵が2本、括り付けられていた。
おそらくそのうちの1本は、落としたり、なくしたときの予備なのだろう。
もっとも、同じところにつけていては、意味がないともいえるが。
「なんで2本とも、同じ場所につけてんだ?」
「それもそうですね……」
気が付いていなかったのか、クレデールは括られていたリングを外して、その内の1本を俺に向かって差し出した。
「では、私がなくしたときのために、1本は先輩が持っていてください」
「は?」
いきなりな言動に、俺は一瞬固まり、差し出された鍵と、クレデールとを見比べる。
「お前なあ……そういうことを軽々しくするんじゃねえよ」
他人に自分の家の鍵を渡すってことがどういうことか分かってんのか、こいつは。
この間ストーカーにあったことをもう忘れてんじゃねえだろうな?
「合鍵は今のところ1本しかありませんから、先輩以外には渡しませんし、渡せませんよ?」
不思議そうに首をかしげてんじゃねえよ。
危機管理意識が低いって言ってんだ。
別にクレデールのことをどうこうと思っているわけじゃねえが、俺だって男だし、人並みな感性が無いわけじゃねえんだぞ。
「もしかして、先輩は私の家に勝手に入り込んで待ち伏せたり、それをどなたか別の人に渡したり、ましてや落としてなくしたりなさるおつもりですか? それとも、何かいかがわしい目的に使うおつもりとか?」
「いや、そんなつもりはねえが……」
注意しようと思ったことを先んじて言われてしまい、俺は言葉を詰まらせてしまった。
信頼されていると言えば悪い気はしねえが、あるいは、俺は男と思われてねえのかもしれねえ。
「そもそも、先輩の事を信頼していなければ、お宅にお邪魔などさせていただきはしなかったでしょうし、今更ですよ」
はあ。
まあ、クレデールがそれで構わねえってんならいいんだが。
俺は小さくため息をつきながら、クレデールの家の鍵を自分の家の鍵と一緒にチェーンに括り付けた。
クレデールの引っ越してきた先というのは、新しめのマンションの一室だった。
ただし、外観はかなり高級で、セキュリティもしっかりしているらしく、鍵による認証の他に、暗証番号も必要だったり、1階に部屋はなく、フロア丸々がエントランスになっていたり、あからさまに見える場所に警備室があったりと、休みの間だけでもひとり暮らしさせる娘への配慮がよく見られる所だった。
奇しくも、寮でのクレデールの部屋と同じ206号室へと向かい、クレデールに続いて中へ上がらせてもらう。
どれほど散らかっているものかと覚悟していたが、意外にも、室内は整然としていて、むしろ、いまだに開封されていない、引っ越し直後と思われる段ボール箱まで見られる始末だった。
しかし、考えてみればそれも当然かもしれねえ。
クレデールは、中学時代をシュレールではなく、フェルミナで過ごしている。
当然、卒業式はあちらで済ましたのだろうし、春休みの出会った日のこと、それから、クレデールの両親が忙しく海外を飛び回っているらしいということを考えれば、使用者がいないこの部屋が、こんな風に生活感なく感じられるのも仕方ない事なのかもしれねえ。
それにもかかわらず、これだけの場所を選択しているということに、クレデールの中学時代が思い起こされるようだった。
「どうかしましたか、先輩」
「いいや、何でもねえ。それより、さっさと荷物をまとめようぜ」
幸い、クレデールは俺がそんなことを考えていた事には思いもよらないようで、奥の方にある部屋へと進んでゆくので、俺も後からついてゆく。
食器類はうちにあるのを使えばいい。
化粧品やらは、たしか寮にあったのを持って来ていたはず。
とすれば、主に必要なのは着替えか。
「洗濯して使いまわせばいいから、7日分くらいもありゃ十分だろ。あんまり多いとかさばるし、運ぶのも大変だからな」
「そうですね……って、先輩。なんでついて来ているんですか?」
なんでも何も、準備を手伝うためだろ?
どうせクレデールの事だから、放っておいたらぐちゃっとした感じに鞄に放り込むに決まってんだ。
「そ、そんなことはありませんし、それと先輩が入ってくることにどんな関係があるんですか」
「いや、お前の寮での様子を見ていれば、荷造りがどうなるのかなんて簡単に予想できる。うちに戻ってから、着替えを取り出すたびにお祭り騒ぎをされてたら困るからな」
手伝うためだろうが。
そこに何の問題があるってんだ。
「だからって、わ、私の……とにかく、先輩は入って来ないでください! 準備くらい、ひとりでできますから!」
いいですか、絶対に入って来ないでくださいね、と念を押され、クレデールの部屋から追い出され、勢いよく扉を閉められる。
理由は全く分からねえが、一応、女子の部屋だし、当人に入るなと言われれば、入ることはできねえ。
寮でも毎日洗濯しているんだし、今更、クレデールの衣服だか下着だかくらいでどうこう慌てたりはしねえんだけどな。毎度、洗濯物を取り込んで畳んで届けているのが誰だと思ってんだ。
まあ、俺だけじゃなく、ディンやリオンも、たまには手伝ってくれるんだが。
そう、畳んで届けてんだよなあ。
にもかかわらず、あの惨状。一体何が起こっているのか、今度、リオンに頼んで調べてもらうかな。
それはともかく。
部屋の中からは、ごそごそと、クローゼットを開けたりする音が聞こえてきているが、扉が締め切られていて、中の様子が窺えないため、非常に不安ではある。
「……お待たせしました」
たっぷり、1時間ほども時間をかけ、大きなキャリーバッグを引いて出てきたクレデールは、いまだ不満そうな顔で、じとっと俺を睨んできていた。
「忘れ物はねえな?」
何か言いたそうな顔、あるいは俺が何か言うのを待っているような顔をしていたが、俺からは何も言うことがないと分かると、嘆息したように溜息をついた。
「……ありません。しっかり畳んで、整理して入れましたから、先輩の御厄介にはなりません」
何を怒っているんだか、クレデールは頬を膨らませていたので、このままでいられるのも母さんに説明するときにややこしいことになりそうだし、早いところ御機嫌を取るべく、帰る途中にコンビニに寄ってアイスを奢った。




