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寮の住人達 5

「リオンさんは内部進学ということだったけど、クレデールさんは外部からなのですってね」


 エリアス先輩が静かにナイフとフォークでハンバーグを切り分けながら、クレデールに視線を向ける。

 しばらくの間、この場で新入寮生の話題になることは避けられないだろう。


「初等科からの内部進学ならともかく、高等科からの外部進学はかなりハードルが高いらしいけれど、凄いのね」


 俺たちの通うシュレール学院は、初等科から付属の大学まで完備されている、国内、贔屓目をなくしても周辺市内ではそれなりに有名な学院だ。

 初等科からの一貫教育をおこなう関係上、それなりにレベルは高いとみられているようで、内部の持ち上がり生徒との格差をなくすため、編入試験も普通の高等学校に比べると難しくなっている、らしい。実際に受けたことがあるわけではないから、真偽のほどは分からないが。

 それでも、毎年少なくない人数がこの学院に編入するのは、偏に人気のほどがうかがえるというものだろうが、編入生の実力も分かろうというものだ。


「いえ、そのようなことは……理由も、引っ越してくる際、家から通わずに済む、条件に合う学校が近くにここしかなかったというだけですから」


 クレデールがそう答えると、ディンがわずかに眉を寄せた。

 今の話に、どこか気になるところでもあったのだろうか? 俺には特に引っかかるところはなかったが。

 しかし、ディンが表情を曇らせたのは一瞬のことで、おそらくは誰も気にしていないだろうと思った。


「ディン。どうかしたの?」


 しかし、そう思っていたのは俺だけではなかったらしい。

 ディンの隣に座っているリオンが、少し心配しているような表情でディンの方へ顔を向ける。


「え? いや、今日もリオンは可愛いなあと思っていたところだよ」


 ディンは、クラスの奴らが見れば黄色い歓声を上げそうな、とろけそうになる極上の笑みを浮かべる。

 しかし、ディンの婚約者だというリオンは、そんなことではぐらかされたりはしなかった。


「誤魔化さないで。気になるところがあるのなら、はっきりさせて」


 リオンは手を止めて真っ直ぐにディンのことを見据えていた。

 そんなリオンに、ディンが少し困った様な顔を浮かべている。

 気になる事は、はっきりさせるタイプらしいリオンのことは、自分の婚約者だというのなら知っていそうなものだったが。

 それでも誤魔化そうとしたということは、何か誤魔化さなければならないだけの理由があるのだということだろう。


「まあ落ち着きなさい、リオンさん」


「エリアス先輩」


 エリアス先輩は、凛とした顔で微笑んでいて、緊張したこの空間で、まるでその場所にだけ花が咲き綻んでいるようだった。

 悪い意味ではなく、相手に反論する気をなくさせてしまうような笑顔に、リオンの方もすっかり毒気を抜かれてしまった様子で、冷静さを取り戻したように「ごめんなさい、ディン」と引き下がった。


「誰にだって話したくないことのひとつやふたつはあるでしょう?」


 エリアス先輩の言葉を聞いて、リオンははっとしたように眉を上下させ、なるべく視線を動かさないように注意しているような動作で着席し、それから謝罪の言葉を口にした。


「ごめんなさい、無神経だったわ」


「いいや」


 ディンは微笑みながらリオンの頭を撫で、リオンがそれに反発して「子供扱いしないで」と払いのけると、食卓には元の明るい雰囲気が戻ってきた。


「ま、自分から言い出さないってことは大丈夫ってことだろ。ディンも俺たちに忠告するまでのことでもないって判断したようだしな」


 相変わらず静かに手を動かしているクレデールをちらりと見ながら、セリウス先輩は俺たちに向かって肩を竦めてみせた。

 ディンが誤魔化したような笑いを浮かべたことには、おそらく全員が気付いていただろうが、セリウス先輩の言う通り、誰もそのことに突っ込んだりはしなかった。


「ただな」


 普段は自由人気質であるセリウス先輩は、垂れ気味の瞳をすっと細め、いつになく真剣な表情を作った。

 こんな表情を見せたことはほとんど記憶になく、俺たちは妙な緊張感に包まれていた。ただエリアス先輩だけが、いつもと変わらない調子で微笑んでいる。


「お前たち寮生の問題は、俺たちの問題でもあると考えている。話を聞くくらいだったらいつでもしてやるし、力になれることならできる限りのことはするつもりだ。押し売りはしねえがな。話す気になったら、いつだって吐き出しちまっていいんだぜ」


 セリウス先輩が真面目な表情を作ったのはその数秒間のことだけで、すぐにいつもの飄々とした顔に戻っていた。

 

「デートのお誘いから、独り寝の寂しい夜の添い寝まで、何でもござれだ」


 ただし課題は自分でやれよ、などと、初等科の教師のようなことまで言い出す。

 それから話は、授業のことや行事のことなど、高等科の生活のことに移り、食事が終わったところで、俺は片付けに、他の奴はそれぞれの部屋に戻ろうとしたんだが、それにセリウス先輩が待ったをかけた。


「あっ、ちょっと待ってくれ。ひとつ、忘れてたんだがな」


 面倒くせえがこれも決まり、というか伝統なんだと、ボードを取り出した。

 ぶら下げるための紐が付いていて、俺たち在校生――もとい、寮生にはすぐに分かったが、新入寮生のふたりにはピンと来ていない様子だった。


「当番表だ。掃除とか、ゴミ出しとかのな」


 ディンとセリウス先輩、エリアス先輩の視線が俺に集まるので、あとの新入生ふたりが、不思議そうな顔を向けてくる。

 俺たちが入るかなり前から使っているようなもので、縦と横に罫線が引かれ、網目のような表が出来上がっている。


「とりあえず――料理と掃除のところは全部イクスに任せていいだろう」


「ちょっと待て」


 エリアス先輩が、当然ね、と言わんばかりに頷き、ディンもそれに賛同するように手を叩く。


「何だ、嫌なのか」


 セリウス先輩は、心底意外そうな顔をする。


「嫌とか、そういうことじゃなくて、寮の決まりで、雑務は分担することになってるだろうが」


 基本的にこの寮に教師が不干渉であるのは、先代以前の先輩方の築いてきた信頼によるところが大きい。

 加えて、利用する学生の自立心を鍛えるためだとか、校訓にもあるような目的もあるらしい。

 そのため、この寮にも、規則として明文化されているわけではないが、不文律として、仕事の分担が存在している。


「分かってねえなあ、イクス」


 子供を諭すような口調で、セリウス先輩が肩を組んでくる。


「お前、俺たちに掃除やら料理やらをさせるつもりかよ」


 困ったものね、とエリアス先輩も頬に手なんか当てている。

 困っているのは俺の方なんだが。


「去年で学んだろ? どうせお前が手を出すことになるんだからよ」


「去年の醜態を自慢気に話すんじゃねえよ。少し改善されてたろうが」


 まあ、さっきのエリアス先輩の部屋の惨状を見るに、察しはつくだろうというところだが。


「それに、俺が手伝うことになるのは構わねえが、やろうとすらしねえってのは、それは何か違くねえか?」


 セリウス先輩は、仕方ねえか、とため息をつく。

 それはこっちの台詞だぜ、まったく。


「じゃあ、まあ、とりあえず、このあみだくじを引いて、決まったところが今週の当番ってことで。後はローテーションな」


 ボードの脇にさっと引かれたあみだくじを、俺たち6人はそれぞれ選んだ。



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