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帰省に際して

「お前ら、忘れ物はねえな?」


 夏季休暇の初日。

 早朝に寮の掃除を終わらせ、少し遅めの朝食を済ませた後、俺たちは6人、揃って寮を出た。

 もちろん、同じ場所に行く目的があるとかじゃなく、帰省が目的だ。

 セリウス先輩の確認に、俺たちは同時に頷く。もちろん、冷蔵庫の中も空っぽであることは確認済みだ。夏休みの間中、ずっと入れっぱなしになどしていたら、どう考えても腐って、戻ってきた時おぞましいことになっているに決まっている。

 

「そんじゃ、また夏季休暇が終わって、お前らと会えんのを楽しみにしてるぜ」


「2学期は文化祭もあるし、楽しみね。この休みの間に、はりきって衣装製作を進めなくちゃ」


 先輩たちはそう言って、先に荷物をまとめて出て行ってしまい、後には俺たち4人が残された。


「俺たちも帰るか」


「そうだね。それから、イクス。夏休みは一緒にプールやら海やらに行くって約束したよね。その時には連絡するから」


 ディンが楽しそうに笑う。

 休みなんだからのんびり休ませろ、と思わなくもねえが、まあ、それもそれで悪くないかもしれねえな。


「ああ、それは構わねえが、ディン。休みくらいはリオンにしっかりしてやれよ」


 普段は授業の兼ね合いとかでふたりの予定が合わないってこともあるだろうが、お前らは婚約者なんだから、リオンに誠意ある対応をしろよ。

 そんな意味を含めて睨んだんだか、ディンはいつものように笑うだけで、今一、伝わってこねえんだよなあ。


「イクス。いつも言っているけれど、僕はいつだってリオンを大切に思っているよ。ただ、世界には魅力的な宝石がたくさん輝いていてね。どれもそれぞれ美しくて。僕に見てくれと、もっと磨いて、愛でてくれと言ってくれているみたいで」


 お前、以前は女のことを花か何かに例えてなかったか? それとも菓子の類だったか?


「イクスが花の方が好きならそうするけど? そうだね、どの花も、皆愛情をこめて育てて欲しいと――」


「いや、もう十分分かったからいい」


 その手の話はもう何十、何百どころじゃないほど聞かされてるから。

 ディンはまだまだ語り足りないという顔をしているが、俺はお前のように誑しのハーレムを築くつもりはまったくねえ。


「そうだったね。イクスは、ひとりの子に、そう、誠実に、他の子に傾いたりせず、真っ直ぐに愛情を注ぐって言っていたもんね」


「そんなことは言ってねえよ」


 まったく。ディンと漫才している暇じゃねえんだよ、こっちは。

 ディンは、おそらくリオンも同様だと思うが、長期の帰省の際には、家から迎えの車がよこされる。

 もちろん、うちではそんなことはありえねえが。

 かといって、それほど困る事でもねえんだよな。

 帰省とはいえ、そんなに持ち物がかさばるわけじゃねえし。

 着替えとか、家にもあって寮に置いとける物は置いてきているし、荷物といえば、課題を入れた鞄くれえのもんだ。


「お待ちしておりました、ディン様、リオン様」


 予想通り、学院の門を出ると、毎度のように、黒塗りのやたらと長い車が止まっており、執事服を着た男性と、メイド服を着た女性が惚れ惚れするような姿勢で頭を下げていた。


「イクス先輩、クレデールさん。また学院で」


 リオンがクレデールと抱き合ってから車に乗り込み、


「イクス。クレデールさんの事、よろしくね」


 ディンは何だかよく分からねえことを言って、車の中に消えていった。

 残された俺は、クレデールとふたり、学院を出て、駅へと向かって歩きながら、ふと気になった(嫌な予感がした)ことを尋ねてみた。


「そういや、クレデール」


「どうかしましたか、先輩」


「お前んとこの両親は、長期休暇中、家に帰って来たりすんのか?」


「それはまあ、もちろん帰ってくることもありますが」


 大概は家にいないですね、とクレデールは、そこに何も問題はないと思っているような顔で首をかしげる。


「それがどうかしましたか?」


 まさか、ディンの奴これを知ってたんじゃねえだろうな。

 それとも予知していた?


「先輩? そんなに頭を抱えてどうなさったんですか?」


 俺はこれから自分がかけようとしている言葉の意味を考えて、激しく汗をかいているのが分かった。

 まったく、俺はディンじゃねえんだから、こんな試練を用意しなくてもいいだろうが。

 大体、言ったら最後、面倒なことになるのは、ほとんど確定だ。

 しかし。


「……クレデール。もし、嫌じゃねえんなら、夏季休暇の間、うちに来ねえか?」


 クレデールは、一瞬、何を言われているのか分からないといった顔をして、それから顔を赤らめて、自分の胸をかき抱くようにしながら数歩後退り、半眼になって俺の事を睨んできた。


「先輩……」


「いや、そうじゃねえ。そんな気持ちは全く――全くねえが、お前をひとりにすることに非常に危機を感じてんだよ」


 夏休みはひと月半ほどある。

 他家の事情に深入りするべきじゃねえのはわかってはいるが、それほどの期間、こいつをひとりでなど放置したら、一体どんなことになってしまうのか。 

 考えるのも恐ろしいってもんだ。


「そうですか。全くですか、全く……」


「クレデール?」


 クレデールは何事か呟き、しばらく考えこむようなそぶりを見せた後。


「……先輩。ご両親への説明は構わないのですか? それに、一応、家との距離感などを把握しておきたいですし」


「……それもそうだな」


 母親に連絡すると、返事はすぐにあり、文字からも分かるくらいに舞い上がって喜んでいるようだった。

 俺がディン以外の友人(といって構わねえのかは疑問だが)を家に連れてゆくのは初めてなので、かなり喜んでいるらしい。

 

「ってわけだが、どうする? うちは別に邪魔ってわけじゃなく、むしろ歓迎するって雰囲気みてえだが」


 クレデールは黙り込んでいる。

 まあ、年頃の女子が、知り合いとはいえ、他人である男のいる家に長期休暇の間ずっとってのは、抵抗もあるよな。


「――分かりました。先輩がどうしてもとおっしゃるのでしたら、御厄介になってもよろしいでしょうか?」


 やっぱりやめとくか、と提案しようとしたところで、クレデールが深く頭を下げてきた。

 

「……構わねえんだな?」


「そもそも先輩が提案されたことですよ」


 そりゃそうだが。

 とりあえず、この学院のある駅は終点なので、途中までは確実に一緒になる。

 後はクレデールの判断に任せるかと思い、俺たちは電車に乗り込んだ。


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