夏祭り 5
そこから先俺たちは、とてもじゃないが、祭りに客として参加することはできない状況だった。
まず、砕いても、砕いても、客足が途絶えねえ。
ただの町内会の催しである夏祭りでこんなになるのかというほどの賑わいで、準備してあった氷だけではとても足りず、途中、ディンがクーラーボックスを引っ提げて近くのコンビニまで追加の氷を買い足しに出かけたほどだ。
店を訪れたのは男性客だけじゃなく、ディンが約束していたらしい女性客も大勢訪ねてきた。
幸い、ディンが相対してはうまいこと言いくるめたらしく、惨事にはならなかったが、一時、店は非常な混乱をみせた。
おそらくは、祭りに訪れた参加者のほとんどが1杯以上は頼んだのではないかと思えるほどの回数、かき氷機を回し続け、回し続け、回し続け。
出来上がるかき氷とは裏腹に、祭りが終わり、氷もなくなるころには、俺はワイシャツ1枚に、髪を止めるバンダナといった有様だったが、びっしょりと汗をかいていた。
「お疲れ、イクス」
水に濡らしてあるタオルでディンが煽いでくれる。
どうやら、わざわざ近くの水道まで行ってきてくれたらしい。
「すまんな、助かる」
しかし、今までかき氷を作る側に回る経験はなかったが、これだけ連続で回すと疲れるな。
「こいつは、寮にでも置いとくか。持って帰っても仕方ねえしな」
セリウス先輩が、今日の最殊勲であるかき氷機をぽんぽんと叩くと、エリアス先輩も「そうね」と同意した。
「来年以降、俺たちは使うことはねえが、お前らで使ったらいい。別に、祭りに出店しなくても、普通に寮で食ったりしてな」
机や天幕、テントの骨組みを片付け、撤収作業を終える。
ついでに、自分のシャツも水洗いし、硬く絞った。
まさか、こんなことになるとは思ってもみなかったから、着替えなんて持って来てねえし、まさかあんなぐっしょりと濡れたままの恰好で電車に乗るわけにもいかねえ。
この時間帯、まさか学院方面へ向かう客はいねえと思うが、一応、公共機関の乗り物だしな。
「お疲れ様。差し入れよ」
俺たちが椅子に座って一息ついていると、女子チームの面々が、たこ焼きや焼きそばのパックを持ってきてくれていた。
身体が食事を欲していた俺たちは、ありがたくそれを受け取り、黙々と食べ始める。
「売り残り……とまではいかないけど、色々と安く手に入ったのよね」
意味ありげな笑みを浮かべるエリアス先輩を相手に、その方法までは尋ねまいと思う。
重要なのは、この場でエネルギーを摂れるというだ。流石に、今の状態のまま寮に戻って食事を作るのはかなりしんどそうだったからな。
「そういえば先輩。バイト代替わりに、いくらでもかき氷なら食べられるって話でしたけど」
差し入れの食事をあらかた平らげ、ごみを処分した後、思い出したようにディンが尋ねる。
「あー、そういやそうだったな。でも、氷もなくなっちまってるしな」
「それなら、僕が買って来ます」
「待って、ディン。私も一緒に行くわ」
そんなにかき氷を食べたかったのか。
ディンが勢いよく立ちあがり、すぐ後ろからリオンが追いかける。
「つーわけだ、イクス。もうひと仕事頼むぜ」
「いや、先輩。なんで俺が準備する側なんだよ。俺も報酬を受け取れる側だろうが」
そう言いつつ、何となく終わった充足感に囚われていた俺は、この場にいる十数人分だったら別に構わねえかという気にもなっていた。
さすがに、あと100人分とか言われるとしんどくてパスしそうだが、この場には女子ばかりで、男子は俺と、今は買い物に出ているディンと、セリウス先輩しかいねえ。
まさか、こんなに大変な仕事を女子に押し付けるわけにもいかねえだろう。
「そう言いつつ、やってくれんだろ?」
「まあ、俺も引き受けちまった以上、最後まで責任は持ちたいしな」
多分、舐められてんじゃなく、信頼されてんだろうな。
そのくらいは何となく感じ取れたので、それで他の奴らも満足できるならそれもいいか。
「お待たせしました」
そんな話をしていると、ディンとリオンが、手に持つ袋に一杯のロックアイスを買って戻ってきた。
量を見て、服飾部員の人数の事を考えると、まあこれくらいは必要かとも思うが、それにしても、これからまたこれだけの量を削るのかと思うと、すでに腕が疲れてきた。
というより、先程までの疲れを思い出してきたというべきだろうか。
腕を投げ出して、机の上に突っ伏したい気持ちだったが、さすがにそんなにみっともねえ姿を衆目に晒す気はねえ。
俺の神経はクレデールのように図太くはねえんだ。
いや、もちろん、あいつにだって繊細な部分があることは知っているが。そうじゃなきゃ、引っ越し、転校なんてしねえだろう。それはそれで、また別問題か。
そう思っていると、自然とクレデールの方を向いていて、目が合った。
「どうかしましたか、先輩」
「いいや、何でもねえよ」
手でも振ってやろうかと思ったが、そんな元気はなかった。
「お疲れですね、先輩。よろしければ、マッサージでもしましょうか?」
後輩にそんなことはさせられねえと思い、断ろうとしたが、何やらクレデールは真面目な表情なので、
「そうか、じゃあ、よろしく頼む」
俺は少し椅子を移動させ、スペースを開けた。
「失礼します」
その場所にクレデールが入って来て、そっと俺の腕をとる。
「やっぱり、鍛えているんですね。硬くて、それに太いです」
俺自身は、そんなに太過ぎたりはしねえと思っているが、クレデールが自分の腕と見比べているのを見ると何も言えなかった。
そりゃ、お前の腕と比べりゃそうだろうよ。
「パンパンじゃないですか。よく最後まで持ちましたね」
「鍛えてるからな」
直前のクレデールの言葉を返してやると、クレデールはくすっと笑った。
結論から言えば、クレデールのマッサージは気持ちの良いものだった。
もちろん、腕が疲弊していたというのもあるが、何というか、よくは自分でもわからねえが、それ以上に何だかこう、幸福感のようなものを感じていた。
しばらく、俺は目を瞑って、その気持ちの良い感覚に身を任せていたが。
「きゃっ」
何だか一瞬、指先に妙に柔らかいものが触れたように感じてうっすらと目を開けたが、そこには特に何もなく、クレデールがいるだけだった。
何故だか少し顔を赤くしていて、先程までよりわずかにだが距離が開いている気がする。
「どうかしたか?」
「い、いえ、何でもありません。何でも」
よく分からないが、クレデールがそういうのならそれは構わないんだろう。
しかし何かがあったことは事実らしい。
「ありがとな、クレデール。大分楽になった」
「そ、そうですか」
やはりクレデールは少し赤い顔のまま、ちょっと失礼しますと席を外してどこかへ歩いていった。
「おし、そろそろ戻るか」
それからしばらくし、俺自身もすこし腹ごなしを済ませた頃、セリウス先輩が立ちあがり、この集まり自体はその場で解散という流れになった。
俺たちは寮に戻るが、服飾部のメンバーはそれぞれ帰る家も違うだろうし、あまり遅くなり過ぎるのも悪いと判断したんだろう。
そのまま、それぞれがそれぞれの帰路につき、俺たち寮生も一緒に寮への道を戻る。もちろん、クレデールは迷子にならないよう、俺の腕をしっかりつかませた。




