夏祭り 3
与えられた弾数は5発分。
先客でもいれば、玉の飛び具合とか、曲がり方なんかを観察しやすかったんだが、仕方ねえ。空いていたんだから良しとするか。その分はクレデールの方を観察して補うかな。
横を向けば、乗り出したりせず、美しいとさえ思える立ち姿で銃を構えるクレデールが、やはり俺の方をじっと見つめてきていた。
「……撃たねえのか?」
「……先輩こそ」
どうやら考えていることは同じらしい。
それなら、まあ、先輩として、ここは譲ってやるか。
最初の1発で落としちまえば、それで勝ちだしな。
俺は改めて最上段の景品、正確にはその横に置いてある小さな的を見据える。
風は……やや右から吹いてきているな。つっても、この程度なら無視しても構わねえだろう。どうせ難しいことを考えたってわからねえんだから。
「邪魔になるといけませんから」
クレデールはそう言って俺の後ろに下がったが、真意はそこじゃなく、後ろから弾の軌道を見ようとしているんだろう。
ボールでも投げて当てるとかならまだやりやすかったかもな。
何はともあれ。
俺の方がクレデールよりも明確に有利なのは、身長が高いことだ。クレデールも低くはないが、俺と比べると頭ひとつ分くらいは違う
それはつまりリーチが長いということで、より近くから撃つことができるということだ。もちろん、銃口の位置がどこまでと決められている場合には関係なくなる話だが、注意書には、台に乗って前へ乗り出さないようにと書いてあるだけで、腕を伸ばす分には別に咎められてはいねえ。
これだと、台で自分の腕を支えることはできないので、自分の腕でぶれねえようにするしかないわけだが、武術の鍛錬での型みてえなもんだろう。
ぽんっ、という軽快な音と共に弾かれたコルク栓は、狙いよりもわずかに右に逸れた。風を、微風とはいえ、意識し過ぎたか
「では、次は私の番ですね」
クレデールと交代し、俺は後ろに下がる。
自分から提案してきたってことは、それなりに自信があるってことか?
「っ!」
そうして、景品を狙うために銃を構えたまま、俺と同じように前傾姿勢をとるクレデールを見て気付いたことだが、これはまずい。
クレデールの服装は、白いフリルが付いたピンクのワンピースだ。夏用だからなんだろうが、裾はかなり短く、このままいくと中身が見えそうだ。
もちろん、男の俺がそれを指摘すると、かなり怒られそうだが。
「おい、リオン。頼みがあるんだが」
同じように、後ろから、ディンと一緒にクレデールの様子を眺めているリオンに耳打ちする。
「どうかしましたか、イクス先輩」
「クレデールの事なんだが、あー、その、あれがな」
歯切れの悪い俺の台詞を聞いて、リオンは首をかしげている。
まあ、当然だよな、俺だって、それだけじゃ何のことを言っているのか分からねえ。
仕方ねえ。
寮で洗濯しているときにだって、うちの女子共の下着なんて見慣れている。
そう聞こえると、かなり危ない奴に思われるかもしれねえが、共同生活をしている以上、仕方のねえことだろう。洗濯する時間も一緒だし、必然、干す時間も同じになる。当然、取り込みもだ。
「このままだと、後ろから丸見えになりそうだから、それとなく隠すか、注意するかしてやってくれねえか」
ダンスが始まって、客はほとんどいなかったんだが、いつの間にやら集まり出している。
もちろん、足を止めている奴らは、男の方が比率が高い。
「その方が良さそうですね」
リオンはさっと後ろを眺め、溜息をついてから、クレデールの背後を隠すような位置取りまで移動してくれた。
俺はちらりと後ろを振り返り、見てんじゃねえよ、とがんを飛ばす。
見物に集まった(何の見物かは知らねえが)客共は、さっと視線を外すようにしながらこそこそと止めていた足を動かして別のところへと散っていった。
射的屋の主人には悪いが、その分、売り上げに貢献するからひとつ勘弁願いたい。
「イクス。きみの特技が役に立ったね」
「特技じゃねえ。生まれつきだ」
たしかに今回はガンつけるつもりで睨みを利かせたが、いつもそんな風に思ってやってることじゃねえ。
大体、クレデールが余計なことに気を取られて集中できなかったなんて言われると、約束が反故にされそうで、俺としても困るからな。
そうこうしていると、ぽんっ、という音が再び聞こえてきて、続けて、何かが布に当たって落ちるような音もした。
しまったな。クレデールの撃った銃弾の軌跡を確認するのを忘れていた。
「残念だったわね、クレデール」
リオンに励まされながら、クレデールはじっと銃口と、狙った先の的を見据えていて、画家がやるように、親指を立てたりして、距離を測っている様子だった。それは普通、撃つ前にやった方が良いんじゃねえかな。
「はい。ですが、次は当ててみせます」
そうは言いつつも、若干、悔しそうにしているクレデール。やはり、負けず嫌いだな。
そして、次は再び交代して俺の番になったわけだが、さて。
とりあえず、銃身を固定させることは重要だな。
俺は脇を締めて、柄の部分を頬に密着させ、視線と銃口が一直線になるように、しっかりと支える。
それから、多分だが、銃口をブレさせないために、利き手で銃口を抑えた方が良いだろう。さっきは、利き手で引き金を引いたが、引き金を引くだけならば左手でもできる。
仕上げは自信を持ち、退路をなくすことだ。
「残念だが、クレデール。お前に次の番はねえぜ」
的の一点、それも上角を狙う。
当たっただけじゃあ落ちねえかもしれねえし、結局当てなきゃならねえんだから、どう狙ったって同じだ。
深呼吸をしてから、ゆっくり、早く引くとその分反動もつきやすいし、引き金を引く。
放たれた弾は、イメージよりもわずかに右に逸れたが、間違いなく、狙った的を撃ち落とした。
「おおー」
ディンが小さく声を上げ、2回ほど手を叩く。
「お見事」
ぐぬぬといった感じで、胸の前辺りで両手を握り締めるクレデールに、
「クレデール、手を出せ」
「はい?」
今受け取った景品の髪留めを渡す。
「俺はこんな髪留めなんて使わねえから」
持ってるだけじゃしょうがねえしな。
せっかくならその髪留めも使われた方が良いだろう。
「……ありがとう、ございます」
クレデールは少し驚いている様子ながらも、自分の手の中に納まった月の髪飾りをじっと見つめていた。
「つけてあげるわ、クレデール。それとも、別の人の方が良いかしら」
リオンの視線が俺の方を向くが、俺は女の髪留めなんてつけたこともねえし、引っ張ったりすると悪いからな。
「ドライヤーはいつもやってあげてるんだから、それよりは難易度低いと思うけど」
そうつぶやいたディンは、まあいいけどね、と肩を竦めた。
結局、リオンにより、クレデールの髪の左側辺りに髪留めがつけられる。
髪留めをつけたクレデールが、見上げるように俺を見つめてきて。
「どうですか、先輩」
まあ、俺が獲ったもんだし、感想を聞いてくるのも当然か。
「あー、似合ってる似合ってる」
この前、水着を選びに行ったとき「良いんじゃねえか」って感想じゃだめだと言われたからな。
だが。
「イクス。心がこもってないよ」
「真面目にやってください、イクス先輩」
何故だ。
俺としちゃあ、真面目に褒めたつもりだったのに、ディンとリオンにダメ出しを食らった。
わけが分からねえ。




