夏祭り 2
「先輩、あれは何をやっているんですか?」
「あれは空き缶積みだ。積み上げた個数に応じて景品が変わる」
「あっちは何です?」
「射的だな。コルク栓の弾を飛ばして当てた景品がもらえる」
クレデールはどれも初めての体験らしく、まわる屋台ごとに興味を惹かれるようにじっと眺めている。
「どうした? 気になるところがあったんなら、遠慮なく言えよ」
「いえ。とりあえず、一度、全部見て回ってからにします。何があるのか把握していませんから」
射的の屋台の景品をしばらくじっと見つめていて、何か気になるものがある様子だったが、団体行動を崩さんと思ったのか。
たしかに皆で来てはいるが、多分ディンならクレデール個人の楽しみを優先させても一向にかまわねえと言いそうだが。
「イクス。勝負だよ」
人混みをかき分け、クレデールを案内しながら、ようやくディンの元までたどり着くと、ディンはぐいっとポイを差し出してきた。
「破けるまでに多く掬えた方が勝ちだからね」
金魚すくいか。
やったことはねえが、大丈夫なのか? うちの寮はペットの類は禁止だが。
「最後に戻せばいいんだよ。構いませんよね?」
屋台の男性も頷いている。
まあ、そういうことなら、やってもいいが。
ディンはクレデールとリオンにもポイを渡し、俺たちは4人、金魚の水槽の前に描かみ込んだ。高等部の生徒が4人も並ぶと、さすがに窮屈、ではないが、ギリギリだな。
「よーし」
ディンは張り切っていて、さっそく目の前に泳いできたやつを掬おうとして、ポイをひとつ破いていた。
ふむ。
別に勝負にこだわるわけじゃねえが、数が多い方が勝ちというのなら、小さい、掬いやすそうなやつを掬うのが良さそうだな。
それから、このポイの構造だが、おそらく接着剤で紙を張り付けているんだろうが、だとすれば、接着面は圧をかけないように表面ですくうべきだろう。
加えて、金魚をポイに乗せている時間は短いに越したことはねえだろうから、この椀を水面に近づけた方が良いな。別にお椀を持っちゃならねえってことはなさそうだし。
しかしこう、うじゃうじゃいると、どうにも……。
そう思っていると、たまたま俺の前にすっと単独で泳いできたやつがいたので、止まった瞬間を見極め、さっと救い上げた。
まずは1匹。
それから、水面近くを泳いでいた奴をもう1匹。
3匹目と4匹目は、コツを掴んできたようで、続けて掬うことができた。
「あぁっ!」
次を掬い上げたところで、隣からディンが叫ぶのが聞こえ、びくりとした拍子にポイが破けて、金魚にするりと逃げられた。
「全部破けちゃったよ」
動揺した俺も俺だが、今のは少し卑怯なんじゃねえかと文句を言おうとしたが、どうやら、わざとじゃないらしいし、非常にがっくりきている様子だったので止めておいた。
見れば、リオンもクレデールも、敗れたポイをじっと見つめていて、すでにリタイアしていたらしい。
「じゃあ、勝負は俺の勝ちだな」
俺は余ったポイを屋台の男性に返却し、お椀に入っていた奴らを全員放流した。
「先輩、器用ですね」
クレデールはじっと俺が持っていたお椀を見つめていた。
どうだろうな。
結局、動揺したからとはいえ、ポイをひとつ破いていることは事実だし、もっとも、クレデールと比べれば、器用には見えただろうが。
「むー。先輩。それなら、次はあれで勝負をしましょう」
どうやら、クレデールの不興を買ったらしい。
クレデールはぷくっと頬を膨らませ、さっき通り過ぎた射的屋の屋台を指差した。
お前、ついさっき自分で、全部見て回ってからにする、みたいなことを言ってなかったか?
まあ、自分で言っていることだし、俺は別に構わねえんだが。
「構わねえが、勝負ったって、判定基準はどうすんだよ」
ここの射的の屋台は、何等とかって順番が決められているわけじゃなく、ただ、景品と、その横に的らしきものが置いてあるだけだ。
物欲なんて人それぞれだろうし、数や大きさでわかりやすい、金魚すくいよりも判定の基準は難しいと思うが。
「そうですね……。では、先にあれを落とせた方の勝ちということでどうでしょう?」
クレデールが指さしたのは、一番上に飾ってある髪飾りだった。
綺麗な、月を象ったアクセントが煌めいている。
まあ、いいんだけどよ。
「どっちも落とせなかったらどうすんだ?」
「落とせるまでやりましょう。それとも、もしかして、先輩、自信がお有りではないんですか?」
俺がそう答えることを予測していたのか、クレデールの返答はかなり早かった。
それにしても落とせるまでって、他の客の迷惑になるんじゃねえのか?
と思ったが、どうやら向こうの方でダンスが始まったらしく(踊りではなく、パートナーと踊るタイプのものだ)混雑が多少緩和されてきており、この射的の屋台にも、俺たち4人以外には並んでいる人も皆無になっていた。
「安い挑発だが、まあ、乗ってやるよ」
とはいえ、金がそんなにあるわけじゃねえ。
少ない回数で確実に落とす必要がある。
「それで、勝負ってことは、勝ったらなんかあんのか?」
「相手のお願いを何でもひとつ聞くというのはどうでしょう?」
ほう。
それはつまり、これからはきちんと片づけをしたり、廊下を散らかさず、朝もちゃんと起きるし、ネクタイ、リボンの締め方も学んでくれるってことか。
どれを最初にやらせるべきか。
何はともあれ。
「良いだろう。受けてやるよ、その勝負」
「面白そうだし、代金は僕の方で引き受けるよ」
ディンがそう提案してくれたが。
「必要ねえぜ、ディン。今あるこの弾の分だけで、必ず落とす。そして、クレデールに自分の部屋の掃除をさせてやる」
やる気が出てきたな。
「イクス、相変わらず笑い方が邪悪だよ……。それに、何でもって聞いてそれを最初に思い浮かべるなんてね。まったく……まあ、いいよ」
何だディンがぼそぼそと呟いていたが、気にしねえ。今は集中だ、集中。
遊びとはいえ、負けるつもりはねえ。
「先輩。楽しみにしていてください」
「もう勝った気でいんのか、クレデール。言っとくが、俺は後輩だからって花を持たせてやる気はさらさらねえからな」
俺たちは顔を見合わせて笑い合った。
そして互いにコルクを詰め始めたわけだが。
「あれ?」
俺はすぐに銃を構えたが、クレデールは手元からポロリと弾となるコルク栓をこぼしている。
「まさかとは思うが、お前、自分から提案しといて、コルクが詰められないってんじゃねえだろうな」
「そ、そんなことはありません。きつくて入らないんです。あ痛っ」
どうやったのかはほとほと不思議だが、クレデールは銃口とコルク栓の間に自分の指を挟むというよく分からん結果を引き起こしていた。
「うぅ……仕方ないじゃないですか、下手でも。初めてなんですから」
「貸してみろ。俺が入れてやるから」
「あ、先輩。そんなに強くしたら壊れてしまいますよ」
そんな簡単に壊れたりはしねえだろうし、そもそもそんなヘマもしねえよ。大体、今俺は自分の分を詰めてたじゃねえか。
とりあえず、俺は自分の、すでに詰め終わった方をクレデールに渡し、クレデールからまだ詰めていない銃を受け取った。




