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別に幽霊なんて怖くありませんから 4

 ◇ ◇ ◇



「先輩って、割と女性が相手でも平気で手を出しますよね」


 近くの教室に入り、話を聞く態勢が整うのを待とうと壁に寄りかかっていると、クレデールがジトっとした目で睨んできた。


「以前の、あの人――キロスさんの時もそうでしたし」


 それは、あの駅で襲われた時の話か?


「いや、それは不可抗力ってか、やむを得ない事情があったろうが」


 相手が女子供であろうと、得物までもってこっちを狙ってくる相手に対して無防備でいるというのは不可能だ。

 今回に関しては、相手は武器なんか所持しちゃいなかったが、避けて逃がすわけにもいかなかったし。後から追いかけて捕まえるんなら、その場で取り押さえてもさほど変わりはねえはずだ。

 そのことはクレデールだって知っているはずだが。


「それでも、いつも抱き着かれることはないと思います」


「はあ? 抱き着いてなんかいねえだろうが。あれは抑え込みっていってだな、まさか女子を殴るわけにもいかねえし、かといって攻撃を受けるわけにもいかねえから――」


「あの、ふたりとも、仲良く痴話げんかしているところ悪いんだけど、その話はまた後でにしてくれるかな」


 席についているディンが苦笑めいた顔を向けてきている。

 

「そんなんじゃねえよ」


 なんだ痴話げんかって。

 そりゃ、お前がいつもリオンと――いや、あれも少し違うか。


「何ですか痴話げんかって」


 ほら見ろ、クレデールだって顔を赤くして怒ってんじゃねえか。

 大体、俺と痴話げんかするような仲だって言われたって、クレデールにとっちゃ、いい迷惑だろうが。


「お前もそう思うだろ、クレデール」


 俺が振り向くと、クレデールは無表情に、わずかに頬を膨らませていた。

 それからじろりと俺の事を見上げ。


「……そうですか。私と痴話げんかをするのはいい迷惑ですか」


 言葉は小さく、よくは聞き取れなかったが、なんでこいつは怒ってんだ?

 

「おいおい、イクス。そりゃ、本気で言ってんのか? お前、それでも高等科の2年かよ」


 セリウス先輩が、やけにオーバーなアクションで、顔に手を当てながら、溜息をこれ見よがしに見せつけてくる。

 高等科の2年であることと、クレデールが怒っている理由を推察できることに、どんな因果関係があるってんだ。

 

「最近は、やっぱりディンくんの友達なのねと納得できるような場面も結構あったのだけれど、まだまだ修行が足りないみたいねえ」


 エリアス先輩は楽しそうに、頬に手を当てながら微笑んでいる。

 訳を知っているなら教えてくれと言いたかったが、前に、似たような状況が会った時、それは自分で気が付かなきゃならねえもんだと言われたような気がするしな。あれはいつのことだったか。

 

「今度の学期末テストも、女心の項目があったら、きっとイクス君は赤点追試で補習決定ね」


 その科目にはどんなテキストがあって、どんな内容の試験があんだよ。

 あれか? 買い出しの帰りの荷物を持ってりゃいいのか?


「でも、エリアス。イクスは女心は駄目かもしれねえが、女子力って観点でみりゃ満点――ほとんど満点は確実だし、差し引き、平均点くらいで補習は免れるんじゃねえか?」


「それは困ったわね。もし追試だったら、私が色々と手取り足取り教えてあげようと思っていたのに、残念ね」


 架空の教科のテストの結果に、人を勝手にやり玉に挙げた挙句、赤点とか、追試だとか、これはそろそろ、いくら先輩だからとはいえ、文句のひと言も言って構わねえんじゃねえか?


「エリアス先輩。手取り足取りなんて、そんなのダメです」


 クレデールが反論してくれるが、元はといえば、お前から始まったんだよな。そう思うと、素直に喜べねえ。


「あら、どうしてダメなのかしら?」


 エリアス先輩がにやにやと――やけに楽しそうに笑みを強めながら問う。


「ですから、それは、えっと、うぅ」


 クレデールは答えに窮し、俯いてしまう。

 

「そんな寮の風紀を乱されるような真似をされると困るからです」


「あら? 私はただイクス君に勉強を教えてあげましょうかと言っているだけよ? それは、学生として当然そうあるべき姿じゃないかしら?」


 いや、そもそも、女心なんて科目はねえから。

 しかし、どうにか反論しようと躍起になっている(ように見える)クレデールには、そんなことは思いつかないらしい。

 そうやって、先輩に弄られていたクレデールへと救いの手が差し伸べられたのは、その直後だった。


「先輩方が遊んでいる間に、大体の聞き取りは終わりました」


 少しばかり棘のある物言いに、そういや、相手の話を聞くはずだったと、ようやく思い出した。

 構わないでしょうか、とリオンに確認され、俺たちは揃って頷いた。


「彼女はユアン・セルカさん。高等部の2年4組の生徒で、美術部の部員。好きな花は金木犀。昨年秋のコンクールにも、その絵で入賞、銀賞を貰っている。家族構成は、御父上と御母上の他に、初等部に通う妹さんがいる。以前僕が美術部でモデルの依頼を――」


「待って、ディン。それはもういいから」


 明らかに、今聞き取りをしたんじゃねえだろうという情報が混ざっているが、むしろそっちの方が多かったが、リオンもこれ以上は追及しないように決めたようだ。少なくともこの場では。


「今、知らせるべきなのは、動機でしょう?」


 動機だと?

 ただ幽霊騒ぎを起こしたかったってだけじゃねえのか?

 俺は、じっとそのユアンという女子生徒を見つめてみる。

 さっき走って逃げようとしていたとは思えない、大人しそうな印象を受ける。

 寮にいる女子とは正反対(いや、黙っていれば皆こんな感じかもしれねえが)の印象を受ける。

 

「イクス。あまりじっと見つめないであげて。ユアンが怖がっているから」


 大丈夫だよ、とディンが優しく髪を撫でながら、声をかけている。

 

「前にも言ったけど、君はやっぱりもう少し笑顔の練習でもした方が良いよ、イクス。女の子は繊細な生き物なんだから」


 話を聞くために必要なら仕方がねえ。

 とはいえ、顔の造形はすぐには変えようがない(変えられたら変えるのかと聞かれると即答はできねえが)ので、俺は再び壁際まで下がり、腕を組んで口を結んだ。

 


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