寮の住人達 4
◇ ◇ ◇
「この2階にあるトイレは男子用だ。1階にあるのが女子用。そこにも表記があるから間違えねえとは思うが一応な」
とか、
「風呂の時間はそこの貼り紙通りだ。基本的には、その日の当番の奴が掃除して沸かすことになってる。ちなみに、外に回った時、ここの丁度裏側にあるのがランドリーだ」
とか、
「101は管理人室になってる。とはいえ、当人は駅の近くに自宅、あー、アパートがあるから、ここにはいつもいるわけじゃねえ。たまにだ」
などと説明しながら、クレデールを連れてホールへ向かう。
1階、玄関横のホールに着いた際、俺は両手が料理の乗ったトレイでふさがっていたため、クレデールが扉を押し開く。
ホールの奥、窓際の丸テーブルには、すでに俺たち以外のこの寮の住人全員が集まっていた。
「おー、待ってたぜ、イクス。まあ、座れや」
毛先の跳ね上がった、赤みがかった長髪で、やや垂れ目の男が、背もたれ越しにこちらを振り返る。
この寮生のうち、まだクレデールに紹介していなかった最後の1人だ。
「クレデール。今振り返ったのが、セリウス・ヴァストーク。3年で、俺たちの先輩にあたる」
セリウス先輩の左隣にはディンが腰を下ろし、にこやかに手を振っている。
そのディンの反対側の隣にはリオンが、エリアス先輩はセリウス先輩の右隣という感じで、皆、席に着いている。
エリアス先輩のこともちゃんと紹介し、クレデールが2人の先輩に向かって頭を下げたところで、改めて、俺たちは席に着いた。
同時に、リオン以外の3人、ディンとエリアス先輩、セリウス先輩が、隠し持っていたクラッカーの紐を引いた。
パァン! という乾いた音と同時に、少々の火薬のにおいをまき散らしながら、紐と紙吹雪が床に落ちる。
「入寮おめでとー!」
準備したのは一体誰だ。
クレデールとリオン以外で、つまり元々の寮生で俺だけが知らなかったということは、おそらく、セリウス先輩だとは思うが。
落とさなかったから良かったようなものの、事前にひと言、せめて俺には言っておいて欲しかった。
「まあ、そう怒るなよ、イクス。仕方ねえだろ。さっき思いついたんだからよ」
「怒ってねーよ、セリウス先輩。注意してるだけだ」
一応、俺が料理を机に置くまでは待ってくれたしな。
ただ、サプライズの対象だったリオンとクレデールはともかく、急に鳴らされると、心臓に悪いんだよ。
机の上には、切られたパンと、エリアス先輩の作っていた、お玉のささったスープがおいてあり、食器は各人の前に並べられていた。
俺もそこに手に持っているハンバーグの乗った皿と、ケチャップ、ソースを追加する。
「さて」
各人のグラスにポットに入れて冷やしていた麦茶を注ぎ終えると、セリウス先輩がグラスを掲げた。
「今年も新入寮生が2人いたことを、嬉しく思う。ゼロになると廃寮の恐れが出てくるからな。ははっ。ま、冗談はおいといて、こんなに素敵な女子が2人も寮に入ってくれたことを祝して」
掛け声をかけた後、俺たちもグラスに口をつける。
「いやあ、去年の入寮は男子がふたりでむさくるしいと思ってたからな。寮が華やかになって嬉しいぜ。お前らもそう思うだろ?」
自分で作っていたらしいサラダと、俺たちが運んできたハンバーグとを皿に取りながら、セリウス先輩が、俺とディンに目配せをする。
「そうですね。僕はもっとたくさん女の子が入ってきてくれても嬉しいと思いましたが、正直なところ、リオンのことは知っていましたから、それ以外にもいてくれたことを嬉しく思いますよ」
そうクレデールに笑いかけるディンを、隣に座ったリオンがジトっとした目で見つめている。
クレデールは、相変わらずクールに無視している。すでにディンのこういった感じには慣れてきているのかもしれない。
俺はそんなリオンに対して、こいつは家事はどうなんだ? と疑問を持っていた。
クレデールの家事――すくなくとも、料理に関してはさっき確認した。エリアス先輩については知っている。
ディンの婚約者ということは、それなりに良家の子女なんだろうが、家事能力までディンと同レベル、ということは流石にないだろう、と思いたい。
ディンと結婚するということは、自分で家事をするということに他ならない。すくなくとも俺には、ディンが家事をしているところなんて想像もつかない。
セリウス先輩は、自分で料理ができないわけじゃない。ただ、普段は「家事なんてやりたい奴がやればいい」を信条としているらしく、率先して動くことはないというだけだ。
要は、日常的に俺を手伝ってくれる、あるいは、手伝いになってくれるのかどうかという、俺の負担に関する問題なんだが。
「改めて。俺は、セリウス・ヴァストークだ。よろしく、リオン、それからクレデール」
そんなハイテンションで喋り続けるセリウス先輩についていけないのか、リオンは時折相槌を打つようにしながらも、乾いた笑顔を浮かべながら、ディンの方へわずかに身を寄せ、クレデールの方はといえば、もう、最初から相手にする気はないようで、黙々とフォークを動かし続けていた。
「ふたりは許嫁なんですってね?」
エリアス先輩が並んで座るディンとリオンに微笑みかける。
リオンは警戒するように、ぴくりと眉を動かした。
「ええ。僕はリオンを大切に思っているんですが、どうにも本気に受け取って貰えなくて」
いやー、と笑うディンはそのままエリアス先輩に、慰めてくれますか? などと調子の良いことを言っている。
そんなことだから信用されねえんじゃねえのか?
リオンはわずかに頬を膨らませ、ディンから顔を逸らしてしまう。クレデールに至っては、そもそもふたりの方を見てすらいない。
「どうかな、リオン。僕が信じられないというのなら、今夜一緒に、ベッドの中で愛を語り合ってみるというのは」
リオンは顔を真っ赤に染めて、信じらんないっ、とか、何考えてるのよっ、とか、夜だということを忘れているかのように大声で叫ぶ。
幸い、この寮の近くには、他に民家なんかはなく、迷惑になることもないだろうが。
「いや、今のはお前が悪いだろ」
肩を竦めて、俺に同意を求めるようにしてきたディンに、溜息をつくまでもなく、そう言い切った。
「あら。じゃあ、ディン、今夜も私のところに来る?」
エリアス先輩は明らかに楽しんでいるという調子で、さらに火に油を注ぐような真似をする。
なんだ、今夜もって。
「エリアス先輩。そうことはリオンのいない所でお願いしますね」
ディンはさわやかな笑顔でそう答える。
なんでこいつとリオンは婚約なんてしているんだ?
まあ、当人同士の問題だろうし、俺にはどうせわからねえから首は突っ込まないでおこう。