期末テストと夏休みの計画
学生が楽しみにしている学院行事は大抵決まっている。
もちろん、それは個々人によりさまざまで、学院際然り、体育祭然り、学年によっては修学旅行だったりもするかもしれねえ。
そして学生が、できればなくなって欲しいと考えているだろう行事も、このシュレール学院でも変わらねえ。
期末テストだ。
7月の半ばごろには夏休みが始まるため、テスト期間は7月の頭と決められている。
普段から勉強していれば、特別焦る必要はなくとも、問題はない、というのは理想ではあるが、大抵の場合、そう上手くは事が進まねえ。
それはもちろん、この寮でも当てはまる。
「ディン。そこんところ、もう少し詳しく説明してくれねえか」
夕食は簡単にできる炒飯を、温めればすぐに食べられるように作り置きにし、適当に準備したサラダを冷蔵庫に仕舞い、ディンに教えを乞うていた。
俺は今まで赤点をとったり、補習になったことはねえが、毎回のテストにそれほど余裕があるわけでもねえ。毎度教えてくれているディン様様だ。
部活もやっておらず、寮も学院からすぐ近く、その利点を活かして、授業が終わってからすぐに戻ってきてノートと教科書を広げる。
「うん、そこはね――」
ディンは、毎度テストごとに張り出される総合得点と学年順位のリストでも、上位に名を連ねている、所謂優等生と呼ばれる立場だが、俺は大体、平均のちょい上からちょい下あたりを行ったり来たりだ。
もちろん、まだ期末テストまでにはひと月ほどの時間があるが、今からでも少しづつ復習しねえと間に合わねえからな。
赤点とって、試験休み、ひどけりゃ夏休みまで補習なんてのは、勘弁願いてえ。
そう思いながら、必死に公式だか、化学式だか、年号だかを頭に叩き込んでゆく。
「そろそろ、いったん休憩、でもないけど、夕食に行こうか」
スマホで時計を確認していたディンがそう言ったので、俺はペンを置いて机に突っ伏した。
頭から湯気でも出そうだぜ、全く。
「はは、おつかれ、イクス。でもこれだけできるんだから、きっと今回も大丈夫だと思うよ」
パラパラとノートや教科書をめくりながら呟くディンに、半信半疑ながら礼を告げる。
正直、自分では少しも大丈夫という実感はねえが、そんな風に思い込んでテストに臨んでも良いことはねえだろうからな。
「いつも悪いな。助かる」
ディンはもちろん、セリウス先輩やエリアス先輩も、卒業していった先輩たちも、補習になっていたという話は聞いたことがなかった。すくなくとも、俺が入寮してからは。
加えて、今年は新入生も、1位と2位のクレデールとリオンだしな。
「僕たちの頭が回るのは毎日、イクスが美味しいご飯を提供してくれるからだよ」
感謝しています、とディンは笑いながら手を合わせる。
それは俺が好きで、いや、俺がやるべきと思って勝手にやっているだけだから、そこまで感謝されることでもねえと思っている。
他の奴らに作らせたら、何が、いつ出てくることになるのか、わかったもんじゃねえからな。またスプリンクラーやらを作動されても困るし。
「それに、僕はテスト期間も別に嫌いじゃないよ。一緒に勉強をしようって女の子を誘いやすくなるし、この時期は、水泳の授業もあるからね」
体育の授業は、通常男女別で行われるが、学院にはプールは大きなものがひとつしかないため、水泳の授業に限っては、同じ時間、同じ場所を男女で共有することになる。
だから何だってことでもねえだろうが、いや、もしかしたらそれが大きな理由なのかもしれねえが、ディンにとっては、あるいは、多くの男子生徒にとっては楽しみな授業のひとつであるんだろう。それに、疲れはするが、涼しくもあるしな。
「この前の水泳の授業の時も、隣のレーンで泳いでたオリーネさんに話しかけたら、今度ふたりっきりでってホテルの屋上のプールに誘われたし、中等部の時には、一緒のクラスだったロサンクさんにプライベートビーチに誘われたり、夏休みになったら――」
ディンはいったん言葉を切り、俺の方に楽しそうな笑顔を向ける。
「夏休みになったら、きみや、リオンや、クレデールさんとも一緒に海やプールに行くって約束もしてるし。海に行ったら、一緒にナンパしにゆこうね」
こいつは本当、なんで勉強できるんだろうな。
「だから、イクス。赤点とったりして、補習になったりしないでね。きみが来ないとクレデールさんの水着を拝む機会がなくなっちゃうから」
「それが本音か」
まあ、本音が何であっても、こうして勉強を教えてくれるのはありがたいと思っているんだがな。
しかし、俺がいなくたって、勝手にリオンでも、クレデールでも、エリアス先輩でも、あるいは他の仲の良い女子でも誘って、プールにでも、海にでも行きゃあいいじゃねえか。そのために、この前水着を買いに行ったんだろうが。
「うん」
ディンは悪びれることなく頷いた。
「でも、プールや海だけじゃなくて、夏休みにはお祭りも、肝試しも、女の子と一緒にやったら楽しいことはいっぱいあるし。開放的な気分になって、いつもよりちょっと大胆になるところが最高だよね」
俺にとっては、そんなイベントはどこか遠くの話であって、大抵は、バイトか鍛錬か、道場の合宿かでつぶれるんだけどな。
「合宿もいいね! 先輩たち、は無理かもしれないけど、一緒に旅行に行こうよ。思い出作りに、青春をしにさ」
それから思い出したように、ディンが、
「そういえば、イクス」
「そろそろ、飯の時間だな」
何か言いかけたのと、俺が口を開いたのがほとんど同時だった。
「何だ?」
「ううん。何でもない。また後で話そうか」
俺たちはノートと教科書を閉じて、揃ってホールへ向かう。
もちろん、準備してある夕食を運ぶのも忘れずに。




