デートの……練習? 4
◇ ◇ ◇
当初の目的であったはずの女の扱いに慣れる――もっとも、それも本来のものとは呼びにくいが――というのが達成されたかどうかはかなり怪しいところだが、とりあえず、一端は女性陣の満足を引き出すことには成功したらしい。
ディンはむしろ精力的に回復したようだったが、俺はといえば、寮に戻ってくる頃には精魂尽きた感じだった。同じ寮の男性陣という括りでありながら、あの場に居合わせなかったセリウス先輩に恨み言のひとつも言いてえくらいには。
しかし、夕食後、俺の部屋を訪れたディンは課題をこなしながら、窘めるような口調で。
「そんなことを言ったらいけないよ、イクス。学院にはクレデールさんやリオン、それにエリアス先輩とデートをしたいと熱望している男子生徒はかなりいるらしいからね」
「何でお前がそんなこと知ってんだよ」
ディンは、その個人の性質のせいか、学院内に男子の友人と呼べるような存在はいないはずだ。代わりに女の知り合いは山ほどいるが、ともかく。
よくこいつは、どうして男の友達ができないのだろう、といったことを愚痴っているし、それについては俺も何度も説明してやってるのだが、一向に理解しねえというか、理解はしていてもそう思いたくねえのか。
「え? それはだって、女の子たちもクレデールさんの事を口にすることはあるからね」
リオンに聞いた、というのであればまだ納得のできる話ではあったが、わざわざリオンの名前を出さなかったことを考えるに、リオンからではなく、いつも引き連れている女どもの内の誰か、ということなんだろうな。
「はあぁ、残念だなあ。学年が違うから僕たちはエリアス先輩やリオンやクレデールさんと一緒に水泳の授業は受けられないんだよね。学院の水着を着た皆の事も見ていたかったなあ」
「ディン。それはちょっと危なすぎねえか?」
おそらくはエリアス先輩たちの学院指定水着姿に思いをはせているようなにやけ顔をしているディンには何を言っても無駄だとは思うが、言うだけは言っておく。
「何言ってるの、イクス。本当ならカメラを持って行って記録に残したいくらいの可愛さ、美しさだったよ。でも、さすがにあの場で写真を撮りだすのが社会的にアウトだってことくらいは僕だって認識しているからね」
そう言いながらも、ディンは、惜しいことをしたなあ、とため息を漏らした。
「まあいいんだけどね。夏休みにエリアス先輩やクレデールさん、それからリオンとも一緒に海やらプールやらにも行く約束が出来たし」
「そうだったか?」
ディンの言いざまには少しばかり語弊があると思うが。
約束をしているのはエリアス先輩と、その妹であって、俺たちは関係ないと思っていたが。
「でも、一緒に行こうって誘った時、君も断らなかったよね?」
そんなことあったかと思いつつ、俺はデパートで女性陣が会計に向かっていた時にディンが囁いた言葉を思い返した。
そういえば、そんなことを言っていたような気もしないでもないが、了承した覚えもなかったんだが、行かねえとも言ってねえしな。
それに、そんな風に友人――と呼んでいいかどうかは不明だが――と一緒に長期休暇にでも遊びに出かけるというのは今までなかったし、楽しみといえないこともねえ。
「楽しみだねえ、イクス」
「ああ」
それまでには、アレクトリの事だったり、試験だったり、やらなければならないことが山積みだが、少しばかりそうして未知の、あるいは未来の事に思いを馳せるというのも、悪い気はしなかった。
「それはそうと、そろそろ何を考えてんのか話してくれても良いんじゃねえか?」
そんなあるかどうかも不確定な夏季休暇の予定よりも、確実に予定されている直近の事の方が、今の俺たちにとっては重要だ。
もちろん、試験の事じゃなく。
「何の事?」
「とぼけることはねえだろ。アレクトリの事だよ」
ディンはこの前、何か考えがあるみてえなことを言っていたが、俺はその内容について詳細を聞いてはいねえ。アレクトリのところに会いに行くつもりだってことくらいは言っていたようだが、それだけだ。
もちろん、自分が関わった女の事だ。
いや、この場合はディンが関わった女と言った方が正確か。
とにかく、そんな相手をディンが悪し様にはしねえはずだし、何らかの具体策もすでに考えてはいるんだろう。ディンを信用してねえってことじゃねえし、俺に何ができるとも思えねえが、心構えだけはしておきてえ。
「実際、お前はどこにゴールを持っていくつもりなんだ?」
今回の場合においては、アレクトリが多少なりとも望む形に落とし込むためには、どこに落としどころを設定しているのか。
それが分からねえことには、俺だって、アレクトリの母親と対面した際、どんな話をするのか、聞かされるのか、それともしなければならねえのか、対策も立てられねえ。
ディンはペンと止めて、顔を上げると、少し困った様な顔をした。
「……僕の想定している目的としては、ゴールはアレクトリに会うことじゃないんだ。もちろん、アレクトリの存在は必須だと思っているけれど、究極的に考えると、いて貰わなくても問題は……ないこともないと思う」
いまいち回りくどい言い方だな。
こいつが何かを誤魔化すように喋るのは良くあることだが、今回も何が言いたいのか肝心なことが分からねえ。
「つまり、どういうことだよ。はっきりしろ。俺に遠慮してても仕方ねえだろ」
ディンはため息をひとつ吐き出し、いつもより少しだけ真面目な表情を浮かべた。
「つまりね。アレクトリの母上と、祖父母方を説得して、むしろこっちに来てもらうってことだよ」
ディンの言った事を飲み込むには少し時間を要した。
つまり、ディンは何て言った?
アレクトリが向こうに引っ越すのではなく、アレクトリの家族の方をこっちに引っ越してきてもらうように頼むってことか?
それは――
「それは――いや、はっきり言うぞ。そんなことできんのか?」
この際、引っ越しにかかる諸々の面倒事はおいておく。
元々、アレクトリが引っ越すつもりだったんだから、それらの事はすでに向こうで解決されている事だろう。
しかし、おそらくはそう若くはない――高齢であろうアレクトリの祖父母夫婦をこっちに呼ぶなんてこと、第三者どころじゃねえディンの説得でどうにかできるもんなのか?
一生、面倒を見るってことでもねえんだろ?
まさか、リオンとだけじゃなく、アレクトリとも付き合うってわけじゃ――いや、こいつならやりかねねえが。
「イクス。女の子との関係は、何も結婚だけがゴールってわけじゃないし、結婚したからといって、他の子たちに注ぐ僕の愛情が薄れるってことでもないよ」
ディンの顔を見たが、どうやら遊びとか、思い付きで言っているわけじゃあねえらしい。
色々と突っ込みたいところはあるが。
「……とりあえず、今はぶん殴るのだけは辞めといてやる。ただし、ちゃんと、俺にも納得できる説明をしてくれんだろうな?」
「うん」
ディンは真剣そのものの顔で頷いた。




