小さな来訪者 9
それから、アレクトリを駅まで送ってきたディンが、どんな話をしたのかは分からねえ。
だが、これだけは言わせて貰おうと、俺は帰ってきたディンを問い詰めた。
「なんで俺たちまでアレクトリのところに出向くことになってんだよ」
今回の事は、基本的にディンの問題であるはずだ。
たしかに、こっちへ来たアレクトリを発見したのも、連れてきたのも俺たちだが、アレクトリの保護者のところに話をしに行くなんてことまで了承した覚えはねえぞ。
「え? じゃあ、イクス。君はあんな風に感情を露にしたアレクトリが心配じゃないとでもいうつもりかい? なんだかんだと言いつつも、責任感が強く、情の深い君のことだから、アレクトリのこの後のことが気になるんじゃないかと思って、僕なりに配慮した結果だったんだけどな」
さも当然のようにそう言われ、俺は顔をしかめることになった。
ディンの言う通り、すでに他人とは言えないくらいには関わっちまったやつをこのまま放りだせるのかと聞かれたら、たしかに気にはなる。
クレデールのことを尋ねに行ったときに付き合ってくれたことからも、借りを返したいとも思っている。
だが、別に俺はディンのようにアレクトリと離れたくないと思っているわけじゃねえし、たしかに背中を押してやるとは言ったが、それはあくまで決定を後押ししてやるという意味であり、その後の行動にまで付き合うと言ったつもりじゃねえ。
「ええ? でも、アレクトリは君にも随分懐いていたようだったけれど。君を見つけて、抱き着いてきたんだろう?」
はあ?
なんでお前がそんなこと知ってんだよ。
あの場にいたのは、たしか……。
そう思い出しながら振り返ると、クレデールはわざとらしく顔をそむけた。
「なんで、そんなことまでいちいち報告してんだよ」
つーか、お前、あの時、そんなことしてるような間はなかっただろうが。一体、いつの間に写真なんて撮ってたんだ。どんな手の速さだよ。
クレデールは特に悪びれる様子もなく――まあ、そりゃあ本人としてはそうなんだろうが――すました顔で。
「先輩が通報されることになっては困るだろうと思いまして。その時の現場を証拠に納めるためと、第三者の証言を得るためにも、必要なことだと判断したまでです」
「大きなお世話だよ」
まったく、こいつはまだ俺のことを誘拐犯かなんかだとでも思ってやがんのか。
いや、まあ、たしかにあの時点ではクレデールとアレクトリの面識は、ほとんどなかったんだから仕方ねえのかもしれねえが。
それにしたって、通報も何も、あの場には他に人がいたわけでもなかっただろうが。
むしろ証拠の写真――決して、俺が意図していたわけでもなんでもねえが――として残っちまってる方が問題だろうが。
「ご心配には及びません。今、削除いたしますから」
そう言ってクレデールが、削除の待機画面になっている自分のスマホを見せつけてくる。
「私だって、こんな写真、いつまでもストレージに残しておきたくはありませんし」
なら、初めから撮らなきゃいいだろうが。
後はその写真が送られているディンの方だが。
「いや、これは今はこのまま残しておこう。後で使えるかもしれないから」
ディンは少し考え込んでから、写真を削除はせずに、そのままスマホをポケットにしまい込んだ。
「何に使うつもりだよ。まさか、お前まで俺がアレクトリに手を出した証拠写真とか言い出すつもりじゃねえだろうな」
もっとも、さっき見た写真だと、アレクトリの方が俺のところへ飛び込んできているところなんだから、俺の問題にはならねえとは思うんだが。むしろ、ならないでくれ。
俺が睨むと、ディンは「違うよ」と微笑んだ。
「僕とアレクトリが一緒に撮った写真はたくさんあるけど、他の人とも仲良くしている写真があった方が、御母上への説明――説得もしやすいんじゃないかと思っただけだよ。まあ、僕たちはアレクトリとは年齢がすこし離れているから、どれほど説得力があるのかは分からないけれどね」
だけど、とディンはクレデールと、それからリオンの方を順に見回した。
「リオンとクレデールさんのふたりがいてくれると、心強いんだけどな」
どういうことだよ、それは。
リオンは分かるが、クレデールがいると心強いってのは、どういう意味だ?
「先輩。私の事、何だと思っているんですか?」
「勉強以外はポンコツの、残念美人?」
自分ではおそらく怒りとか、そんな感じの感情を乗せているんだろうなと思われる、少しむっとした様子でクレデールが睨んでくるので、俺は真面目にそう答えた。
まあ、その、なんだ、見てくれだけは良いこいつがそういう事をすると、ある種目の毒にもならねえとも限らねえから、あんまりそういうことをしねえでくれると助かるんだが。
「……先輩の馬鹿」
なぜ、そうなる。
クレデールは何やら俺に対する不満をリオンに漏らしているようだった。
クレデールに仲の良い友人ができたことは、以前の学校の事を考えると喜ぶべきことだが、こうなると素直に喜べねえ。
「イクス。君は本当に、もう少し女の子に対する扱い方を学んだ方が良いよ」
「お前は少し自制という言葉を知った方が良いけどな」
俺の忠告を聞いているのかいないのか、ディンは「そうだ」と手を打って。
「イクス。今度、女の子の扱いを学ぶためにも、街に一緒にナンパしにいこうよ。武術だって何だって、修行して身に付けるものだろう? だったら女の子の扱いも、ナンパをして身に付けるべきだと思うんだよね」
いきなり何を言い出すのかと思えば、とんでもないことを口にしやがった。
こいつ、隣にリオンがいるってわかってんだろうな?
おそらく分かっていて、そのうえで、気にすることなくこんなことを言っているのだろう。
「……言葉もねえよ」
少なくとも、笑顔であっけらかんと提案するべきことじゃねえ。
「ナンパが駄目なら、デートでもいいよ?」
芳しくないと思ったのか、ディンはあっさりと主張を変えた。
俺が気にしているのはそこじゃなくてだな。
「僕は女の子をエスコートするのには慣れているけれど、君は慣れているとはとても言い難いからね。できる事から始めていった方がいいよ。手始めに、リオンをデートに誘ってみるとかさ」
ディンはにこやかにそう提案してくる。
いや、そこはリオンの名前を出すべきじゃねえだろう。
「なんで?」
ディンはきょとんとした表情で首をかしげる。
なんでって、お前……それは、
「人様の婚約者をデートなんかに誘えるはずねえだろうが」
そもそも、俺に他人をデートに誘えるとは思わねえ。
いや、なんで俺はデートに行くことを前提で話を考え始めてんだ。元々、クレデールの態度の理由が分からねえってことだったんだから、クレデールに直接聞きゃあいいじゃねえか。
「あら、何だか面白そうな話をしているのね」
声をかけられてそっちを向くと、面白いものを見つけたように微笑むエリアス先輩が立っていた。
俺たちより後ろから来たってことは、どこかへ出かけてでもいたのか?
「それなら、日頃のお礼に私が相手役を務めてあげるわ」
「はあ?」
突然の事に、思わず聞き返してしまった。
なんでこんなことになってんだ?
「女の子のエスコートの練習でしょう? だったら、たまには先輩らしいこともしてみたいじゃない。いつもお世話になっているのだから。構わないわよね?」
何故かエリアス先輩は、俺にでも、ディンにでもなく、クレデールとリオンに向かって声をかけた。
「何故、私に許可を求める必要があるんですか? 先輩が向かわれるのですから、イクス先輩に直接お尋ねになればいいではないですか」
クレデールは少し尖った口調でそう答えてから、俺に非難するような視線を向けてきた。
一体、何だってんだよ。




