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小さな来訪者 7

 ◇ ◇ ◇



 この辺りは休日になると、ただでさえ少ないバスの交通量がさらに減り、1時間に1本以下であることも珍しくねえ。

 時刻表を見て判断したのか、アレクトリの姿はバス停にはなく、つまり、歩いて駅まで向かったということだろう。

 アレクトリの位置情報は、ディンのスマホに登録されている電話番号からすぐに割り出すことができて、予想通り、まだ駅には到着していなかった。

 このまま素直に駅、そして家の方に戻ってくれればいいんだが、ここへ来た経緯を考えると、その可能性は低い。俺たちの手の届く場所にいるうちは大丈夫だとも思えるが、怒ったテンションのまま、自棄になってどこか遠くへ行かれても面倒だ。


「すみません!」


 仕方がねえが、バスを待つよりはましだと着替えに戻ろうとしたところ、背後でリオンが誰かを呼び止める声がした。


「イクス先輩、こちらです」


 振り向けばタクシーが止まっていて、リオンが手招きしている。

 まじかよ。

 そりゃあ、たしかに急いではいるが。


「金持ちは考えることとやることが違えな」


 などと感想を抱きもしたが、今は時間との勝負だ。

 リオンが助手席に座り、後部座席にディンが、それからクレデール、俺の順番で乗り込む。

 

「駅までお願いできますか? できる限り急ぎで」


 学生の身でありながらタクシーを使用で使うなんて、なんとも贅沢な気がするが、他の3人、少なくともディンとリオンは気にはしていないようだ。

 つーか、そもそも、俺は財布もスマホも持って来てねえぞ。

 駅までは初乗り料金で行けるだろうが、それでもかかるもんはかかる。


「それは心配しなくていいよ。僕はいつでも財布は持ち歩いているからね」


 ディンがそう言うので、後でディンには返すにしろ、今のところの料金は気にしないでおく。

 問題は、アレクトリが駅で電車に乗り込んじまう前に追いつけるかどうかだが。

 学院から駅までは、ほとんど真っ直ぐな一本道だが、信号機の1機もないわけじゃねえ。駅の近くになればその頻度は多くなり、逆に学院近くにはかなり少ない。

 

「見つけたわ」


 しばらくして、助手席に座るリオンが振り返りながら指を差している方を見ると、たしかにアレクトリらしき、黒髪を頭の後ろでふたつに縛った制服姿の女子の姿を確認できた。別人の可能性もないわけじゃねえが、たまたま、同じ背格好、同じ装いの人物、それも中等部と思しき女子が、同じようにしているとは考えにくい。

 すでに走ってはおらず、トボトボと小さな背中で歩いている。 

 顔の辺りをこすっているのは、熱いから汗をかいた……ってわけじゃねえんだろう。


「アレクトリ」


 会計をすぐに済ませて降りたのは、アレクトリが歩いているちょっと先だった。

 ディンが声をかけると、名前を呼ばれたことに驚いたのか、俯いていたアレクトリの顔がびくりとあがり、俺たちと目が合うと、さっと反転して駆け出した。

 それだとまた学院の方へ戻ることになるんだが、焦っているのか、そんなことは気にしていない、あるいは気にする余裕もないらしい。

 とはいえ、所詮は中等部2年の走力。

 ほとんど同時に走り出した俺とクレデールは、苦も無くアレクトリに追いついた。

 俺ひとりなら通報されかねん絵面だが、今は周りに人もおらず(かえって危ないという声もあるが)なにより、通せんぼをして前に出たのがクレデールだということもあり、防犯ブザーを鳴らされるという事態にはならずに済んだ。


「アレクトリさん。すこしで構いませんから、お話をさせてはいただけませんか?」


 こういう時、美人は得だと思う。

 自然な仕草で手を握って目の前にしゃがみ込んだクレデールに、アレクトリはぼうっとした様子で機械のように首を振った。

 多分、それが俺だったなら、すごい勢いで逃げられるか、大声を上げられるかだっただろう。まあ、アレクトリの性格からして、そうはならなかった可能性も、ないわけじゃないが。

 

「クレデール。ひとつだけ言わせてくれ」


 もちろん、アレクトリに追いついたことは褒められるべきことだが、これだけは言わなくちゃならねえ。

 不思議そうに俺を見上げるクレデールにつられるように、アレクトリも首をこちらに向ける。


「そんな恰好で、裾をはためかせるように走るんじゃねえよ。もっと人目を気にして、今のは俺に任せるとかにしとけ」


 クレデールはきょとんとした様子だったが、はたとして自分の恰好を見下ろした。

 今クレデールが身に纏っているのは、さっき一緒に買い物に出かけた時と同じ、白いブラウスと、青いスカートだ。

 丈は膝より下だから、ちょっとやそっとじゃあ、その、なんだ、中までは見えねだろうし、今は周りにほとんど人はいねえが、全く気にしねえってのも、それはそれでどうなんだと思うだろ。

 まあ、こいつの中で俺の事が男としてカテゴライズされてねえのはよく分かったが、俺は一応、健全な高等部男子だからな。

 と思っていると。


「先輩」


 スカートの裾を後ろ手に押さえるように、後ろ手をまわしたクレデールは、赤くなった顔で、頬を膨らませながら、上目遣いに抗議してくる。


「見たんですか?」


「見えてねえ、つうか、見てねえよ」


 普段、もっとだらしない格好を見せているときには恥じらいなど感じている様子でもなさそうなんだが、やっぱりこいつもそういう風に思うことはあるんだな。

 いや、こんなことを考えるのは流石に失礼か。

 だが、見てねえもんは見てねえし、注意こそすれ、謝ることもねえんだよなあ。


「大体、お前の下着なんて、普段洗濯してるときに見慣れてんだから、今更どうこう考えたりしねえよ」


 今だって、寮の廊下に、水滴だけじゃなく、洗濯物を落としながら干しに向かう事があるってのに。それを拾って、掃除してんのは誰だと思ってんだこいつは。

 そう答ると、クレデールは余計に怒った様子で睨んできた。

 

「……イクスお兄さんは、デリカシーが足りないと思います」


 挙句、捕まえられた立場であるはずのアレクトリからもダメ出しを食らった。

 なんだよ。じゃあ、注意しねえのが正解だったとでも言いてえのか?

 まったく、女ってやつはよく分からん。

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