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小さな来訪者 6

 だが、まあ、実際の問題として、引っ越しってのは家族、それも主に大人が主体になって行われるものであり、学生の身である俺たちにできる事はあまりに少ねえ。

 

「つーか、そもそもアレクトリの引っ越し先はどこなんだよ。遠くなるってのはこの学院からってことだろ?」


 まさか国外って話じゃねえんだろ?

 

「……引っ越し先は聞けなかったよ。というより、アレクトリにもよく分かってなかったみたいだったな。多分、引っ越すってところだけを聞いて飛び出してきたんだろうね」


 そんなに想われているなんて、僕って幸せ者だね。

 ディンが感動したようにそう言うもんだから、リオンに頬を引っ張られていた。

 余計なことを言わなきゃいいのに。


「……アレクトリは父親を亡くしていてね。僕がアレクトリにあったのは、その事故があった直後……って程でもないけど、まあ、そんな時でね。今では随分明るく、元気になって、それは喜ばしいことだけど、当時はかなり物静かで、大人しかったんだ」


 それで気になって声をかけたのか。

 つうか、当時って、その言い方だとお前は中等部以前で、アレクトリも初等部以前みたいな言い方だが……まあいい。

 本当は良くねえが、今は気にするべきじゃねえんだろう。


「それで当時、僕もまあ、アレクトリを甘やかしちゃってね。いや、今でもアレクトリを甘やかしたいのは変わらないけれど。それで――」


「なるほど、それで、ずっと一緒にいる、なんて約束をしたのか」


 そんなふさぎ込んでいそうなアレクトリとどうやって出会ったのか、どんな甘言で言いくるめたのか、落ち込む女子を励ますという、本来なら褒めるべき時に素直に褒めさせる気にさせてくれねえのは、さすがディンといったところだが。

 しかし、クレデールのように両親と離れて、あるいは引っ越して、アレクトリがこの学院に入って来れるとしても、それはもう高等部からしかなく、その時には丁度入れ替わりで俺たちが卒業しちまっている。

 

「でも、何でアレクトリさんのお母様は引っ越しすることにされたのかしらね。片親ならなおさら、引っ越しなんて」


 引っ越しには、当たり前だが、労力も、費用も、多大にかかる。

 転勤などと言われたら、それは仕方ないとも思えるが、そうでないなら一体なんだ?

 まさか、借金取りから逃げるってわけでもねえだろうし、

 問われたディンは少しばかり語るのを躊躇う素振りをみせた。


「それは、俺たちは聞かない方が良いことなのか? それとも、俺たちにはどうしようもできねえから、聞かせないように黙ってんのか?」


 ここまで聴いておいて、俺たちが普通に引き下がるとは、ディンも思ってはいなかっただろう。複雑な顔をしながら、

 

「……昨日、アレクトリの御母上が倒れられたんだって。過労だって話で、しばらくは入院することになるだろうけれど、明日には目を覚ますってことらしい。でも、今、アレクトリの隣には誰もいないってことで、連絡を受けたアレクトリの祖父上と祖母上がこっちへいらしたらしいんだけど、そこで、こっち――ああ、祖父上と祖母上の御実家のある方で暮らした方が良いんじゃないかって申し出があったらしくてね」


 それは、たしかに家族としては無視できない案件だろう。

 中等部女子がひとりで暮らしてゆく……もちろん、アレクトリの母親は、今すぐに命に別状があるとかそんなことじゃないが、それでも、自分が倒れている間に娘を安心して任せられる相手が近くにいるというのは大きなことだろう。

 またいつ、同じようなことが起こらないとも限らないのだから。


「それは……たしかに、私達には引き留めようのない話ですね」


 クレデールがつぶやく。

 アレクトリが引っ越すのは、自然な流れだ。

 俺たちだって学生で、まだ自分たちで何でも決められるわけじゃねえし、ましてや、他人の娘をひとり預かるなんて、相当の覚悟が無ければできないだろう。もちろん、覚悟だけでもできたりしねえ。


「うちで預かることも出来ますけど、それじゃあ意味がないですよね」


 リオンも心配そうに眉を寄せる。

 まあ、それじゃあ、根本的な解決にはならねえだろうな。

 多分、アレクトリが本当に辛いのは、ディンと離れる事じゃねえ。いや、ディンと離れることも哀しいんだろうが、それよりも、家族と離れる事なんじゃねえかと思う。

 もちろん、他人の気持ちを勝手に想像するなんて、しかもそれで決めつけるなんて、しちゃならねえことだと分かっているが。


「ここで考えていても埒が明かねえぜ。ディン、行くぞ」


 俺は椅子から立ち上がり、リオンも続く。


「行くって、どこへ?」


「決まってんだろ。アレクトリのところだ。本当の気持ちを確かめに行くんだよ。あんな喧嘩を聞いただけじゃ、俺にはわからねえからな」


 俺は家族でも何でもねえし、知り合ってから日も浅く、会話だって、顔を合わせたことだって、片手で数え切れる程度にしかねえ。

 しかし、それでも、こうして知っちまったからには、どうにかしてやりてえ。どうにもできねえかもしれねえが、それはちゃんとアレクトリの話しを聞いてからでも遅くはねえはずだ。


「ディン。お前は、自分にできることはなにもねえみてえな口調だったが、本当にそうなのか? 俺は、お前の、女に対する嗅覚ってのか? それとも、直感か? なんか違うような気もするし、たぶん、違うんだろうが、そういう真摯なところだけは認めてんだ。そんなお前が、本当に何も思い浮かばなかったはずはねえだろ?」


 別に俺はアレクトリとそこまで仲が良いと言えるような関係じゃねえ。何と言っても、顔を合わせてまだ2回目だからな。

 だけど、少なくとも知り合いと呼べるような奴が、困って……いや、違うか、思いつめたような様子でいるのを放っておけるほど、無関心でもいられねえ。


「というより、先輩はむしろ、困っている人には積極的というほどではないにしろ、見過ごすことはできない方ですよね」


 私のことだって、と言ったクレデールはリオンの方を見る。


「私? 私は……」


 まだ葛藤があるのか、リオンはディンの事をちらりとみてから、俺たちの方へ向きを直した。


「私は、ディンの誰にでもそうやって声をかけたり、優しくしたりするところは好きじゃないけれど、その、好きなところもやっぱり、誰にでも優しくするところだから」


「ディン。ここで動かないんなら、本当にただのナンパ野郎だぜ。いつだったか、世の中の女を全員幸せにするとか、戯言を抜かしてたのはお前だろ。それは無理だとしても、頼ってきた相手を、そして、それを解決する策があるってんなら、やってみせろよ。ダメだった時は、そん時はそん時だ」


 ディンは少しポカンとしたような顔で俺を見つめてきたが、しばらくして、笑みを見せた。


「イクス。それ、元気づけようとしてくれてるの?」


「うるせえよ」


 ありがとう、とディンは立ちあがり、いつもの楽し気な笑みを浮かべた。


「それなら、アレクトリを迎えに行くから、それからちょっと付き合ってくれるかな」



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