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小さな来訪者 2

 ◇ ◇ ◇



「……すみません。取り乱しました」


 先程の自分の行動を醜態と思っているのか、アレクトリは制服の乱れを直した。

 何か気の利いた慰めの言葉を、多分ディンなら即座にかけるのだろうが、生憎と俺はそんなに器用じゃねえ。


「何かあったのか?」


 アレクトリとはクレデールのことを聞きに行って以来の顔合わせ、それにしてもまだ2回しか会ったことがない相手だ。

 俺のことを覚えていてくれたのは――ディンのおかげだが――話が早くて助かるが、相手になるのは俺で大丈夫なのだろうかという不安はある。

 思い浮かんだのは、クレデールのことを聞くために会いに行ったときの帰り、監視されていたことについてだ。

 その相手、あるいは黒幕だったキロスとはすでに、クレデールを含めて、決着を付けてはいるが、もしかしたら腹いせにアレクトリを狙ったのかもしれねえ。

 しかし尋ねたのは失敗したかもしれねえ。

 尋ねた直後、アレクトリは明らかに表情を曇らせた。


「……何でも、ないです。ただ、ちょっとディンに会いたくなって」


 ディンは今寮にいる……はずだ。

 さすがのあいつも、リオンもいる目の前で、まさか他の女のところに遊びに行ったりはしねえだろう。

 しかし、普通、ちょっと会いたくなって、という程度で何時間もかけて、電車やバスを乗り継いでここまで来るのかという疑問は残るが。

 まあ俺はディンのように女子という生き物の生態について詳しいわけじゃねえから、何をどうしたらいいのかさっぱり分からねえ。

 幸いなことに、ここにはもうひとり、女子の気持ちが分かるだろう奴がいる。


「おい、クレデール」


 俺なんかより余程、女子中等部の生徒の扱い……には慣れてねえかもしれねえが、心理というか、悩み事についての相談なら、適役といえるだろう。


「出番だぞ」


 しかも、以前話をしに行ったとき、アレクトリはクレデールのことを知っていて、ディンに話をすることの警戒をするくらい、崇拝とまではいかねえかもしれねえが、一種の敬意を持っていることは推測できる。それが悪意的なものではないだろうということも。

 ならば、俺よりずっと聞き役としては優れているはずだ。俺はただのディンの友人に過ぎねえが、クレデールの方は覚えがない、あるいは知らない様子ではあれども、元同中の先輩後輩という間柄であったことには変わりねえんだからな。


「何故私に振るんですか? 仮にも先輩を頼っているのですから、先輩が対応されるべきだと思いますが」


 正確には、アレクトリが頼りにしてきたのはディンで、俺は顔を1度合わせたことがあるというだけだけどな。

 それに、自分で言うのもなんだが、俺は他人に、しかも年下の女子に頼られるような奴ではないと思う。むしろ避けられる対象だろう。


「そんなことはないと思いますが。だって――あ、いえ、やはり何でもありません」


 なんだ?

 最近、クレデールから言葉を濁されることが多く感じる。

 だから寂しく感じているとか、そんなことはまったくねえが、気にはなる。しかし、わざわざ言うのを躊躇ったことを教えてはくれねえだろう。


「お兄さんとお姉さんは仲が良いんですね」


「別に、特別仲が良いとか、そのようなことはありません」


 何だろうな。

 俺も特別仲が良いというわけではないと思っていたし、その通りなんだが、即行で否定されると割と傷つくもんだな。

 いや、嫌われる――あるいは避けられる――のには慣れているが。


「あ、先輩。別に、先輩のことを嫌っているとか、避けているという訳では決してなく、むしろその逆と言いますか、えと、その、つまり……」


 しかし、少々俺が落ち込まずにはいられずにいると、クレデールが焦った様な口調でフォローしてくる。

 自分で何を言っているのか分かっているのか、顔を赤くして、手はわちゃわちゃとせわしなく、視線は微妙に泳いでいる。

 ついさっきまで、あるいは普段の落ち着いている様子からは想像出来ねえな。

 つうか、こいつでも焦ることはあるんだな。つまり、寮でのあの様子は見られても焦るに値しないと考えているってことか。それはそれで問題だな。

 そんな風に考えていると、自然と、俺の思考も通常のものに戻ってくる。


「一旦落ち着け、クレデール。お前の話はあとでゆっくり聞いてやるから――」


 今はアレクトリのことを、と思って目をやると、アレクトリは何だか楽し気に笑っていた。

 さっきまではむしろ負の感情の方が強そうだったから、意図したわけじゃねえが、結果オーライかもしれねえ。


「それで、ディンにはもう連絡はしてんのか?」


 アレクトリは、はっと口元をひき結び、目を伏せがちにしながら首を横に振った。


「していません。心配させたくなかったから」


 こんな様子で会いに行ったら結局心配させることになると思うんだがな。

 クレデールと顔を見合わせると、クレデールも困った様な顔をしていた。


「けどな、アレクトリ。そんな顔で会いに行ったら結局ディンは心配すると思うぞ」


 俺にだってわかるくらいだ。ディンが気が付かねえはずがねえ。

 

「お家の方にはちゃんと話してあるのですか?」


 アレクトリの方がびくりと震える。

 どうやら図星のようだが、はたして。

 家庭で問題があったのか、それとも学校で問題があり、それを家族に話していない、話せていない故のものなのか、あるいは、他の何かなのか。 

 とにかく、こういうことは専門家に任せるしかねえ。

 ディンの端末の現在地情報を照会すると、どうやら今は寮にいるようだ。

 普段はあまり利用しねえが、アレクトリの事を考えると、バスを利用した方が良いか。


「このまま立ち話もなんだし、俺も、クレデールも、こういった事には慣れてねえ。とりあえず、ディンのところに向かうが、大丈夫か?」


 駄目と言われると非常に困るんだがな。

 しかし、ここまで来ておいて、会わずに帰るつもりもないだろうから大丈夫だとは思っていたが、案の定、アレクトリは小さく頷いた。



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