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最も簡単なもののひとつ 4

 デートってのはつまり、あれだろ?

 お互いを好きな男と女がいちゃつくために行う理由づけみたいなもんだろう?

 俺は別にクレデールのことを好きな――こう言うと語弊があるが、異性としては意識していねえから、今日のこれはデートじゃねえ……と、思う。

 それともなんだ、年頃の男と女が一緒に出かけると全部デートってことにでもなっちまうのか?

 いや、ディンも気の持ちようとかあやふやな事を言っていやがったし、断じてこれはデートじゃねえ。


「俺の、その、なんだ、デートの定義なんてもんは考えたこともねえから分からねえが、お前の理屈じゃあ、俺がデートと意識していなけりゃ、デートじゃねえんだろ?」


「イクスはクレデールさんとデートしたいとは思わないの?」


 それはデートってよりも、迷子になりそうな子供の世話を焼く保護者みてえな図になるんじゃねえか?

 

「だってデートならクレデールさんが迷子にならないようにイクスが手を繋いでいてあげても全然普通のことだし、クレデールさんも強がる必要はなくなるんじゃないかな」


 たしかに、あいつから目を(あるいは手を)離したら、迷子になりそうではあるが、そうはいっても、クレデールは負けず嫌いだからなあ。

 迷子にならないため、なんて理由で手を繋ぐなんて、絶対に承諾しねえと思うが。

 というより。


「そもそも、俺は手を繋ぎたいと思ってるわけじゃねえし」


 なんで俺がクレデールと手を繋ぎたいと思っている前提で話し始めてんだよ。そこからまず間違ってんだろうが。

 そう言うと、ディンは驚いたような顔をした。


「えっ? イクス、きみ、クレデールさんと手を繋ぎたいと思っていないって、正気かい? 普通、女の子に会ったらその子のやわらかさを確かめたいとか、すべすべとした肌に触れてみたいとか、熱い唇にキスしてみたいとか思うだろう?」


「……正気を疑いてえのはこっちだよ」


 しかし、残念ながら、こいつはこれで大真面目なのだ。

 年中、頭の中はお花畑で、どうしたらこの世の女とお近づきになれるかどうかということばかりを考えているのだ。

 リオンも苦労するだろうな。

 むしろ、苦労っつーか、自分から引き受けているっつーか、他にいくらでもいい奴はいると思うが、それでもリオンはディンが良いんだろう。幸せなこった。

 

「お待たせしました」


 俺がため息をついた時、クレデールが現れた。


「よし、行くか」


 はっきり言って、この寮の買い出しにおいて荷物持ちが必要だったことはねえし、あったら楽だとは思うが、なくても別段困らねえ。

 むしろ、面倒事が増えている気さえする。

 しかし、なんだって俺が高等科の学生にバスやら電車やらの乗り方だとか、あるいは買い物の仕方なんてものを教えなくちゃならねえんだ。

 そんなもん、初等科の学生だってできるような事だぞ。

 

「待って、イクス」


 さっさと行って、さっさと済まそう、そう思って出かけようとした俺の手をディンが引っ張って引き留める。


「何だよ」


「せっかく女の子がおめかしをしてきているんだから、褒めるのが礼儀ってものだよ」


 たかだか買い出しにおめかしも何もねえだろうが。 

 しかしディンは、大真面目に俺の肩を掴んできて。

 

「いいかい、イクス。僕たちとは違って、女の子はいつだって自分を可愛いと思ってもらいたいものなんだよ。それが異性なら特にね。もちろん、中には迷惑だって思う人もいるとは思うけれど、クレデールさんは絶対褒めてあげなくちゃ」


 それからディンは、女の子がお洒落していたらきちんと褒めてあげなくちゃ、ときちんと伝えることの重要性をつらつらと語りだした。

 もちろん、いつもディンが言っていることで、俺も何度も聞いている事だったので、聞き流していたが。

 俺がディンとそんな話をしている間も、クレデールは自分の恰好を気にするように、ちらちらとブラウスの袖口やスカートの裾を確かめたり、もみあげの辺りの髪をくるくると指で巻いたりしていた。

 そんなに言うんなら、お前が褒めてやればいいじゃねえかと思うんだが。

 大体、女子を褒めるボキャブラリーなんてねえよ。

 しかし、こうしてまじまじと――こんなことは失礼に当たるのだろうが――女子を見る機会など今までになかったもんだから、他の何かを注意できるほどのキャパシティを俺は有していなかった。


「あー、まあ、良いんじゃねえか。そういう格好も似あってると思うぞ」


 それでもなんとか言葉をひねり出したんだが、ディンはやれやれと言うように肩を竦めていた。

 クレデールがいるからか、何も言ったりはしていなかったが、その表情は雄弁に俺に対してダメ出しをしていた。

 うるせえよ。

 俺はお前みたいに、年中、女に対する親愛表現を考えているわけじゃねえんだ。


「ありがとうございます」


 たしかに、自分で口にしておきながら褒めているのかどうか疑問を覚えるような言葉のチョイスだったが、クレデールは特に拗ねているような様子をみせたりはしなかった。

 元々期待されていねえのか、そんなもんで満足したのか、あるいは別の何かなのか、分からねえが。


「では、行きましょうか、先輩」


「は? どこにだよ」


 たかだかひと言発するだけで、想像以上に精神力を持っていかれた俺としては、このまま部屋に戻って横になりたいところだったのだが、そういえば買い出しと、クレデールの自立を促すために出かけるのだったと思い出した。

 

「どこって、買い出しに行くのですよね?」


「あー、そうだったな」


 何が嬉しいのか、クレデールは笑顔を浮かべていて。

 その笑顔を見ていると、なんだかどうでもよくなるような気がしてきていた。

 しかし、クレデールはそのまま歩いて行ってしまったので、俺は慌てて追いかけると、クレデールの細い手首を捕まえる。


「お前、何勝手に歩いていってんだよ。危ねえだろうが」


 こいつは自分が方向音痴であるという自覚があるのか、ないのか。おそらくは後者だろう。認めたくないだけで、自覚はあるのかもしれねえが、この場合、重要なのは、迷子になるのか、ならないかという結果だけだ。

 さすがにここから学院まで、つまりはバス停までは迷いようもないほど目と鼻の先なのだが、普段は駅なんか行かねえし、バスにも乗らないので、この前行ったばかりだと覚えてはいても心配になった。ただそれだけのことだ。


「心配性ですね、先輩。そんなに心配なさらずとも、他に人がいないことは確認済みですよ」


「は? お前は一体何の心配をしてんだよ」


「何って、以前、ナンパされたことの心配ですが」


 あれは春休みだったから他校の奴らがこの辺りまで来る暇があったというだけで、普段は街でも出ねえと他校の奴らと出くわすことは普通はねえよ。普通は。


「そんな心配してんじゃねえよ。お前が迷子にならねえかどうか心配してんだろうが」


 いくらスマホがあるとはいえ、はぐれたらその位置まで迎えに行くのは俺なんだぞ。

 しかし、心配しているというのに、クレデールはあからさまにがっかりしたような顔をして。


「何だよ」


「いえ。分かっていましたから。先輩がそんな人だということくらいは」


 そういって手を差し出してきた。


「それなら、私がはぐれないよう、先輩がしっかり捕まえていてくださいね」


「ああ」


 

 


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