最も簡単なもののひとつ 3
こいつの言葉を遮っちまったのは俺だし、何か言わなきゃならねえんだろうが、気の利いた台詞なんて、ディンじゃあるまいし、そうホイホイと思いつけるわけもねえ。
「あー、あんま偉そうなこと言うつもりはねえんだけどよ、俺もお前も、まだ学生なんだから、頼れるところは他人に頼って良いんじゃねえか」
まあ、俺にできるのは今回と同じような野蛮な解決法くれえかもしれねえけどな。
でも、それで身近なやつの助けになるというのなら。
「つーか、そんなことでわざわざ礼なんていらねえよ。普通のことだろ、困ってるやつの助けになるなんてことは」
別に、クレデールが特別だから助けたわけじゃねえ。
たとえ相手がセリウス先輩であっても、エリアス先輩でも、ディンでも、リオンでも、きっと俺は同じようにしたことだろう。
「もう、この話は終えだ。そんなことを考えるより、お前は洗濯物の畳み方とか、バスの乗り方でも――」
俺は言葉を止めてクレデールを見た。
こいつは、バスの乗り方も碌に知らねえ。
しかし、ずっとそれでいいってわけじゃねえ。
今は買い出しやなんかも全部俺がやっちまっているが、本来、この寮では共同生活、つまり役割の分担が普通なんだ。
拾った猫の面倒を最後まで見られないのなら、せめて、ひとりでも何とかしていけるようにしてやる必要がある。
本当に俺がやるべき案件かどうかは別にして、買い出しだって、何だって、こいつに謎のやる気があるうちに教えといた方が後々のためにも良いのかもしれねえ。
俺だって、いつまでもこいつの髪の手入れをさせられるのはごめんだからな。
「そうだな……俺はこれから駅の方まで買い出しに行くけど、お前もついてくるか?」
俺が一緒にいれば迷子になる心配はねえだろうし、そもそも駅までの道で迷いようがねえってことは別にしても、そこから段々と遠くに行けるようになればと思う。
別に、買い出しを任せられるようになって楽になるとか、そんなことじゃなく、こいつの今後の事を考えたらってことだが。
「行きます」
「お、おう」
考えていたよりずっと早い返答に驚きはしたが、やる気があるのは良いことだ。
迷子になるのは、土地勘の問題もあるだろうからな。スマホの地図だけで全く知らない土地を歩けと言われても、なかなか難しいところもあるだろう。
この寮では、食事は自給だ。
管理人がいて作ってくれるわけではなく、利用している生徒が自ら作る必要がある。
当然、食材を準備するのも自分たちでということになる。
一応、買い出しの当番は決まっていて(ほとんどが俺だが)各利用者から後々等分した額を徴収するという仕組みになっている。以前のことは知らねえが、少なくとも、俺が入ってきた時からはそれが続いている。
「じゃあ、行くか」
着替えてきますと部屋へ引っ込んだクレデールを見送っていると、ディンが口笛を鳴らす。
「さりげなくデートに誘うなんて、やるねえ、イクス」
「デートじゃねえよ。何を見ていたんだ、お前は」
買い出しに出かけるって言ったのを聞いてなかったとでもいうつもりかよ。
そういうとディンは首を傾げ、
「ねえ、イクス。女の子とふたりで出かけるのなら、それはもうデートと呼んでも良いんじゃないの?」
俺は思わず目を丸くした。
あ、あれ? もしかして、これが俗に噂されているというデートってやつなのか?
ただでかけるのと、デートとでは、何が違うというのか。
今まで、女子、どころか男子とすらほとんど関りのなかった俺には、そんな基準は分からねえ。
「ディン。浮気性で、惚れ気が強く、すぐ女を誑し込むお前に聞きたいんだが」
「イクス。その質問の仕方で応えてくれる人は、そう多くないと思うよ。君にこれから友達が出来た時のことを考えると、僕は不安になるよ」
何で俺の交友関係をお前に心配されなきゃなんねえんだよ。心配しなくてもお前以外にこんな聞き方はしねえし、そんなやつはそうそういやしねえだろうよ。
とりあえず、俺はディンの言葉は無視した。
「どこからがデートなんだ? 定義をはっきりさせてくれ」
「難しいことを言うね」
ディンは少し考えるように顎に手を当てて天井を仰ぎ見る。
「でも、それは人によって基準が様々な、あやふやなものだよ。浮気の基準と一緒でね。一緒に話をしただけで騒ぎ出す人も中にはいるし」
反対に全然怒らない子もいるんだよね、とディンは最終的に惚気だした。
「まあ、要するに当人たちの気持ちの持ちようだよ。君がデートだと思えば、少なくとも君の中ではデートとして記憶されることになるだろうからね」
ディンは楽しそうに笑顔を浮かべる。
「それじゃあ、イクス。デートを楽しんできてね」
「そうか、じゃあ、これはデートじゃねえな」
は? と俺たちの声が重なり、顔を見合わせた。
「いやいや、何言ってんの、イクス。普通、女の子とふたりきりで出かけるってなったら、それはデートだと思うはずでしょ?」
何を必死になっているんだか、ディンは、冗談だよね、と疑問符を浮かべたような顔になる。
「いや、お前こそ何言ってんだよ。ただ食材の買い出しに行くだけだろうが。手を繋ぐわけでも、食事に行くわけでも、あるいはどっかへ遊びに行ったり、寄り道したりするわけじゃねえんだぞ?」
そもそも、俺はクレデールをそういう対象としてはみていねえ。
もちろん、クレデールに限った話でもない。
「イクス。君の中ではどうなったらデートってことになるんだい?」




