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売られた喧嘩は買うんだよ 9

 当たり前だが、今更確認するまでもなく、ディンは男だ。

 中性的ともいえる繊細で優し気な顔立ちや、筋肉のあまりついているようには見えない身体つき、甘ったるくやわらかな声。

 それらの容姿から小さい頃は女子と間違われることもあったらしいが、生物学的には間違いなく男だ。

 本人も、普段から女という生き物がどれほど素晴らしいものであるか、所かまわず公言するほど女好き(こういうとディンはすこしむくれるが)であり、婚約者がいるにもかかわらず複数の女と関りを持つほどだが、それでもそれらの女を全員大事に思っているということは、真実だろう。

 そのディンが自分では囮役が務まらず、女に任せたことでどれほど心を痛めているのか分からないほど、ディンとの付き合いは短くねえ。

 そのディンが耐えているにもかかわらず、俺が今出ていってぶち壊しにすることはできねえ。

 だがしかし、俺の、そしてリオンの怒りも、かなりギリギリである様子だった。同性であるリオンは俺以上に、おそらくディンが手を握っていなければ飛び出していたことだろう。

 手のひらに爪が食い込む。

 キロス達が向かったのは、駅を出てかなり歩いた先、荒れ放題の庭の中に佇む空き家らしきところだった。誰も使わなそうなところだ。人に見られたらまずいような事をするのにはうってつけなのだろう。すくなくとも、あいつらと同じ学校の奴らがここへ偶然訪れるという事態はあり得なさそうだ。

 普段訪れることはない駅なので、この辺りの地理には明るくなく、ここがどの辺りなのかもわからねえが、ディンが心配しなくていいと言うから、ただ大人しく後をつけてきた。


「どうしてじゃないよ」


 聞こえたのは会話の途中からだった。

 こちらに気づかれるわけにはゆかず、距離を空けて尾行していたため、多少のタイムラグは仕方ねえが。


「僕は上手くやれっていたはずだよねぇ? それなのに。どうしてそんな簡単なこともできないのか、不思議でならないよ」


 閉じかけの扉の向こうの部屋から声が聞こえてくる。

 昨日、喧嘩したときには聞いてねえ声だから、おそらくはキロス本人のものなのだろう。

 

「お前らはこの扉の陰に隠れてろよ。俺があいつに確認をとるまではな」


 たとえ昨日の現場を見ていたとしても、いや、だからこそ、俺が姿をみせれば何かしらのアクションを起こすはずだ。

 リオンやクレデールを危ない目に合わせようとするはずはねえし、かといってあいつらを放っておくことも良しとはしないだろう。

 ならば、ディンに任せておけば、クレデールとリオンの安全は保障されることになる。まあ、他に仲間がいなければ、だが。まあ、辺りに人の気配はねえから大丈夫だとは思うがな。


「頼んだよ、イクス」


 肉体労働には向かないディンをこの先へ連れていっても役には立たねえ。

 だったら、たとえはったりでも、ここに残しておく方が良い。口八丁は得意な奴だし、何かあっても乗り切れるだろう。

 女にも容赦するつもりはないのか、それでも一応振りかぶられた平手が振り下ろされるより早く、声をかける。


「おい。それ以上、何するつもりだったんだ」


 まだ厳密には手を挙げたとはいえねえが、もういいだろう。

 手を止めて振り向いたキロスは、驚いているように目を見開くが、その視線は俺ではなく、俺のやや後ろを見ているようだった。


「……なんで出て来たんだよ、クレデール」


「同じことを何度も説明させないでください、先輩。もちろん、私の問題だからです」


「そうじゃなく、俺は隠れて待ってろって言ったよな?」


 ここに出て来られると邪魔になんだよなあ。

 まあ、出て来ちまったもんは仕方ねえ。本当は、今からでも引っ込んでいて貰いてえところだが、あいつとの交渉が上手く進められるかもしれねえからな。


「何だ、お前は」


 キロスの口調が少し乱れるが、もしかしたら、そっちの方が素なのかもしれねえ。


「ご存じのはずだよな。昨日も俺たちのことを観察していたんだからよ。同時に、ここへ来た要件も分かってるよな?」


 クレデール本人を連れて、こうして堂々と姿を見せた意味の分からねえ奴じゃねえだろう。


「お前、よくもうちの寮生に手を出してくれたな。ああ、お前が直接手を出したんじゃねえことは分かってるから余計な問答は避けるぜ。こっちは、全部承知でここへ来てんだよ」


 俺はキロスを睨みつけたが、キロスは一瞬で柔和な笑顔を浮かべ。


「何を言っているんだい? 僕はねえ――」


「余計な問答は避けるって言ったはずだぜ、キロス・フルース。俺たちからの要求は、今後こんな真似はしねえことと、クレデールに心から謝罪することだ」


 一応、決戦のつもりでは来たが、俺だって暴力を振りかざしたいわけじゃねえ。

 話し合いで済むなら、話の通じる相手なら、それでいいと思っている。もちろん、クレデールの気持ち次第なところもあるが。


「謝罪ぃ? いきなり出てきておかしなことを言うんだねぇ」


 キロスの目がすっと細められ、蔑むような光が浮かぶ。 

 口調も変化し、語尾が、ねっとりと絡みついてくるようなものになる。


「僕には謝罪するような心当たりはないけどぉ? ただ、正当なお返しをしているだけなんだからぁ」


「お返しだぁ?」


「そうだよぉ。そもそも、僕がわざわざしてあげた告白を断るというのが間違っているよねえ。性格はきついけど、その綺麗な髪と顔に免じて僕から声をかけてあげたっていうのにさあ。僕の心は傷つけられたんだよぉ。むしろ謝って貰いたいくらいさあ」


 キロスは俺の問いに答えているようで、俺の方は見ておらず、ただクレデールだけを注視している。


「あなたは最低ですね、キロスさん」


 そう声をかけたのはリオンだった。

 いつの間にやら壁の向こうから出てきていた事には今更驚かねえ。クレデールが来ちまった時点で、他の奴らのことは諦めていた。


「リオン・ファリアです。あなたが私を覚えていらっしゃるのかは存じませんが、クレデールさんの友人として、これだけは言わせてもらいます。あなたの思い通りになる他人はいません。あなたの押し付けに対して、それに応えようと思えるような人柄をお持ちでないのなら、あなたは誰からも拒絶されたままです」


 放って置きゃあいいのに、リオンははっきりと自分の意見を示した。

 

「クレデール。何か言いたいことはあるか?」


 フラれたという逆恨みで、嫌がらせやら、果ては転校するまでに追い詰められたんだ。ここで吐き出しておいた方がすっきりするはずだ。

 

「いいえ、何も。何もありません」


 しかし、クレデールは静かに首を横に振った。全く興味などないというかのように。


「そもそも、良く知らない方ですし、これ以上何も起こらないというのなら、特段気にする事でもありません、ただ、正体は分からないと気持ち悪いと思ったので、付いて来ただけですから」


 瞬間。

 背中を見せた出入口へと歩き出した俺たちの方へ、何かが投げられる。

 確証があったわけじゃねえ。

 しかし、何かが飛来するのは感じた。


「危ねえ」


 威力こそなかったものの、この程度の石ころでも当たれば怪我くらいはするかもしれねえ。狙われたのは後頭部だったし、当たり所が悪ければ、もう少し大ごとになっていたかもしれねえ。

 しかし、キロスの投げた石ころは、クレデールにぶつかる前に俺がはじいた。

 なんとなく、背後から迫るものを感じただけだったが、防ぐことができて良かった。


「てめえ、ふざけんなよ」


 道場の教えだとか、そんなものはその一瞬、俺の頭から完全に消えていた。

 怯えたような声を上げるキロスに歩み寄ると、力任せに顔面を殴っていた。

 拳には、奴の鼻血が飛んできている。俺はそれを制服で拭った。


「か、顔がっ! ぼ、僕の鼻がっ! ああああああっ!」


 何か騒いでいる声が聞こえたが、ぞれ以上は関わる気も起きなかった。

 また来るような事があれば、何度でも相手になっやると言ってやろうかと思ったが、必要もないだろうと止めておいた。

 

「いいか! 今後、一切、クレデールに、それから他の奴にも、迷惑かけんじゃねえぞ! そん時はまた相手になるからなっ!」


 そう宣言して、俺は建物の外に出た。

 


 

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