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売られた喧嘩は買うんだよ 8

 ◇ ◇ ◇


 ディンの予想通り、翌日の放課後にはディンに対して連絡がよこされた。

 教室の掃除当番ではなかったことも幸いして、俺とディン、それからクレデールと着いてきたリオンは、寮へ帰るではなく、駅の方へと向かった。 

 正直、間に合うかどうかギリギリの時間だ。

 

「すぐに行くからそれまで引き延ばしてくれるようには言ったけれど、大丈夫かな……」


 電車に揺られる時間ももどかしいというように、ディンはせわしなくスマホの画面を見つめている。

 

「焦るのは分かるが、落ち着けよ、ディン。焦ったってどうしようもねえだろ」


 かくいう俺だって、急ぐ気持ちはある。

 もっとも、ディンとは違ってそこまで親しくなったわけじゃない、というより、むしろ敵対したともいえる関係なのだから、焦る気持ちはないが。精々、多少は夢見が悪くなるかなという程度だ。


「うん。それはそうなんだけど。やっぱり、今日は学院休めばよかったかなあ」


 そんなことを言っても、俺たちには日取りを決めようになかったんだから後手に回るのは仕方ねえことだ。

 ある意味では、あいつらを危険に晒したのは俺だと言えないこともねえから、ほんの欠片も責任を感じてねえとは言わねえが。


「それはディンが気にする事じゃないわよ。どう考えてもキロスさんが悪いに決まっているじゃない」


 しかし、リオンはディンの後悔をばっさりと切って捨てた。

 

「私達がやったことは、クレデールさんのことについて聞いたというだけのことよ。友人の話を聞くのに他の誰かの許可なんているはずないわ」


 聞いただけ、というには少々派手だった気もするが。

 俺たちが、放課後で、時間も遅くなると分かっていながら買い出しに行くでもなく電車に乗っているのは、先日争った例の女子学生から情報の提供がされたからだ。

 あそこで監視していて、あまつさえ俺たちにやられて情報を聞き出された以上、件のキロス・フルースがあいつらを呼び出すことは、それが俺たちの情報を得るためでも、制裁という意味であっても、容易に想像がついた。

 まあ、さすがに、あの時にディンが連絡先を交換しているとは思ってもいなかったと思うが。

 一体いつの間に。

 手が早いなんてもんじゃねえ。

 少なくとも、あの場にいた俺にはディンが連絡先を交換しているような素振りは見られなかった。もちろん、あの時の会話の内容からして、連絡先を交換していないのはおかしいんだが、それにしても、だ。


「ああ、それはね。いくら僕でもあの場ですぐにというわけにはいかなくって。アレクトリとのトークアプリのつながりから、人と人とを介してね。いやあ、10人も仲介すれば世界中の誰もと繋がるとはよくいったものだよ」


 すげえのは1日、いや、実質半日足らずであいつらへとたどり着いたディンの方だが、それを言って調子に乗り過ぎても困るので褒めたりはしなかった。

 まあ、別に俺たちが何と言おうと、あるいは何も言うまいと、ディンは勝手に関係を広げるんだけどな。もちろん女に限定で。

 

「それで、その子たちは今無事なの?」


 リオンは呆れたように溜息をついている。 

 もはや何かを言う気力もないのかもしれねえ。あるいは、今回ばかりは役に立っているから何も言えねえのか。


「うん。学校が終わったらすぐに駅まで向かってトイレに引きこもるように言ってあるから。公の場所ならおいそれと手を出すことはできないし、女子トイレならなおさらね」


 そう言いながら、今もディンは連絡を取り合っている。

 返信も来ているようだし、とりあえずのところ、作戦は成功していると言える。


「結局、クレデールが囮になる必要はなくなったわね」


 リオンは気遣うようにちらりとクレデールを見やる。

 クレデールは何も言わずに黙っていたが、唇をぎゅっと引き結び、整った眉を寄せ、後悔しているようにじっと扉の脇の手すりに掴まっていた。

 口では何と言おうとも、やっぱり根は良い奴なんだと思う。

 クレデールの提案していた、自らを囮にすることで現行犯として問い詰めるという方法を採る必要はなくなった。クレデールを囮にするまでもなく、あっちが勝手に動いてくれたからだが、それによって無関係とはいえないまでも、他人を危険に巻き込んだことに負い目を感じているのだろう。

 ようやく到着のアナウンスが聞こえ、扉が開くのももどかしく、俺たちは一斉に電車を飛び出した。

 走るな危険の張り紙があるが、そんなことを気にしてはいられねえ。

 そのままの勢いで階段を駆け上がり、連絡のあった女子トイレへと向かう。

 駅員が騒いでいねえってことは、まだそれほどの問題にはなっていねえはず。


「おい、あいつで間違いねえのか?」


 階段を駆け上がった俺たちは、その階段の壁に身体を隠しながら、そっと奥の壁の方を覗く。

 見つけられたのは、なよっとした感じの、眼鏡をかけた、よくいる好青年風の野郎だった。言われなければ、あるいはこんな事でもなければ、とてもいじめを指示したり、他人を貶めたりしているとは思いもよらなかっただろう。

 もっとも、見た目で判断するべきじゃないというのは、俺にはよく分かる話だった。分かりたくはなかったが。


「私にわかるはずありません」


 クレデールは考えるでもなく、首を横に振った。

 つくづくかわいそう、いや、いっそ哀れなやつだとは思うが、やはり同情なんかはできねえ。


「間違いありません。キロスさん本人です」


 代わりに答えたのはリオンだった。

 覚えていないのか、答えるつもりがないのか――おそらくは後者だが――ディンは瞳を細めただけだった。

 

「どうする? 俺がいって、あいつをぶっ飛ばせばいいのか? 取り合えず、女子トイレ前で待ち伏せとかするような奴は、普通に考えて、通報されてもおかしくねえと思うが」


 クレデールの前に連れてくれば、証言というか、ゲロってくれる可能性もあると思うが。


「ダメだよ、イクス。現行犯だって言ったよね? いつでも行けるように準備だけして待ってて。僕が彼女たちにもう大丈夫だってメッセージを送るから」


 ディンがスマホを操作すること数秒後。

 きょろきょろと周りを見回すように出てきた女子学生を、男子学生――キロス・フルースがまた逃がさないようにと、片方の肩を捕まえて、壁に押し付ける。


「ディン」


 確認するとディンも頷いたので、俺は身を潜めていた階段から出ていこうとしたところを、クレデールに手を掴まれて引き留められた。


「待ってください、先輩。私も行きます」


 俺にできるやり方だと、どう考えても暴力的なことになるのは避けられねえ。

 もちろん、ディンが行って説得できればそれでいいが、すでに手を出している以上、相手はここで止めるつもりはないのだろう。

 キロス・フルースは、女子生徒の手首をつかんだまま、郊外へと向かうらしく、改札へと進んで行く。さすがに監視カメラもある構内で事を荒立てる真似はしないらしい。

 見失わず、かといって気付かれもしないような範囲で、俺たちも後をつける。

 いや、もしかしたら、見つかっても構わなかったのかもしれねえ。クレデールの姿を確認すれば、あいつがこっちに来るだろうことは、今までの情報からも推測できる。


「ダメだよ、イクス。僕だって辛いんだ。けれど現場を抑えるためには――」


「分かってるよ。俺たちまで一緒にいたら、尻尾を出しやがらねえだろうからな」



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