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売られた喧嘩は買うんだよ 7

「ない証拠は出させるって、捏造するわけじゃねえんだろ?」


 まあ、この場合には捏造かとはっきり言われるとそうではないんだが。

 しかし、クレデールがここまではっきり相手をつるし上げると宣言するとは驚きだ。 

 何せ、クレデールが転校する元凶になったのだろうと思われる奴らがこうして進学している状況を鑑みるに、クレデールは自分が転校する直前にも、自分にちょっかいをかけてきていた奴らを告発することはなかったってことだからな。 

 

「捏造……いえ、そのつもりはありませんが、要するに、その人の企みを白日の下に晒すことができれば、あるいは言い逃れのできない状況を作ればいいんですよね?」


「その通りだと思うが……難しいんじゃねえのか?」


 捏造なんてすれば、逆にこっちが訴えられかねねえ。名誉棄損だとか何とか言われて。 

 それに、わざわざこんな面倒な計画をするような奴のことだ。どうせ証拠なんかは残しちゃいねえだろうし、手回し、この場合は口止めも完璧だろう。


「元はと言えば、私がきっちり過去にけじめをつけず、このように逃げ出してきてしまったからこその出来事です。私の不始末のつけは、私がきっちり落とし前を付けます。大丈夫です。ここの寮の皆さんにはこれ以上面倒はかけたりしませんから」


 クレデールはこれで頑固なところがあるからな。やると言ったらやるのだろう。 

 しかし、俺にだって言いたいことはある。


「今更、ひとつふたつ面倒が増えたって変わらねえんだよ、クレデール。お前に関わるのが面倒だと思ったなら、そもそも初日にお前の道案内すら声をかけたりしてねえよ」


 あんな言い分だけで本当に俺たちを諦めさせることができると思っていたのか、クレデールは驚いたように目を見開いた。


「大体、迷惑とか、寮でお前の散らかした後片付けをしたり、髪を手入れしたり、タイを直す方がよっぽど面倒だし、たちが悪いぜ」


「なっ、そんなことは放っておいてくださいよ」


 一応、こいつもあれを恥だとは思っているのか――普段の態度からはとてもそうは思えねえが――顔を赤くして反論される。

 

「先輩には関係のない話ではないですか」


「ほーう。お前がぽたぽたと垂らして歩いた後の水滴を掃除したり、爆発させた後のコンロや鍋の片付けをしたり、浸水した寮の後始末を引き受けたり、それらを誰がやっているのか知っていてのその物言いと捉えていいんだな?」


 別にそのこと自体は俺が勝手にやっていることだから構わねえんだが。むしろ、被害が広がらないようにと手伝いを拒否したのは俺の方だし。

 恩に着せるつもりでやった事じゃねえ。だから、後ろめたさを覚える必要は……少しはあってくれると助かるんだが、今は後ろめたさを覚えるんじゃなく、頼って貰いたいもんだな。


「そ、それは、その」


 クレデールも反省はしているらしく、言葉を微妙に詰まらせる。

 

「だが、俺はそれを、同じ寮の仲間の迷惑だとは思ってねえ。誰にだって得意不得意はあるだろうからな。そのうちのひとつってだけだろ、今回のことも」


 むしろ、解決にめどが立っている分、他の事情よりやりやすいともとれる。

 目に見える敵をぶっ飛ばすだけでいいんだからな。


「イクス。ぶっ飛ばしたら駄目だよ。傷害で訴えられるよ」


「問題ねえよ、ディン。あいつにけしかけられた奴らと違って、武器を使うつもりはねえ。外傷なく、ダメージだけを与える方法も――」


「僕が言ってるのは、暴力で解決する事自体がダメってことだから」


 考えたことがあるから話を聞いて、とディンが手を合わせるので、俺は仕方なく拳を降ろした。

 絡んできたやつは後腐れないように、きっちりやり合うのが手っ取り早い解決策だと思うんだがな。


「そんなことだから、イクス先輩は噂になるのではないですか?」


 リオンにまで呆れられちまったようで、溜息をつかれる。

 たしかに、そうとも言えるか。 

 気を取り直すように、ディンが咳ばらいをひとつする。


「いいかな。まず、クレデールさんは囮になると言っていたけれど、そんな必要はないんだ。だって、まず間違いなく、彼はまた仕掛けてくるから。それに、証拠も必要ない。現行犯の逮捕にはね。彼がどこまで考えているのか知らないし、彼の手伝いをさせられている女の子たちがあの子たちだけとは限らないけれど、次に呼び出しのような事があったりしたら――まず間違いなくあると踏んでいるけれど――その時は連絡してくれるように頼んでみたから」


 ディンがスマホを取り出して、アドレスの一覧をみせてくれる。

 しかし、並んでいるのは女のものらしき名前ばかりで、どれがあいつらのものなのか判断できねえ。


「ディン……? その方達は?」

 

 ゆらり、とリオンの背後から何かが立ち上る幻覚が見える気がした。実際、リオンの眉は普段より上がっている。

 

「知り合い、いや、友達かな? そうそう、リオンも僕に友達がいないことを心配してくれたことがあっただろう? 本当はあのころからたくさんいたけれど、証明するものがなかったからね。でも、今はこうして、ほら、ここに」

 

 それは、なるべく、今する話じゃなかったんじゃねえかな。

 ディンは、自分は何も悪いことをしていないと疑ってすらいないように、にこにことしながら嬉しそうにアドレス帳を見せつけている。

 目の前のリオンの肩が震えている事には気が付いているのか、いないのか。

 そんなことをして、ディンが自分の交友関係を見せつけている間にも、メッセージの届けられた着信音がする。


「あ、ほら、レープレさんからだよ。飼っているトイプードルのルミナちゃんも一緒に写ってるね。かわいいなあ」


 ディンは、にこにこととろけそうな笑みを浮かべながら何やら返信している。後でひと悶着あり、それはそれでうるさそうだが、今は放っておいていいだろう。このことでディンを庇う義理はねえ。


「クレデール」


 ディンとリオンが何やら言い争う――争っているつもりなのはリオンだけだろうが――のを後ろに聞きながら声をかけると、クレデールは少し弱気そうな瞳を上げた。


「お前だって、同じ学院に通う、俺たちの仲間で、あー、その、なんだ、友人だろ。困ってるダチがいたら、助けるのがたりめーだ。そこに何も後ろめたいとか、面倒を、とか、そんなことを感じる必要は全くねえんだ。ディンとは違えから、俺にあるのは腕力くれえだが、お前を支えるくれえは訳ねえんだぜ」


 鍛えてるからな。

 ディンの調子が乗り移ったわけじゃねえが、かなりこっ恥ずかしいことを言った気もする。


「先輩。それはセクハラですよ。女の子に向かって体重の話をするなんて」


「そ、そうか? 悪い」


 そんなつもりはまったくなかったんだが、やっぱり慣れねえことはするもんじゃねえな。

 そう思っていると、クレデールは何がおかしかったのか、くすくすと小さく笑いを漏らした。

 どうでもいいが、こいつも笑うことがあるんだな。


「先輩。それではこれからも頼りにしますね。料理も、掃除も、洗濯も」


「いや、それは自分でできるように努力しろよ」


 まあ、あんな風に落ち込んでるよりは良かったのか。

 もっとも、クレデールに料理や掃除、洗濯を任せることができるようになるのは、まだまだ先のことになりそうだが。

 しかし俺は、今は頼りにされることも別に悪くねえかと思っていた。




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