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売られた喧嘩は買うんだよ 6

 ◇ ◇ ◇



「知り合いと言っても、何度か顔を合わせたことがあるという程度ですが」


 寮へと戻る道すがら、リオンが語ったキロス・フルースという男の人物像に、俺は首を傾げた。


「振る舞いは紳士的な方でしたよ。ひょろりとした体躯で、頼りなさげなイメージのある、ディンとは別の方向で、もっとしっかりしなさい、と言いたくなるような方でしたね。とてもではありませんが、他人を利用して誰かを貶めようなどとは考えられそうにない方でしたが……」


 リオンがはっきりと断言しなかったのは、判断材料が足りないということなのだろう。

 社交界だか、パーティーだかといったものに、俺はもちろん参加などしたことはないが、顔を合わせた程度であるという相手のことを それほど詳しく理解できるはずもねえ。

 ディンはもとより、リオンですら詳しくは分からないとすると、やはり頼みはクレデールということになる。

 敵対する相手のことを知らないことには、どうにも事を運び辛いからな。


「本当にクレデールさんは彼に覚えはないの?」


 リオンの問いかけに対して、クレデールは考え込むような仕草をして。


「分かりません。ですが、彼はリオンさんと、あるいは私とも同学年なのですよね?」


「そうね」


「ならばおそらく、私が告白をお断りしたうちのどなたかなのでしょう。他に思い当たるフシもありませんから」


 ここまで興味を持たれていないと、いっそ可哀そうにも思えてくるが、暴力に訴えることを良しとする奴に同情はしない。

 だが、その経歴だと、今回のことには疑問を覚える。


「仮に、そのキロスって野郎がクレデールにちょっかいを出すように指示した黒幕なんだとしても、それはおかしくねえか? 普通、仮にも自分が告白するまでに好きになった相手に、あんな危険な奴らをけしかけようと思うか?」


 下手をすればクレデールは、もちろん、クレデールだけじゃなく、あの場にいた全員が怪我を負っていた。靴を切り刻まさせるというのも意味不明だし、そんなことをしてそいつにどんな得があるってんだ。

 むしろ、クレデールの気持ちを遠ざけるだけの結果になると思うんだが。


「イクスは好きになったらその彼女を大切にするタイプだね」


 ディンがいつもの楽し気な、むかつく微笑みを浮かべている。


「そんなの、俺じゃなくたって、誰だってそうだろが。それともお前は違うのか?」

 

 ディンは、言葉にはせず、リオンの方を優し気に見つめるが、リオンはそれをいつものことと無視していた。

 

「僕のことは置いておくとしても。ここから先は確証のない、僕の推測になるけれど……多分、少なくとも今日のところは、キロスさんはクレデールさんを本当にどうにかするつもりはなかったんだよ」


「いや。どうにかするつもりはなかったって。ディン、お前もあの女どもが所持していたナイフを見てんだろうが」


 あれのどこを判断したら、クレデールを傷つけるつもりなくけしかけたって言えるんだよ。


「だて、本当に自分をフった報復にクレデールさんに暴力を振るおうとしたのなら、誰かを雇うなんて足のつきそうなやり方はしないはずだよ。自分ひとりでやる方が、囲むという選択肢でもない限り」


「だったら野郎の目的は何だったんだよ」


 復讐じゃねえってんなら、どうしてあの現場を見ている必要がある。

 推理小説なんかで犯人が現場に戻るのは、そうしないと作者が困るからだが、あるいは急にいなくなることにより、疑いの目が向けられやすくなる事を避けるためだが、これは現実の問題だ。わざわざ自分が、まさにその現場に居合わせて、疑われるような状況に陥るのは避けるべき事柄だろう。

 ディンはちらりとクレデールの表情を盗み見た。


「それはもちろん、正義のヒーローになる事だよ」


 一瞬、ディンの正気を疑ったが、こいつは目の前に困っている女がいるのにも関わらず、しかもこんな女子の問題を解決しているという場面で冗談を言うような奴では……ない、はずだ。

 なにより、自信たっぷりに言い切っている。


「ええっと、悪いが、ディン。俺たちにも分かるように説明してくれねえか?」


 今、ここにいる人間でディンの話が理解できているのは語り手であるディンだけで、俺にも、クレデールにも、そしてリオンにも、全く理解できていなかった。


「簡単に言うとね、イクス。まず、協力者にクレデールさんを襲ってくれるように頼む。クレデールさんがピンチに陥る。そこにキロスさんが現れて、クレデールさんを助けに入る。好き! 格好いい! 抱いて! とまあ、こうなるって寸法だよ」


 クレデールはディンを見ていた。

 それはもう、すごく軽蔑しているような瞳で。

 無理もないが。

 ディンは慌てて取り繕うように。


「もちろん、今のは極端な例だけどね。でも、言いたいことは分かってくれたでしょう?」


「あー、つまり、その、なんだ。要は、クソ大掛かりな自作自演だったってことか?」


 好きな相手を追い詰めて、そこに颯爽と現れるヒーローになりたかったのか。

 その通り、さすがイクス、とディンが褒めてくるが、俺にとっては全く『さすが』ではない。

 

「それほどまでクレデールさんのことを好きだったのですね」


 リオンが何だかしみじみとした口調でつぶやく。

 まさか、理解を示したりはしねえだろうが。


「まさか、ですよ、イクス先輩。私は好きなら好きとはっきり言います」


 リオンがはっきりと宣言する。

 まあ、俺だって、曲がりなりにもこいつと一緒に寮で過ごしてきているわけだし、そのくらいは察せているが。


「リオン」


 ディンが真剣な顔つきでリオンの顔を覗き込む。

 

「もちろん、好きかどうかということと、許容できるかどうかということは違いますが」


 ジトっとした視線でリオンに射抜かれ、目を輝かせていたディンは溜息でもつきそうな感じに落ち込んだ。

 まあ、こいつらの夫婦漫才は放っておくとしてだ。


「今後はどうすんだ? 早いとこ何とかしねえと、また今日みたいな事態は起こり得るんじゃねえのか?」


 そのキロスって野郎をとっ捕まえてきて、ぶん殴るってわけには、もちろんいかないんだろうな。

 

「先輩。発想が野蛮ですね。やはり」


「やはりじゃねえよ、クレデール。そんなわけにはいかねえだろって話してんだよ」


 今のところ、キロスって野郎は女に指示(というほど明確なものでもねえんだろうが)を出しているだけで、自分は常に安全な位置にいる。

 そりゃそうだ。

 なんせ、クレデールを助ける立場を狙っているわけだから、自分で直接手を出せるわけがねえ。もっとも、こうして筒抜けだから意味はないが。

 問い詰めるにしたって、確たる証拠があるわけじゃねえ。所詮は実行犯だったやつらがそう言っているという、あくまでも状況証拠だけだ。


「仕方ありません。このままでは後手に回っているだけで、いつまでも、いえ、かなり長引きそうですし、そんなことはごめんです。ない証拠は出させましょう」


「は?」


 何を言い出すのかと、俺たちは驚いてクレデールの方へと振り返る。


「おそらく、近いうちに再び襲撃、あるいは似たような何かが起こるでしょうから、それまでは泳がせておきましょう。こちらからはどうせ何もできないのですから、気にするだけ無駄です」


 

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