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売られた喧嘩は買うんだよ 5

 俺はゆっくりそいつに近づき、目の前にしゃがみ込み、視線を合わせた。


「そんじゃあ、聞かせて貰おうか。なんでこんなことをしたのかをな」


 クレデールが通っていた際にちょっかいをかけていた理由は知っている。それはすでにクレデールから聞いていることだからだ。

 しかし、その理由であるならば、転校して、学校を離れたクレデールにまでわざわざちょっかいをかけに来る必要はねえはずだ。 

 理由もなくあそこまで敵意をむき出しにできるものか?

 俺が言うのもアレな話だが、普通はできることじゃねえ。

 しかし、目の前にいる女どもは、ただ身を寄せ合い震えるばかりで、話そうとする気配がねえ。


「おい。何とか話したらどうだ」


 相手が喧嘩を吹っ掛けてくるような男なら話は簡単なんだが、さすがにディンや後輩女子の前で脅しのためだけに暴力を振りかざしたくはねえ。そんなことのために武術を習ったわけじゃねえからな。


「イクス」


 肩に手が置かれたので振り返ると、ディンが柔らかい瞳をして微笑んでいた。


「僕が代わるよ。君はあんまりそういうことに向かないからね。それに、彼女たちにも事情がありそうだし」


 事情だと?

 そんなのあるに決まってんだろうが。

 この場合は理由と言い換えてもいいだろうが、わざわざ、クレデールがむかつくからというだけで転校先まで調べて追ってくるか?


「先輩。はっきり言って、先輩は事情の聞き取りには向かないと思います。先輩がすると、それは脅しとか、恐喝などと呼ばれる行為になってしまいますから」


 俺にはそんなつもりはほとほとないが、今までの経験上、全くその可能性がないとは言い切れねえ。


「女の子からの聞き取りなんですから、ディンにはあっているんじゃないですか」


 リオンは少し拗ねているとも取れる口調でディンを見つめ、ディンは乾いた笑いを漏らす。

 仕方がねえ。まあ、俺だって自分が聞き取りに適しているとは思ってねえからな。いや、正確には、ディンの方が聞き取りなんかには適していると思っている。

 

「おい! そこにいる奴」


 ディンが笑顔を浮かべて女どもの前に片膝をついた時、俺は近くの柱の陰から視線を感じて振り向いた。

 今までは周りを見る余裕もなかったが、どうやらこっちの様子を観察している。

 俺が振り向くのとほとんど同時に、柱の陰から何者かが奥へと走り去ってゆく。姿は見えないが、走る足音だけは駅構内に反響している。

 俺は追いかけようとしたが。


「待って、イクス」


 ディンが止めてきた。

 

「ここは相手のホームだよ。逃げられるのがオチだ」


「しかし、わざわざ喧嘩しているところから逃げるでもなくその様子を伺っていたような野郎だぜ。明らかに怪しいだろうが」


「うん。だからこそ、彼女たちの事情を聴くのが先なんだよ。危険かもしれないからね」


 ディンが言っているのがどういうことなのかは分からねえが、ディンがそういうのならその通りなのだろう。そのくらいは信頼している。

 俺が視線を戻すと、クレデールも俺と同じように足音が消えていった先をじっと見つめていた。

 

「クレデール。どうかしたか?」


「……いえ。何でもありません」


 クレデールはすぐに興味を失ったように――少なくとも表面上は――静かに顔を戻した。


「改めまして。僕はディン・フレーケス。フレーケス家の跡取り息子だよ。まあ、そうは言ってもただ本家の血筋というだけで、うちの家系には親戚筋もたくさんいるから、まだ僕が継ぐと決まったわけじゃないんだけどね」


 いきなり何を言い出すのか。

 こいつがナンパしているところを実際に拝んだところがあるわけじゃねえが、アレクトリの態度なんかを見ていて思ったのは、ディンがナンパするときに、その家柄を持ち出すことはないだろうということだ。

 一緒に寮で暮らしていても、あるいは学院でも、その家柄を鼻にかけることはねえ。

 もちろん、それはディンのステータスだが、普段一緒にいて感じることは、こいつは女に対しては、自分ひとりで正直に相対するのだろう。

 もっとも、それでもこいつのそれを許せるかどうかとは、別の話だが。

 だからこそ、このディンの態度には何となく違和感を――もちろん、表面的なものじゃねえが――覚える。


「だから、君たちがここで話してくれたことは、僕たちの目的以外では絶対利用しないし、他言もしない。君たちの安全も絶対守ると約束する。だから、正直に話して欲しいんだけど、君たちは誰かに頼まれていたんじゃないのかな。クレデールさんのことを」


 僕たちが知りたいのはその本当の事だけだよ、とディンは優し気な声をかけるが。


「ディン。何言っているのよ」


 リオンは堂々とした態度で、震える女どもを見下ろし、


「どんな理由があろうと、彼女たちがクレデールさんを追い込んだのは事実でしょう? まずそれは謝りなさいよ」


 リオンに威圧され、それでも怯えずに立ち向かえる人間はそう多くはないだろう。同性ならばなおさらだ。

 ディンの家は名門だが、リオンも負けず劣らぬ由緒正しい家柄の息女だ。

 クレデールがあまりにも目立ちすぎているので、中等部以前から持ち上がりの、いわゆる慣れ親しんだ――と言えるかどうかは微妙だが――リオンの話題は上がらないが、それでもリオンが学問、運動、あるいはその他にもしているらしい習い事に秀ていることは事実であり、こうして他人と相対したときに醸し出される品と風格は、クレデールにはないものだ。

 

「ご、ごめんなさい」


 つい先ほどまでの強気な態度は鳴りを潜め、震える声で謝るそいつらを見た後、リオンはクレデールへ視線を向け。


「私は元々気にしていませんから」


「……まあいいわ」


 一応は怒りを鎮めたようだった。

 しかし、変わらぬ厳しい視線を向ける中で、


「ええっと、それじゃあ、聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」


 ディンはそいつらに黒幕の正体を尋ねた。

 クレデールにちょっかいをかけるように指示をしていた奴だ。

 

「キ、キロスさんです」


 名前を聞き、リオンがぴくりと眉を動かす。


「キロス? キロス・フルース?」


「誰だ? 知り合いなのか?」


 クレデールは首を横に振っているが、リオンには聞き覚えのある名前らしい。


「リオン? 知り合いなのかい?」


 ディンは心配するような声をかける。

 リオンは呆れたように。


「ディン。あなただって知っているはずよ。何度かパーティーでご一緒したことがあるもの」


 しかし、リオンに説明されても、ディンは首をかしげるばかりだった。

 まあ、ディンが知っているかはどうでもいい。リオンが知っているんだからな。

 それに、パーティーで会ったことがあるってことは、そういった家柄ってことか。

 とにかく、知り合いってんなら話は早え。


「それで、重要なのは理由よ。なんで、キロスさんがあなた達にクレデールさんを狙うように言うのよ」


「そ、それは……」


 リオンに問い詰められ、顔を見合わせる。

 

「黙っていても良いことはないわよ」


 リオンはちらりとディンに視線を向け。


「私は、ディンみたいに甘くないから」


 リオンに圧倒されたのか、ビビったのか、それともディンの言葉に安心したのか、あるいはそれらの合わさった結果なのか、理由は知らねえが、そいつらは目的を語った。


「キ、キロスさんは、私たちに、も、もちろん、私達だけじゃなくて、学校の女子たちには結構声をかけているみたいですけど、以前、そこの、クレデール、さんに声をかけてフラれたことを気にしているらしくて。それで……」


 目の前の女どもは言い淀んだが、リオンはそれを許したりはしなかった。


「ひっ……それで、クレデール、さんにちょっかいをかけて、そこで」


「いや、もういいよ。分かったから。ありがとう」


 その言い分をすべて聞き終える前に、ディンはそいつらの言葉を遮った。


「もうしないよね?」


 ディンが尋ねると、そいつらは激しく首を振った。俺の方をちらちらと見てきていたのは無視した。


「ちょっと、ディン。どういうことなの?」


「リオン。今日はもう遅いから、帰りながら話すよ」


 たしかにそろそろ戻らねえと、寮に残っているのがセリウス先輩とエリアス先輩だから、えらいことになりかねねえ。

 家まで送るよ、というディンの申し出を断って、ふたりが逃げるように走り去っていったのを見届けてから、俺たちはホームへ向かった。

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