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寮の住人達

 ◇ ◇ ◇



「やあ、イクス。遅かったじゃないか」


 休み明け、久方ぶりに見るそいつは、わざわざ寮の前まで出てきていた。


「遅かったじゃないか、じゃねーよ。お前が今日戻ってくるなんて聞いてねえんだよ、ディン」


 首筋辺りで綺麗に切りそろえられたサラサラの淡い金髪をなびかせながら、大袈裟に出迎えのポーズをとる優男に、わずかばかりの言い訳をする。

 ディン・フレーケス。

 古くからある、いわゆる名門と呼ばれる家柄の御曹司で、俺と同じく初等科からこの学院に通ってはいるのだが、知り合ったのは高等科に入ってから、つまり、この寮に入ってからだ。

 

「そうだっけ? 学院が始まる前には戻るって言っていたはずだけど」


「そういうのは、伝えてあったって言わねえんだよ」


 そんな当たり前の予定を聞かされたって意味はねえと、毎回言っているんだが、こいつはいつも飄々とした調子で、変わった試しがない。


「だから私が、連絡はしてるの、って聞いていたのに」


 ディンの隣で、さらりと長い金髪に、意志の強そうな碧い瞳をした女がため息をついていた。

 こいつが女子を(に限らず女を)連れていることは珍しくないので、特に聞いてやる必要もないだろう。

 

「お前……まあ、とやかくは言わないけどよ。2年になったんだから、もう少し自覚を持てよな」


 ディンはとぼけたようにきょとんとしていやがったが、すぐに、ああ、と得心がいったような顔になり。


「イクス。彼女は僕の婚約者のリオン。リオン・ファリアだよ。この春から高等科に進んで、この寮に入居することになっているから、大丈夫なんだ」


 ディンは何でもない顔をして、さらりと言ってのける。

 重大発表ってのはこれのことか。

 

「つーか婚約者だと? お前、婚約者がいたのに、あんだけ付き合ったりしてたのかよ」


 このクソ詐欺師野郎のどこが良いのか、まあ、顔立ちだけは良いから、ディンは女子にもてる。

 上級生、下級生問わずだ。

 こいつはこいつで、自身の欲求に素直な奴というか、のんき、浮気性なので、誘われたら断らず、朝帰りする日も結構あったのだが。

 というか、大丈夫の意味が分からねえ。

 

「どういうことですか?」


 ディンと同じ、さらさらの金髪を真っ直ぐに伸ばしたそいつ、リオンは、いかにも両家の子女といった感じの佇まいだったのを崩し、自身の婚約者だという男をぐいと押しのけて、俺の方へと詰め寄ってきた。 

 隣ではディンが、必死に口の前で人差し指を立てているが、俺の知った事じゃない。


「どうもこうもねえ。言葉通りの意味だよ」


 俺だってこいつの女性遍歴を全て知っているわけじゃない。

 だが、少なくとも、去年の文化祭で14人の女とデートをしていたとか、公然の秘密としてファンクラブがあるとか、昼には大抵女子に囲まれて弁当を食っているとか、夜中にも帰ってこないことがあったり(俗にいう朝帰りというやつだ)と、まあ、とにかく、その手の噂には事欠かない奴だ。しかも大抵は噂で終わらない。


「ディン。最後に何か言い残すことは?」


 リオンの表情は穏やかだった。

 むしろ笑っていたともとれるだろう。


「リオン。僕はいつだって、君のことを大切に思っているよ。他の女の子に誘われたり、誘ったり、デートをしたり、キスをしたり、色々とすることはあるけれど、リオンだって、家の花壇ではスミレだけじゃなくて、パンジーも、紫草も、マリーゴールドも、色々と育てているだろう?」


 それと同じことだよ、とディンは悪びれる様子もなく、微笑んで見せている。

 悪びれるとか、そういう問題ではない。

 多分こいつは、本当に悪気があってやっているわけじゃないのだ。

 リオンのことを大切に思っているというのも、本当だろう。

 だから余計にタチが悪い。


「もう知らない。ディンはその子たちとよろしくやってれば?」


 リオンはそれきり踵を返し、寮の中へと戻ってしまう。

 男の俺でさえ呆れているのだ。

 当事者のリオンに三下り半を突き付けられなかっただけ有情だろう。


「まだ夕食の準備は始めてねえよな?」


 リオンが寮の扉を開いた時、煙が漏れ出てくるとか、変な臭いが漂ってくるなどということはなかった。

 こいつも、エリアス先輩も、大人しくしていてくれたということだろう。

 ひとまずは安心だな。

 

「あれ、イクス。久しぶりに会った傷心の友人にかける言葉がそれかい?」


「うるせえ。お前はもう少し反省しろ」


 ディンは、ははは、と反省しているんだか、していないんだか分からない表情で笑う。

 

「それより、そっちの子は? 彼女も新入寮生かな?」


 こいつは。

 今の今でよくそんな話ができるな。

 その性格には関心しかねえよ。


「イクス。褒めても何も出ないよ」


「褒めてねえよ」


 何故だかすごく納得した顔をしているクレデールに向き直る。


「クレデール。こいつがディン・フレーケス。俺と同じ高等科の2年で、人間の屑だ」


 いや、俺は屑ではないが。


「こんにちは。いや、もうこんばんわかな。初めまして、クレデールさん。ディンで構わないよ。同じ学院の寮生同士、仲良くしてくれたら嬉しいな」


 俺の嫌味を華麗にスルーして、ディンはクレデールに爽やかな笑みを向ける。 

 大した胆力だ。

 直前に、あんな場面を見せたばかりだってのに、その見られた女子に対しても、こんなにフレンドリーに話しかけることができるなんて。

 決して見習いたいとは思わないが、凄い奴だとは思う。

 

「仲良くはできませんが、先輩のようですから、一応、よろしくお願いします」


 明らかに嫌そう、というほどではないにしろ、関わりたくないという態度でディンに応じるクレデール。

 クレデールは、1度ぺこりと形式通りの会釈を済ませただけで、ディンに話しかけようとする素振りは見せず、そのままリオンの後を追うように寮へと向かってゆく。

 その光景に俺は、何だろう、少し違和感を覚えていた。

 決して、俺がクレデールをどうこう思っていて、ディンに近づけたくないとか、そういう風に考えているわけではない。いや、あの女子、リオンの事を考えると、近づけない方が良いのではとも思うが、そうではない。

 上手く言えないが、一線を引いた態度というか、拒絶している風にも見えるというか。

 今まで、ディンが初対面の女子にこんな風にあからさまに避けられたことはない。 

 もちろん、直前の行動が絡んではいるのだろうが、それでも、初対面だ。

 普通にしていても避けられることの多い俺よりも、普通にしてさえいられれば大抵誰からも好かれるディンの方を避けるというのは、一体どういったことなんだ。


「……ねえ、イクス。僕、何かクレデールさんに嫌われるような事をしたかな?」


「お前が女に嫌われるのは当然だと思うが……たしかに、妙だな」


 俺には即座に警戒する対応をみせる程だったのにも関わらず、何というか、ディンとはそもそも関わるのを避けるような、やんわりと、もしくはあからさまに拒絶しているような感じなのだ。

 こいつがここまではっきりと女子に嫌われるのは珍しく、それも立て続けに2度も起こるという場面に遭遇できるとは、俺はひょっとして運が良いのかもしれない。


「って、こんなところでお前のくだらない浮気話に付き合ってる場合じゃなかったぜ。エリアス先輩を止めに行かねえと」


 ディンがここにいたということは、エリアス先輩を止めてはくれていなかったということに他ならない。

 まあ、こいつに女の先輩の足止めなんてできるわけはなかったんだが。


「ディン。お前はさっさとリオンに謝ってこい。お前に料理は期待してねえし、リオンとクレデールは今日は歓迎される側だ。ついでに、エリアス先輩をそっちに引き渡すから上手いことしといてくれ」


「分かったよ」


 ディンにそれだけ早口で告げると、俺は急いでエリアス先輩の部屋へ向かう。

 頼むから、まだ間に合っていてくれよ。



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