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売られた喧嘩は買うんだよ 4

 ◇ ◇ ◇



 教えてもらった駅は、シュレール学院からフェルミナ中学へ行くためにどうしても乗り換えが必要なところだった。

 フェルミナ中学は公立校だ。義務教育の範囲内だし、事情がなければ家から近いところへ通うだろう。

 追いつけたのは、シュレール学院が田舎で、電車もバスも本数が少なかったことが幸いした形だろうな。


「ねえ、マジで意味わかんないんだけど」


「なんでうちらが足止めされなきゃならないわけ? 早く帰りたいんですけど」


 電車を降り、改札へ向かうと、例のクレデールの靴を切り裂いたと思しき女子学生は係員に足止めを食らい、かなりイラついている様子だった。

 

「ですから、先程からご説明申し上げております通り――」


「いや、もう待ってる必要はねえぜ」


 平謝りしている駅員の台詞を途中で遮る。

 駅員も含め、そいつらはびくりと肩を震わせてから、俺たちの方を振り返った。


「何こいつ、知り合い?」


「ううん。あたしも知らな――」


 ひとりは知らなかったみたいだが、もうひとりの方は大きく目を見開いた。

 

「こいつ、もしかして、あのイクス・ヴィグラードじゃ……」


 俺にとっては非常に不本意なことだが、どうも俺の名前は近隣の学校に知れ渡っちまっている。しかし、ここまで離れても知っている奴がいるとは驚きだ。よっぽど、そういうことに関係している奴らなんじゃねえのか。


「さすがはイクス。有名人だねえ」


 すぐ後ろにいたディンが感心したようにつぶやく。

 全然、嬉しくねえよ。

 それより。


「ディン。お前、こいつらの名前知ってるか?」


「ううん。もし知っていたら今回のことも事前に止められたのに、残念でならないよ」


 ディンは心底残念そうに首を横に振る。

 そうか。まあいい。別に名前なんてどうでも良いことだ。


「クレデール」


 クレデールの名前を呼ぶと、そいつらの表情が変わった。

 当たりか。

 もっとも、確証はこの後で得られるだろうが。


「クレデールさん」


 心配するような瞳で見つめながら、手を握っているリオンに礼を告げながら、クレデールが俺たちの隣まで進み出てくる。

 相手の表情が変わる。


「お前はこいつらに見覚えあるか?」


 必要ないとは思うが、念のためだ。

 自分がどこの誰に狙われていたのかを知る権利はあるだろう。

 しかし。


「いいえ。知らない方達ですね」


「はあ? 何だと?」


「手前、ふざけんなよ」


 クレデールが首を横に振ると、そいつらは予想通り、激昂した。

 うるせえな。こっちはまだ聞きてえことがあんだよ。

 そう思って睨みつけると、途端に黙っちまったが。

 多少、拍子抜けはするが、黙っていてくれるんならありがたい。


「確認するまでもない事ですね。今の反応で、彼女たちが犯人だと確信できます。手荷物を改めさせてもらえれば、さらに確証も得られるはずですが」


 リオンが静かに告げる。

 たしかに、この状況証拠だけでも十分な気はするが。

 まあ、時間ももったいねえことだし、手短にいくか。


「手前らがクレデールの靴を切り裂いた犯人ってことでいいんだよな?」


 この状況になっても、ディンは何も言わない。

 映像を確認しているのはディンだけだが、そのディンが女を庇わないということは、こいつらが犯人だということで正解だからだろう。


「なっ……急に何言いだしてんの?」


「あ、あたしらがそんなことするわけないじゃん。証拠でもあんの?」


 視線は泳ぎ、手元はせわしない。おまけに声も震えている。これ以上何が必要とも思えねえが。


「うちの学院の監視カメラに手前らがクレデールの靴を切り裂いているところが録画されてんだよ。警察に持ってけば、一発で画像照会できんだろ」


 おそらく、監視カメラには切り裂いているところそのままの現場は録画されていない。

 ディンが確認したのも、来たところか、帰るところだろう。

 とはいえ、それは映像を確認しなければ分からないことで、それを見ていない奴らには、特に今みてえな精神状態の奴には良く効くだろう脅しだ。


「う、うるせえ、それ以上近付いてくるな」


「ちょ、ちょっと、まずいって」


 流石に駅構内で刃物を振り回すのはやばいと判断する理性くらいはあったらしい。片方には。

 まあ、それも、今更意味ないものだが。

 しかし、もうひとりの方はそうではなく、鞄の中から、おそらくはクレデールの靴を切り裂いたのに使ったと見えるナイフを取り出した。

 ハサミで切り刻んだんじゃねえんだなと、少し意外だったが、まあ、予想の範囲内と言えるだろう。


「こっちは仲間を傷つけられて怒ってんだよ。今更、そんなちんけな得物くれえにびびると思ってんのか?」


 そうはいっても、素人が握っているものだ。

 下手に振り回されたりして、すっぽ抜けってあらぬ被害が出るのも、良くねえな。


「来るなって言ってんだよ」


 こんな状況で凶器なんて取り出しても自分たちの立場を危うくするだけだと思うが、そう判断する理性も残っていないらしい。

 小さな駅だし、この状況で駅員が応援を呼ばない所を見ると、他に係員もいねえのかもしれねえ。


「おう。やってみろよ。こそこそ嫌がらせをするしかねえチキンな手前らが、その手の物を振り回す覚悟があるってんならな」


 視線、身体の向き、腕、肩の様子。

 それらに注意さえしていれば、突撃と、振り回される軌道の外に出ることくらいはわけねえ。要は、その後の度胸があるかってことだ。


「先輩」


 クレデールの声が聞こえるが、ここまできちまった以上、引くに引けねえんだよ。

 ビビってると思われたら、繰り返されるかもしれねえからな。そんなのは面倒くせえ。


「大丈夫だよ、クレデールさん」


 クレデールを安心させようとかけているディンの声が聞こえる。

 なんとなく、クレデールの肩に手でもかけてるんじゃねえかと思ったが、さすがに婚約者の前でそれはねえか。

 って、そんなことはどうでも良い。今は集中しねえとな。

 相手が手に持っているナイフは、精々、刃渡りが数センチといったところの、所謂十徳ナイフとかそんな風に呼ばれるやつだ。

 つまり。


「はっ?」


 突き出されたナイフと腕を避け、側面に回り込む。素人が持っているだけの物なら、そいつ本来のものより、ちょっとばかりリーチが変わるだけのことだ。

 躱すだけなら問題はねえ。

 そのままだと、ディンたちの方へ行っちまうので、側面に回り込んだ俺はそいつのナイフを持っている方の手の手首をつかみ、ねじり落とす。

 落ちたナイフは、蹴って壁際の方へと遠ざける。

 周りい人がいなけりゃ、最初からナイフを蹴り飛ばしても良かったんだが、今はそれだと周辺に危害が及ぶ可能性があったからな。


「手前、ふざけん――」


 手は関節を極めているはずだが、それでも振り向こうと必死に首だけを回してくる相手の眼前に、掴んでいない、空いている方の拳を握り締めて突き出す。

 もちろん、当てるようなへまはしない。


「ふざけてんのはどっちだよ。言っとくが、俺たちは仲間に手ぇ出されて頭に来てんだよ」


 相手は女だが、武器を所持しているし、正当防衛ということで納得させるか。もちろん、俺自身を、だ。

 俺は今まで関節を極めていた奴を解放すると、そのまま、今度は本当に殴り飛ばした。もっとも、拳じゃなく掌底だし、顔面ではなく腹の辺りだが。 

 結構良いのが入ったから、しばらくはそのまま突っ伏している事だろう。


「喧嘩売ってきたのはそっちからだからな。覚悟はできてんだろう?」


 だが、もうひとりの方をどうにかする必要はなかった。

 もうひとりの方は、こちらへ向かってくることなく、その場で腰を抜かしたように座り込んでいた。

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