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売られた喧嘩は買うんだよ 3

 ◇ ◇ ◇



「ああ、その子たちならここへ来たよ」


 俺たちがよっぽど急いでいる様子だったからだろうか、駅員はそいつらの行き先をすぐに教えてくれた。

 俺だけだったら怪しまれて教えてくれなかった可能性はあるが、外面だけは優等生みてえなディンと、外見は美少女のクレデール、そして実際にしっかりしているリオンが丁寧に尋ねたので、向こうも知り合いか何かだと考えたのかもしれねえ。


「何かあったのかい?」


「ええ。先刻、うちの学院で彼女の靴が切り裂かれるという事件がありまして。監視カメラの映像から、彼女たちが犯人である可能性が極めて高いと判断されましたので」


 靴は捨てずに、証拠品として持ってきている。

 駅員は改札の窓からクレデールの足元を覗き込んで確認すると、少し困ったような顔をしながら、俺たちに少し待つように言い、管理室の中にある電話を手に取った。


「――そう。え、その子たちが……はい、よろしくお願いします」


 電話を収めた駅員は俺たちへと向き直り。


「ちょっと待ってね。今、ホームにいる係員と連絡を取って、そこから各駅に連絡してもらったから。降りた駅はその内分かると思うよ」


 ただ待つ間、というのももどかしく感じる。

 しかし、降りた駅を教えてもらわなくては先へ進めないため、俺たちはここで待っている必要がある。

 早く着こうが、遅くなろうが、結果は変わらないのだが、こういう時はどうしても早く追いつこうと気が急きがちだった。


「あの、厚かましいようですが、彼女たちの外見だけでも確認させてはいただけないでしょうか。念のため、同一人物かどうかの確認をとりたいのです」


 ただ、待っている間にもできる事はある。

 ディンが頼み込むと、駅員はカメラの録画映像を見せてくれたが、俺たちの中で学院での監視カメラの映像を確認しているのはディンだけだ。俺たちにはそれが本人かどうか確認しようがねえ。

 答え合わせをするように、ディンの反応を待つ。


「うん。間違いないよ。彼女たちがクレデールさんの靴を切り裂いた犯人だね」


 監視カメラの映像は、鮮明とは言えないものだったが、ディンが女子の外見を見間違えるはずはねえ。

 覗き込むように俺たちもそれを確認し、ディンのお墨付きを得たところで、俺たちは顔を見合わせて頷き合った。 


「あの、先輩方、それにリオンさん」


 クレデールが沈黙を破るように口を開くので、俺たちの視線がそちらへ集まる。


「これは私の問題ですから、皆さんの気持ちはありがたく思いますが、ここまでで結構です。後は私が決着をつける必要があることだと思うので。これ以上迷惑はかけられません」


 残りの俺たち3人は顔を見合わせた。


「ディン。彼女、こんなことを言っているけど」


「今更だね。もっとも、ダメと言われても僕はついて行くけどね。女の子の心配事は放っておけないから」


 こいつはひょっとして馬鹿なんじゃねえかと思いながら、俺はため息をついた。


「お前、やっぱり、本当は馬鹿だろ、クレデール」


 そんな風に言えば、当然というか、やはりというか、クレデールは突っかかってきて。


「馬鹿とは何ですか。言っておきますけれど、私の実力テストの順位は」


「そんなの知ってんだよ。リオンよりひとつ上で、学年でトップだったんだろ」


 俺に限らず、学院の奴なら誰でも――むしろ俺なんかよりよっぽど詳しく――クレデールの成績については知っている。

 リオンは少し頬を膨らませていて、ディンがその頭を、よしよし、と撫でていたが、俺は構わず続けた。


「俺たちが勝手に関わりたいと思ってやってることなんだよ。お前の意思なんて知ったことか。大体、お前ひとりだったら、駅まではたどり着けたとしても、駅から学院まで戻って来られねえだろうが。そうすると、夕食がさらに遅くなんだよ」


「なっ、侮って貰っては困ります。私だって駅から学院に戻るくらい、楽勝ですよ」


 そいつはすげえ自信だな。明日は雨でも降るんじゃねえのか。

 まあ、そう言いつつもクレデールは、意識してか、あるいは無意識でか、視線を逸らしぎみだったんだが。


「あ、先輩。今、私の事、馬鹿にしましたね? 言っておきますが――」


「お前のことを心配してんだよ」


 相手は靴を切り裂くような得物を所持しているんだぞ。

 いくらクレデールの運動神経が良かろうが、さすがに相手が複数なら、いや、単独でも、勝ち目は薄い、どころかほとんどないだろう。返り討ちにされるのがオチだ。

 加えて、相手はこっちの学院にまで白昼堂々と乗り込んできてんだぞ。つまり、俺たちは侮られてんだよ。

 要するに、喧嘩だ。

 こっちから吹っ掛けるつもりはさらさらねえし、趣味なんかはもちろんねえが、降りかかる火の粉を払う程度はする。


「それは先輩も同じ条件ではないですか」


「俺はいいんだよ。そんな奴らの相手は慣れてるから。お前と違って、過去に色々と悪行を働いているからな」


 クレデールに意趣返しをしたつもりだったんだが、代わりに隣でディンが噴き出した。


「イクス。自分で言うのかい、悪行って」


「うるせーな。ほっとけよ」


 ここで、いや、どこであってもその内容を言いふらすつもりはねえ。

 まあ、噂の方は独り歩きしているみたいだが、わざわざ釘を刺して回ることでもねえし、そんなことをした方が余計に噂している奴らを煽るってもんだ。


「まあ、とにかく、女が、それも素人が持った刃物なんて数に入らねえよ。そりゃあたしかに、危険なことには変わりねえが」


 まず、こんな嫌がらせをしている時点で素人だってのは丸わかりだ。 

 ならば、攻撃は威嚇程度でいいだろと考えていそうだし、まあ、あっても腹だろう。腹の止血はちと大変だが、仮にも、相手だって学生だ。傷害事件なんかにまではしたくねえだろうから、ぱっと見で分かりやすい場所に攻撃してきたりはしねえだろ。もちろん、実際相対してみなけりゃわからねえが。

 とはいえ、念のため俺は鞄から教科書を取り出した。

 2年になってからはまだ喧嘩も何もしていないので、綺麗な新品だ。仕方ねえが、怪我するよりはマシだろう。

 もちろん、ただ刺されるつもりはまったくねえ。あくまで保険だ。

 それを制服の内側に仕込み、ズボンのベルトで腹との間に挟み込む。

 そんなことをしている間に、ようやく確認がとれたのか、駅員が奴らの降りた駅を告げてきた。


「いいか。ついて来ても構わねえが、くれぐれも俺の後ろに引っ込んでろよ。余計なことをするんじゃねえぞ」


 今更、ここから引き返してくれるとは思ってねえ。

 念のため釘を刺すと、ディンは楽しそうに、リオンは真面目に、そしてクレデールはよく分からねえ表情で頷いた。


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