売られた喧嘩は買うんだよ 2
しかし、用務員室に行くったってな。
「そうほいほい生徒に監視カメラの映像なんて見せてくれねえんじゃねえのか?」
この学院に何台の監視カメラが設置されているのか知らねえが、それはしかるべき管理者、責任者のために記録されているもので、俺たち生徒に閲覧できるような記録であるはずがねえ。
「イクス。今、君が言った通り、監視カメラの役割とは、僕たちの学院生活の安全を守るということだけれど、安全というのは、なにも肉体的に損傷を受けるってことだけじゃない。今回の件、クレデールさんは精神的にかなり傷つけられたはずだ。だからこそ、君の言葉は嬉しかったはずだよ」
「俺の言葉と今回の犯人が映ってる映像になんか関係あんのか?」
それに、犯人が監視カメラに映っていたからって、クレデールの気持ちが晴れるわけはねえだろう。
他人の気持ちを測るなんておこがましいが、自分の持ち物を引き裂かれたやつがどんな気持ちでいるのかを推測する事すらできないほど、鈍いつもりはねえ。
そして今重要なのはその気持ちではなく、映像を閲覧できるかどうかであるはずだ。
しかし、ディンは微笑むだけで、俺の問いには答えねえ。
「おい」
用務員室にたどり着いた俺は、受付の窓から声をかける。
俺たちまでルールを破るようでは、今回のことをしでかした犯人を追及する資格がねえ。
「イクス。そんな言葉づかいじゃあだめだよ」
多少強引だったかもしれねえ俺を嗜めると、ディンは静かに受付の窓をノックする。
「すみません。先ほど、下駄箱において友人に害意を向けた相手がいるようなのですが、生憎僕たちは授業があり、その場に居合わせることができませんでした。友人の危機には、これを助けるのが我が校の校訓ともなっているはずです。どうか状況の検分をお許し願えないでしょうか」
今度は受付の窓がわずかに開き、中から用務員と思しき初老の男が顔をのぞかせる。
「あんたら、学生だろう? 事件だってんなら、お前さんらの役目はないはずだ。そんなことは先生か大人に任せて、帰って勉強でもしているんだね」
「何だと」
お前らの役目は学院に害をなそうとするやつらの監視じゃねえのか?
そんな役目を放り出して、まんまと身内に危害を加えさせるのを黙認していたやつに言える台詞なのか?
こっちは乗り込みたいのを堪えて、わざわざ許可をとろうってのに。
「まあ、イクス押さえて」
ディンが俺の前に滑り込み、まあまあと、肩を押して遠ざける。
「イクス。交渉は僕に任せてくれないかな。君はあまりこういった事に向いていないからね」
何か言い返してやろうと思ったが、ディンの言っていることは概ね正しい。
女を言いくるめるような話術に、ディンが優れていることは確かだ。今ここに詰めている用務員は男だが、俺よりはディンの方が口八丁で言いくるめられるだろう。
「ひどいよ、イクス。僕はいつだって誠実な心で女性に接しているよ。それに、今回の件は言いくるめるとかじゃあなくて、正当に、僕たちの権利を守るために行うものだからね」
まあ、見ていてよ、と交渉に赴くこと10分ほどで、ディンは用務員室へと入り込み、何事もなかったかのように出てきた。
「収穫は?」
色々と言いてえことはあったが、それを議論している時間は惜しい。
流石に今から追いかけたんじゃあ、追いつけるはずもねえことは分かっているんだが、こういう時はどうも気が急くものだ。
ディンは小さく頷いて。
「うん。彼女たちの学校は分かったよ。イノード高等学校ってところで、結構大きい市街ある学校だよ。フィルミナ中学よりは近いかな。近隣にはテニスコートや、サッカーや野球のグラウンドなんかもある、大きな川の流れている公園があって、前に女の子と――」
「いや、そっから先はいい。とにかく、その場所をお前は知ってんだな?」
ディンのデートの報告なんかを聞く気はなかった。
重要なのは、クレデールの靴を切り裂いた奴らの居場所だ。
「うん。多分ね。彼女たちも、知り合って間もない僕たちがわざわざクレデールさんのために行動を起こすとは思っていないはずだから」
「事を起こすなら急げってことだな。よし、行くぞ、ディン」
早くしねえと、寮の夕食を作るのが遅れるからな。
それに、あの3人の相手をリオンだけに任せるのも忍びねえ。
「きみならそう言うと思ったよ」
ディンは眩しいものを見るような顔を向けてくる
「別にクレデールのことだから気にしてるわけじゃねえよ。ただ、中途半端に関わったばっかりに、知り合いに危害が及んだかもしれねえと思うとな」
確証はねえが、おそらく、犯人のあいつらがここを突き止めちまったのは、不用意に俺たちがクレデールのことに首を突っ込んだ結果であり、あの時、名前を出しちまったせいなのだろう。
だったら、その落とし前は俺たちがつけるのが筋だと思っただけだ。
「クレデールさんのことが心配なら、そう素直に言えばいいのに」
「だから、そんなことはひと言も言ってねえだろうが」
その、分かってるから、みてえな顔をやめろ。むかつく。
「はいはい」
こいつ、本当に分かってんだろうな?
「ディン。イクス先輩」
校門を出たあたりで、走ってきたリオンとそれからクレデールに追いつかれる。
まあ、俺たちはバスを待たなきゃならねえし、ディンの運動神経は、お世辞にもあるとは言えねえからな。
「何しに来た」
分かっちゃいるが。
多分、女子供には見せたくないような場面になるかもしれねえぞ。俺にはその方法しか分からねえからな。ディンが来たのも、少しでも抑止できればと思ってのことだろうが、少なくとも体力的にはこいつは俺には敵わねえ。
「分かりきったことを聞きますね、先輩は。私の問題なのですから、私が行くのは当然です。それに、先輩が寮に戻って来なければどのみち、私達の夕ご飯がありませんから」
もちろん、自作して良いというのであれば、させていただきますが、とクレデールは恐ろしいことをこともなげに言い放つ。
クレデールが夕食を自作だと?
リオンだって料理はできるだろうがと言おうとしたが、そのリオンもついて来ていた。まあ、ディンがいるんだから当然か。
「……お前、靴は?」
「運動靴です。体育で使うやつですね」
バスが到着する。
これを逃すと、おそらくは追いつくのが困難になるだろう。
「言っとくが、相手は靴を切り裂ける刃物を持ってんだぞ。お前らは俺の後ろに引っ込んで、前に出てくるんじゃねえぞ」
クレデールの分かりましたという返事には、不安しか覚えなかったが、当事者だし、事の成り行きを確認したいという気持ちは分からないでもねえ。
一応、セリウス先輩とエリアス先輩には、行き先と、心配いらねえとだけメッセージを送っておく。
「ですが、その彼女たちも、学校の方へは戻らないのではありませんか? そのまま家に帰るという方があり得そうですが」
たしかにそうだ。
俺たちにある情報は、さっき監視カメラで確認した映像の証拠のみ。似ている奴なんざごまんといるし、制服も手に入れようと思って手に入れられない物じゃねえと言い張られるかもしれねえ。
「大丈夫。彼女たちだって、途中で着替えるわけにはいかなかったはずだし、その時間帯にうちの制服を着ている学生と思しき人物が駅に駆け込んだなら、駅員さんの記憶には残っているはずだよ」
しかし、ディンは自信がある風でもなく、ただそう言い切った。




