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ディンの相談 9

 ◇ ◇ ◇



 すでに3人知ってしまっている人間がいる中で意味はないかもしれねえが、エリアス先輩とセリウス先輩には席を外してもらった。

 俺たちの話そうとしている内容を知っていたのか、それとも感じ取っていたのかは分からねえが、先輩たちはいつもと変わらない少しふざけているような調子で見送ってくれたので、夕食の片付けを済ませた後、俺とディン、それからリオンの事情を知っている3人で、クレデールの部屋を訪ねた。


「どうぞ。少し散らかっていますが、気にしないでください」


 それは定番の案内文句だと思っていた。

 しかし、後輩とはいえ、女子の部屋に入ることに、俺は少し、柄にもなく躊躇いがあったのだが。


「どうかしましたか、先輩」


 入口のところで固まった俺たちに向かって、クレデールが小首を傾げる。

 

「……お前、よくこれで俺たちを部屋に入れようと思ったな」


 室内を見たリオンは絶句し、さすがのディンも笑顔のまま固まっている。

 食器はシンクに溜まり、クローゼットははみ出した衣類で閉まっておらず、取り込んだ洗濯物の入った籠もそのまま詰め込まれた状態で放置されている。それ以外にも床に脱ぎ捨てられたらしい制服やらパジャマやらが放り出されている状況だ。

 立ち尽くしたままの俺たちを見て、何を思ったのか。


「ああ、すみません。今、お茶をお入れしますね」

 

 クレデールはシンクの下の扉を開き、ティーパックを4つ箱から取り出すと、カップがありませんね、などと呟く。


「……カップはそこのシンクに入ってんじゃねえのか?」


「そうでしたね」


 ありがとうございます、などとお礼を言いつつ、蛇口をひねってお湯を出したクレデールは、そのまま素手で丁寧にカップを洗うと、コンロの上に置かれたままだったやかんの中を確かめて、そのままガスのコックをひねった。

 あまりの光景に、水は新しくしろよとか、そんな疑問すら挟ませない。

 

「どうぞ座って待っていてください」


 クレデールは全く疑問を持っていない様子で、カップにティーパックを入れている。

 座るったって、どこに座ればいいんだよ。

 ようやくフリーズ状態から再起動した様子のリオンガ、膝立ちの四つん這いで進んでパジャマをどかすと、下から見えたのは床ではなく、白い布地の――


「クレデール」


「何ですか?」


 いつの間にやら音を鳴らし始めていたやかんから顔を上げたクレデールがこちらを振り向く。


「……30分、いや、10分でいいから時間をくれ。そして、この部屋を片付けさせてくれ」


「えっ?」


 驚いたような顔をしたクレデールは、俺からリオンへと視線を移し、リオンが持っている白い布切れを見て、頬を赤く染め、自分のパーカーの襟元をぎゅっと引き絞るようにしてから、目を細める。


「先輩。女性の部屋を漁りたいなんて……やはり、警察に連絡するべきでしょうか」


 思春期の女子としては正しい行動だと思うし、思春期の男子に対する反応としては正しいのかもしれねえが、今はそれどころじゃねえ。

 たしかにこいつは学院で噂になるのも分かる美少女だが、はっきり言って、そんなことを気にしていられる状況ではなかった。


「いや。今のお前には全く色気を感じていないから安心しろ。俺が言ってんのは、こんな部屋の状況じゃあ、おちおち真面目な話ができねえってことだよ」


「何を言っているんですか、先輩。ちゃんと整理されているじゃないですか?」


 整理の意味を間違えてんじゃねえのかととれるような言い草だが、クレデールはベッドの上辺りから(というのも、色んなものが散乱していて、そこに本当に俺たちの部屋と同じようにベッドがあるのか確信が持てなかったからだ)制服のブレザーとワイシャツ、スカートを引き抜いた。

 いずれも違わず、しわしわのよれよれになっている。


「このように、どこに何があるのかすぐに分かりますし、全てが手に届く範囲にある、まさに理想の配置です」


 いや、お前は入学して数週間ですでにしわの入った制服を着て学院に行くつもりだったのかよ。

 エリアス先輩の部屋もひどいが、そんな比じゃねえ。


「やっぱ、この部屋じゃだめだ。俺の部屋にすんぞ」


 先に俺の部屋に向かい、くれぐれも大人しく待っているようにとディンとクレデールに言い聞かせ、リオンには監視を頼み、俺は管理人室へ向かった。


「たしかあったはずだよな……」


 管理人室の棚からアイロンとアイロン台、霧吹きを持って自分の部屋へと戻る。

 使い方は初等部のころの家庭科の授業で習っている。


「どうしたんですか、先輩。それは」


「見ての通り、アイロンだよ」


 クレデールの部屋から引き抜いてきた制服のワイシャツを、とりあえず裏だけアイロンがけする。

 本当は全部の服をやりたいところだが、それをしている時間はねえ。

 明日は学院だし、するべき話ができなくなる。

 続けてスカートとネクタイのアイロンがけを終わらせて、ハンガーに止める。

 まさか俺の部屋のクローゼットに一緒にしまうわけにはいかないので、とりあえず、冷蔵庫でいいだろうと、上に引っ掛ける。

 

「おおー」


 何やら感心したような様子で3人が拍手しているが、知ったことじゃねえ。


「他の片付けもしたいところだが、今日はそれどころじゃねえ。さっきも謝ったが、今一度、頭を下げておく」


 俺とリオンが畏まって頭を下げると、ディンも慌てたようそれに倣った。


「勝手にお前の過去を調べるような真似をして済まなかった。だが、同じ寮生として、何か力になれることはないかと思った結果だ。後悔はしていないが、処分は如何様にも受けるつもりだ」


 頭を下げる俺たち3人を前にして、クレデールは何のことだかを悟ったらしい。


「顔を上げてください、先輩方。私の中ではとっくに済んだことです。今更どうということはありません」


 クレデールの口調は落ち着いていた。

 俺たちは顔を上げたが、クレデールの表情に暗いところは見つけられなかった。


「それでも、だ。誰にだって触れられたくないことはあるものだろう。少なくとも、事実を知って俺はそう感じた」


「クレデールさん。イクスが悪いんじゃないんだ。気になっていたのは僕の方で、イクスを無理やり引っ張っていったんだ」


 顔を見ないのは卑怯かもしれねえと思ったが、俺には顔を上げることはできなかった。

 本人は気にしていないと言っているが、それなら、転校してくる必要はなかったはずだ。

 両親の仕事の都合というが、本当は、クレデールのために、後から両親が都合を作ったんじゃねえのか?


「本当に気にされる必要はないのです。あのくらい、おそらく普通の女子生徒であれば経験したことのある出来事でしょうし、それに耐えることのできなかった私が未熟だっただけです」


 ディンが視線を一瞬だけ、リオンの方へ向ける。リオンはそれに反応することはなかったが、ディンも女子にはモテる奴だ。もしかしたら、俺が知り合っていなかった中等部時代、あるいはそれ以前に、同じようなことがあったのかもしれねえ。

 転校を決めたのはクレデールではなく、クレデールの両親であるらしかった。

 クレデールの語った内容は、あるいは語らせてしまった内容は、ほとんど俺たちがアレクトリから聞いていた内容と同じだった。

 無論、当事者だけあって詳しくはあったが。

 それから、帰りがけのことも話した。あの視線の話だ。

 怖がらせるだけかもしれねえとは思ったが、知らねえよりはマシだろう。


「そちらも大丈夫でしょう。いくら何でも、個人情報を学院側が勝手に漏洩させることもないでしょうし、わざわざこんなに離れたところにまで追いかけてくるような根性のある方はいませんよ」


 ご心配をおかけしましたと、最後までクレデールは俺たちのことを責めることはなかった。

 俺にはそれが逆に気になっていた。


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