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ディンの相談 8

 当然、階段にも水滴は落ちていたので、俺はぞうきんを片手に、水拭きとから拭きを繰り返しながら先頭を上る。

 ひと通り拭き終えてから階下にいるディンとリオンに声をかけ、一緒にバルコニーへ向かう。

 とはいえ、2階も水浸しであることには変わらず、掃除用具を再び運んできたりして、時間はかかったのだが。

 2階にいるであろう3人には、何故放置していたのかと問いただしたくもあるが、むしろ余計に被害を拡大させるだけだったような気もしないでもないので、このままでも良かったのかもしれねえ。

 裏返しだったり、袖が完全に伸ばされきっていなかったりのまま、一応干してあるという体をしている洗濯物を潜り抜けると、俺たち以外の寮の住人3人は、のんびりと本なんかを読んでいた。


「よう、帰ったか」


 片手に持った文庫本から顔を上げ、夜だというのにかけた度の入っていない色付き眼鏡を上へとずらすセリウス先輩は、特に緊張感もない様子で、むしろリラックスしている様子だった。

 1階の住人であるセリウス先輩が、すでに暗くなりつつある中でわざわざ文庫本を片手にここに避難しているということは、寮の惨状を知っているということに他ならず、それはだいぶ前から発生していたということになる。

 

「とりあえず、説明してくれるんだろうな、先輩」


 挨拶は抜きにして本題から切り出す。

 

「ああ、それは本人からな」


 セリウス先輩がちらりと背後に視線を向けると、クレデールがすました顔で椅子に座っていた。 

 緩やかに吹く風に、銀の髪がはらりと揺れている。

 その隣には楽しそうな顔のエリアス先輩も、同じように椅子に座って机に両肘を立てて、整った顎を乗せている。

 どちらが原因なのか、あるいは両方なのか、確認しなければ先へは進めねえ。


「先輩、それからクレデール。怒ったりはしねえから、何が原因でああなったのか、正確に、事実を教えてくれねえか?」


 犯人探しをして、糾弾しようってわけじゃねえ。

 もちろん、言いたいことはあるが、誰にだって間違いはあるし、失敗することだってある。

 重要なのは、あれを繰り返さねえことだ。


「洗濯と、お風呂の掃除、それから料理です」


 ワイシャツの上からピンクのパーカーを着たクレデールは、それが何か、とでも言いたそうな、平静な口調だった。


「それから?」


「それだけです」


 エリアス先輩も、セリウス先輩も、何も言わないってことは、その時ここにいなかったからか?

 いや、セリウス先輩の部屋は1階だし、それならのんきに本なんて持ってくる余裕はなかったはずだ……絶対とは言い切れねえが。 


「いや、そんなわけねえだろ。一体、何をやったら、洗濯と風呂掃除と料理だけで、フロア一面が水浸しになるような惨事が起こるんだよ」


「私も不思議に思っています」


 どうしてでしょう、と首をかしげるクレデール。

 

「ですが、事実ですから、受け止めてください、先輩」


「そうだな……って、違えよ。なんで俺が悪いみたいになってんだよ。あ、いや、誰を糾弾するってつもりじゃねえが」


 今の会話で大体わかった。

 犯人……と言いたくはねえが、この惨事を引き起こしたのはクレデールだ。

 

「……お前が洗濯と風呂掃除と料理をしただけだってのは分かった。嘘をついてる風でもねえしな。それはいいから、最初から、ああなった経緯を教えてくれ」


「経緯と言われましても……」


 クレデールは少し困ったような顔をする。

 困っているのはこっちだけどな。


「まず、朝……いえ、もうお昼だったでしょうか。起きてから、お腹が鳴ったので、階段を下りてホールへ向かいました。学院はお休みですし、皆さん、さすがにもう起きていらっしゃるでしょうから」


 丁度、エリアス先輩もホールに降りてきていて、そこで鉢合わせになったらしい。

 

「それから、先にいらしていたセリウス先輩とも一緒に朝食をいただいたんです。ええ、先輩が作り置きしてくださっていたものです」


 まあ、それもいいだろう。

 だが、それじゃあ、水浸しにはならねえはずだ。

 問題なのは、さっき言っていた、洗濯と風呂掃除、そして昼食のことだろう。

 今日は休日だから、昨日の洗濯物は今朝やろうと思っていた。普段は時間がないから夜にやっているんだが、学校が休みならば、しかも晴れている日は、日中干していた方が良いに決まっているからな。


「悪いな。時間的に間に合うかと思ったんだが、その暇がなくてな」


 今朝、俺は洗濯物を干す、いや、正確には、洗濯機を動かしてすらいなかった。 

 忘れていたってのもあるが、場所が場所だけに、戻ってくる時間、要するに夕飯の時間を考えると、結構ギリギリなスケジュールだった。


「いえ、それはいいんです。役割は分担するべき事ですから」


 クレデールはクールに言ってのけた。

 まあそれはいいだろう。聴きたいのはその先だ。


「……それで?」


「それで、とは一体何ですか?」


 しかし、クレデールはもう語りつくしましたとばかりに首をかしげている。


「いや、待て。ランドリーは外にあるし、風呂場は隔離されてんだぞ。たかが掃除をしようとしただけで、あんなことになるはずねえだろうが」


 まさか、部屋の中で水遊びをしていたわけでもねえだろうし、万が一、掃除をしようなどと思い立ったのだとしても、水を廊下に撒く理由にはならねえ。それに、掃除ってんなら、まずこの3人は――セリウス先輩は除いてもかまわねえが――自室から始めるべきだろう。


「ですが、事実ですし……」


 思い当たるフシはないらしい。

 まあ、原因が分かっているんなら、あそこまでの失敗はしねえだろうしな。

 それに、たしかに一面に水を撒くという掃除の方法も、ないわけじゃねえ。 

 長期休暇にバイトで出かけた先でも、床を水に浸し、洗剤を撒いてから、ポリッシャーをかけるという掃除をするところもあったしな。

 まあ、この寮にはそんなもの置いていないわけだが。


「それから、火災報知器が――」


「なんだって?」

 

 急に出てきた単語に、思わず語気が荒くなる。

 なんで、掃除に火災報知器が関係してんだよ。


「先輩は朝食を準備しておいてくれましたが、昼食はありませんでしたよね?」


「ああ」


 自分で準備しようと思ったとさっき言っていたな。


「それで、自分で準備しようとしたのですが、何故かフライパンから火が上がったり、色々あって、こうなりました」


 色々の部分に省略し過ぎだろ。

 説明下手かよ。

 それとも、自分では何が起こったのか理解してねえのか。

 おそらくは後者なんだろうが、俺たちにはもっとわからねえ。


「火災報知器が鳴っていたから、それじゃないかしら?」


 エリアス先輩は変わらない、危機感のないというか、穏やかな口調で付け加えた。

 この水浸しは、風呂掃除だけではなく、スプリンクラーの影響ってことか。

 もう、なんか、考えるのも面倒だな。

 しかし、以前、あれほどキッチンには立たないでくれと念押ししたってのに。

 勝手に調べたりして、謝ろうと思っていたのに、何だか素直に謝る気になれねえな。もちろん、悪かったとは思っているが。

 明日、学校から帰ってからでいいか。


「とりあえず、片づけは済んでるから、夕食は何もせず、ただ座って待っていてくれるか。俺が準備するから。それから――」


「何ですか?」


 再び首をかしげるクレデール。

 俺の中でもまだちゃんと飲み込めてねえから、言うかどうか迷ったが、やはりはっきりさせておくのが筋ってもんだろう。


「クレデール。聞きたいことがあるから、先に謝っとく」


「はあ」


 クレデールはぴんと来ていない様子で曖昧に頷いた。

 まあ、これだけでわかるはずもねえが、今、この場ですべてを説明することはできねえからな。





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