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ディンの相談 5

 私も直接現場を見たことがあるわけじゃないんだけど、と前置きしてから、アレクトリが語った内容は、概ねこういうことだった。

 この学校においてクレデールは、男子はもちろん、一部女子にも人気があったらしい。

 それは分かりそうなものだ。

 寮での暮らしっぷりを見ていなければ、学院の授業と成績、それから見てくれだけで判断すれば、あいつは模範的な優等生だからな。

 成績優秀、運動神経抜群、容姿端麗と、学生生活において、多くの同級生、あるいは知り合いが注目するであろう点において、クレデールはほとんど非の打ちどころのない、完璧超人みたいなやつだ。

 天が二物どころか、3つも4つも与えたような。

 その分、別のところでバランスをとっているのだが、それは、この中学校という箱庭の中では知り得ない情報だっただろう。まあ、あの惨状を目にすれば、百年の恋も冷めそうだが。少なくとも、クレデールに対する、ある種崇拝のような感情はなくなるだろう。

 そういうところが愛しいと思うような、奇特な奴のことは知らん。


「まあ、人間なんて、他人の見たいところしか見ねえもんだからな」


 ディンとリオンが、俺のことを同情するような――もちろんそんなつもりじゃないことは分かっているが――顔で振り返る。

 俺がこんな顔なのは生まれつきだし、俺自身、それ以外にも反省すべきところがあると分かっているから、別に今更なんとも思ってねえよ、と肩を竦めてみせる。上手くいったかどうかは知らねえが。

 アレクトリの話は続く。


「そ、それで、その日も、多分、クレデール先輩にとっては、普通の……いつものことだったんだと思うの。告白されたから断っただけだっていう」


 ただ、その相手というのが、少し問題のある奴らだったらしい。

 アレクトリはちらりとディンの方を見て、


「ディンは、そんなんじゃないと思うけど、その日、クレデール先輩に告白した男子の先輩は、その、女の子に人気のある先輩だったの」


 だからどうしたんだと思ったが、アレクトリは言葉を濁し、その先を語ろうとはしなかった。

 しかし、理解できていないのは俺だけだったようで、ディンとリオンは得心がいったように頷いていた。


「なるほどね」


「なるほどね、じゃねえよ、ディン。お前らだけで納得してねえで、俺にもわかるように説明しろ」


 お前が俺を引っ張ってきたんだろうが、とは言わないが、来ることにしたのは俺の意思だし、しかし、ここまで来て俺だけ知らずに帰るなんて、それこそ徒労もいいところだ。

 まあ、分かっていない俺の方がこの場では少数派なわけで、俺が分かっていないのが悪いと言われても仕方のない状況ではあるのだが。

 ディンは存外に穏やかな顔をしていて。


「イクス。だから僕は君に女心をもうちょっと勉強した方が良いと、常々言っているのに」


 いいかい、と子供に言い聞かせるように、ディンは人差し指を立てる。


「要するに嫉妬だよ。多分、そのクレデールさんに目を付けた女の子たちというのは、クレデールさんに告白した先輩のことを好きだったんじゃないかな」


 そこでディンははっとしたような表情を浮かべ。


「ねえ、リオン。僕が僕でいる理由も、これで少しは分かったんじゃないかな?」


「いいから続けて。今は、ディンの言い訳を作る場じゃないんだから。他人をだしに使わないで」


 リオンに切り捨てられたディンが、よよよ、とわざとらしく泣いていると、椅子から立ちあがったアレクトリがディンの金髪に自分の手を乗せる。


「ディン、大丈夫?」


「アレクトリっ! いいや、もしかしたら僕は駄目かもしれない」


 芝居がかったディンに、俺とリオンの視線の温度は下がる一方だったが、おそらくアレクトリは気付いておらず、ディンは気付いていても止めるつもりはないらしかった。

 やっぱ、こいつ、極悪人の詐欺師だろ。


「そうなの……? 私にできる事があったら、何でも言って。私もディンの力になりたいから」


 ディンは感動したように体を震わせた後。


「それなら今夜ひと晩、僕と一緒に――」


「おい、ディン。脱線してるし、その辺で止めとかねえと、出るとこに突き出すぞ」


 このままだと、明日にはハネムーンだとか、冗談ではなく言い出しそうな雰囲気だったので、それに、リオンの方も大変なことになっていたから、俺はディンの首根っこを掴んで止めさせた。

 まあ、すでに遅かったんだが。


「いやだなあ、イクス。いくら僕だって、後3年、いや、5年くらいは待つつもりだから」


「そういう問題じゃねえんだよ。ナンパの続きは俺のいない所でやってくれ。お前たちの痴話喧嘩に巻き込まれる気はねえ」


 ガタン、と音を立てて、リオンが椅子から立ち上がる。

 ほら見ろ。面倒くさいことになったじゃねえか。


「お花を摘みに行ってきます」


 怒っていることを隠そうともしない様子で教室を出ていくリオン。

 婚約者の前でそんな話をしていれば、無理もない。

 いつだってそうだが、今回の件、ディンに弁解の余地はねえ。

 とはいえ、いつまでも同じ寮内で悪いムードでいられるのも、こっちの気が休まらねえ。

 どうしたもんかと悩む俺の隣で、


「今日はありがとう、アレクトリ。この埋め合わせは今度するから。何がしたいか考えておいて」


「何でもいいの?」


「もちろん。君の望むままに」


 ディンはちゃっかりアレクトリと次のデートの打ち合わせをしていたので、後で頭を叩いてやろうと決めた。

 この場では嬉しそうに顔を輝かせているアレクトリに免じて黙っていてやるが。



 程なくリオンも戻って来て、説明も終えられた後、帰るために校門へ向かう。

 

「今度の約束とは別に、今日の感謝を示させてもらえるかな。ケーキでもご馳走するよ」


 ディンがアレクトリに微笑みかけると、アレクトリは瞳をぱちくりとさせた。


「いいの?」


 だったら、あのお店がいい、と楽しそうにディンに笑顔を向けるアレクトリに、危機感が足りないんじゃねえかと危うさを覚える。 

 最近の学校じゃあ、そういった、誘拐とか何とかの手口だったりは教えねえのか? たしか、防犯講習だとかいったか?

 相手が知り合いだからと、一応、言えないこともないが。

 その様子を、リオンはため息をつきながら、俺の隣に並んで歩いて、後ろから眺めていた。


「いいのか?」


「ええ、もちろん。私は大人ですから、ディンがどなたとお友達でも気にしません」


 そう言いながら表情は死んでるけどな。

 どうやらアレクトリは駅の近くに住んでいるらしく、俺たちと一緒にバスに乗って最寄りの駅まで出てきた。

 そこで別れようとしたのだが。


「今日はありがとう、アレクトリ。おかげでクレデールさんの――」


「ディン、ダメっ!」


 バスを降りたところで、お礼を言いかけたディンの口を、焦った様子でアレクトリが塞ぐ。

 俺は視線を感じて振り返った。 

 いつも俺に因縁をつけてくる奴らに似た視線だ。

 

「待って、イクス。まだ手を出すのは早いよ」


「俺は何にも言ってねえよ」


 絡んでこない奴らにまで一々反応していたらキリがねえからな。


「アレクトリ?」


 ディンが尋ねると、アレクトリは小さく頷いていた。


「大丈夫。多分、イクスがカモフラージュになってアレクトリのことまでは気が付いていないから。でも、もし何かあったら、すぐに僕に連絡して。アレクトリのためなら、どこにいたってすぐに駆け付けるから」


「私は、大丈夫。ディンこそ、気を付けてね」


 そう言って微笑んだアレクトリと別れて、俺たちは駅へ入った。


「イクス。何かあったら――」


「ああ、分かってる」


 帰りの道中、ディンとリオンはずっと不安そうな表情を浮かべていた。



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