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プロローグ 2

 中心街まではとても徒歩圏内とは言えないが、学院及び寮から駅までならば、歩けない距離じゃない。一般的な高等科男子生徒で10分くらいだろう。

 普通に歩けば。

 途中、脇道や横道はあれど、基本的には一本道。はっきり言って、迷う方が難しい。

 

「お前、駅から迷うってことは、編入生ってことで良いんだよな? 初等科から通ってんなら迷うはずねえし」


 そして、編入するにしろなんにしろ、入学試験は受けているはずだ。

 それなら、こんな簡単な道のり、覚えていそうなもんだが。


「……ええ、まあ。ですが、以前ここへ来た時は母も一緒でしたし、色々とあって、周りを気にしている余裕がなかったものですから」


 入試やら、手続きやらは、母親と一緒に済ませたってことか。

 周りを気にする余裕がないほどの事情とやらには、深く突っ込まない方が無難だろうな。誰しも、知られたくない事のひとつやふたつはあるものだ。


「今日は制服や鞄を受け取るために、入学式より一足先に来ることにしたんです。残念ながら母と父は仕事があるので来られませんでしたが」


 そいつは本当に残念だったなあ。

 こいつの両親も、さぞ、不安だったことだろう。


「何か?」


「いーや。何でもねえよ」


 クレデールは妙に鋭く、ジトっとした目を向けてきていた。

 

「……制服なんかは家に送って貰えば良かったんじゃねえか?」


 誤魔化し通そうかとも思ったが、何となく後味悪く思われる気がしたので、少し気になっていたことを口にした。

 受け取りに来たというくせに、それらを入れるような大きな鞄も持っていないし、送ってもらうつもりなら、そもそも購入した日に手続きをしてしまえばいいことだ。


「……家は、最近引っ越してきたばかりなので、まだ片付けが済んでいなくて。それに、こちらで受け取った方が都合がいいですし」


 そうかあ?

 全教科分の教科書、夏、冬用の制服、運動着、ジャージ、水泳の授業用の水着、指定鞄、それらを持って帰る苦労を考えると、こいつの自宅がどこにあるのか知らないが、どう考えても送ってもらった方が楽だと思うんだがなあ。


「御存知かと思いますが、この学院、校舎から程近くに学生寮がありますよね? そこへお世話になる予定なんです」


「は? 何だって?」


 聞き間違いかと耳を疑った。

 言っちゃ悪いが、この学院の寮は、改修は行われているようだが、築50年以上と古く、板張りの廊下はぎしぎし鳴り、その上、グラウンドが近くうるさい、各部屋に冷暖房のエアコンはなく、トイレ、風呂、ランドリーは共同(ただし風呂とトイレの男女は分かれている)で、コンロはふたつあるが、飯は自炊、あとは備え付けのベッドと小さいクローゼット、学習机、冷凍冷蔵庫があるとはいえ、むしろそれしかない、学生には不人気の場所だ。

 今だって、常在している人のいない管理人室を含めて、1フロアに6部屋、合わせて12部屋しかない(ただし、1階には食事に集まったりできるホールが、2階にはバルコニーがある)にもかかわらず、そのうちの4部屋しか埋まっていないという過疎っぷりだ。

 ディンが利用していてすらそれなのだから、人気のほどがうかがえるというものだ。

 入寮の申請は高等科の入学式前に行われるし、初等科、中等科の生徒には利用不可ということもあり、それまでの9年間に通学には慣れてしまったという学生が大半なのだろうが。

 

「お前、あの寮がどういうところか分かってんのか?」


「はい。ですが、父や母は普段、仕事で家にはいないので、私ひとりに任せるくらいなら、誰かの目があるところの方が良いだろうと」


 全く失礼しちゃいますよね、とため息をついて見せるクレデール。

 しかし、俺は今言われたことを処理するのに一杯一杯で、とても詳しく聞けるような状態じゃなかった。

 たしかに、年頃の娘を普段誰もいない家にひとりきりにさせるのには抵抗もあることだろう。

 しかし、今のこいつの言い方は、そんな感じではなかった。

 いや、おそらくは杞憂だろう。

 普段、あいつらを身近に見ているせいで、先入観が強すぎるのかもしれない。そうに違いない。最初から人を疑ってかかるのは良くない。


「ところで、先輩こそどうしてここに? 今は春休みなんですよね?」


 まあ、それは当然出てくる疑問だろう。

 だが、今の流れで言い出すのは……とはいえ、隠していても仕方ない。どうせ、すぐに分かってしまうことだからな。


「寮は1年の契約だからな。家にいるより、こっちにいた方が安上がりなんだよ」


 俺の分の光熱費とか。

 そう答えると、クレデールは納得した顔で頷き。


「なるほど。先輩も、その問題の寮生というわけなんですね」


 うっ。

 たしかにそれはその通りなんだが。


「……俺は、あの寮の良心なんだよ」


 自分で言うのもなんだが。

 俺の入る去年より前がどうだったのかは知らないが、あんな寮を選ぶのは、たしかにどこか変な奴なのかもしれない。むしろ、変な奴が集まってくるのか。

 さっきの点に加え、遊びたい盛りの学生にとっては大きな問題ともいえるのが、街で遊ぼうと思ったなら、毎回、片道1時間以上はかける必要があるということだ。

 交通費だって、学割の使える定期外ならば安くはないし、金のある奴か、物好きな奴くらい、というのが、あの寮に暮らしてみての感想だ。

 部活動をやっている奴らですら、もう少し街の方に近い場所に下宿する。


「自分で言いますか、それ」


 クレデールが呆れた顔で言う。

 全くその通りなので、反論はできないが、こいつもあの惨状を目の当たりにすれば、俺の言っていたことが事実だと理解するだろう。


「ねえ、彼女ー。何してるのー?」


 以降、迷ったりしないよう、案内しながら歩いていると、チャラそうな3人組の男が声をかけてきた。

 もちろん、俺にではなく、クレデールに。

 

「ここ通るってことは、あれっしょ、シュレール学院の生徒っしょ」


「よかったら、サ店でお茶でもおごるよ? 何が好き?」


「今、春休みなんでしょ? だったら、俺らと街まで繰り出さない?」


 こんな郊外に来てまでナンパとはな。

 こいつらも見たところ年齢的には俺たちと変わらないように見えるが、果たして。

 しかも、自分たちが春休みということは、シュレールの学生だって春休みだということにも気が付いていないらしい。普通、帰省していて、ここにはいないだろ。加えて、こんな時間帯だ。

 その時、俺のポケットでスマホが震える。

 

『イクス。まだ、帰りそうにないのかい? エリアス先輩が、お腹が空いたと言っているよ。それから、重大発表があるんだ』


 ディンからだ。

 どうやら、今日、帰省から戻ってきたらしい。

 だとすれば、材料はもう少し多めに買っといた方が良かったか? クレデールの分もあることだし。


「ん? 何だ、お前?」


「誰かいたのか。全然気が付かなか――」


 クレデールをナンパしていたやつらは俺の方へと顔を向けると。


「うっ!」


 一斉に声を詰まらせ、顔面を蒼白にした。


「あ、そういえば、俺今日は塾がある日だったわ」


「俺も俺も」

 

 そんなことを言いながら、そいつらは俺たちの前から速足で逃げるように過ぎ去っていってしまった。

 おおよそ塾などといっていられるような誘い方ではなかったと思うが、時間をとられずに済んで良かった。

 ディンが(おそらく)エリアス先輩を止めていてくれるとは思うが、下手したら悪乗りしかねない。早く帰れるに越したことはない。

 

「なるほど。先輩と一緒にいれば、ナンパ避けになるんですね」


 クレデールは、得心がいったというような顔で頷いている。

 これは便利だと思っていそうな反面、一体、過去にどんな悪いことを? とでも尋ねて来たそうな表情だ。


「いや、お前、簡単にあしらえそうな顔してたじゃねえか」


 俺は必要ないだろ、と言おうとしたが、クレデールは聞いている風ではなく。


「先輩、過去にどんな悪行を働いたんですか? 言われてみれば確かに、悪人顔にも見えます」


 こいつ。本当に思ってやがった。

 決して見返りを求めるわけじゃないが、仮にもここまで案内して貰っておいてそれかよ。


「冗談ですよ、先輩」


 数歩先へと進んで振り返りながら笑うクレデールに、今度こそ、俺はため息をついた。


「勘弁してくれ」




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