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ディンの相談 3

 ◇ ◇ ◇



 どうやって調べたのか、ディンはクレデールが中等科以前に通っていた学院を突き止めていた。

 方法を尋ねてみたところ誤魔化されたが、その前に一瞬だけリオンの方へ視線が泳いでいたことから、どうせまた親しくなった女の伝手なのだろう。 

 クレデールの以前通っていた学校へは、シュレール学院に最寄りの駅から、私鉄とバス、着いた別の駅から乗り換えて、最後にまたバスを乗り継いでようやくたどり着いた。

 正味3時間ほどかかり、最寄りのバス停にたどり着いた時には、すでに昼どきを回っていた。


「……本当にいいのか?」


 俺は店の中の行列に並びながら、一緒に並んでいるディンとリオンにもう一度確認をとる。


「何が『本当にいい』んだい?」


「ドレスコードでもあるのですか?」


 ディンとリオンは自分の格好を見下ろしている。

 しかし、十数年記録を守り続けているこいつらは、ある意味かなり貴重な存在で、初体験が俺なんかと一緒の時で良かったのかと、何に対してのものかわからないが、罪悪感を覚える。

 

「いや、お前らがちゃんとできるのかどうか、心配なんだよ」


 実際、聞けば丁寧にやり方を教えてくれる人がいるし、説明書きもあるのだが、浮世離れとまではいかないまでも、世間知らずのディンと、その婚約者であるリオンが、初めてであるということは紛れもない事実であり、こっちまで心配になってくる。


「そんなに心配なら見ていればいいよ、イクス」


「そうですね。別に見られていて減るものではありませんし」


 ふたりとも何でもない事のように言うが、どう考えても俺がいるのは邪魔だろう。

 そもそも、本来、そんなにたくさんの人数が一度に入ることができるようには設計されていないはずだし。


「いや。先に見ているのはそっちだ。俺がひとりでしてくるから、ちゃんと見てるんだぞ」


 店員に促されるままに画面を操作して、注文を確定させる。 

 ハンバーガーとコーヒーを1つづつ、自分の分だけ受け取り、支払いを済ませて振り返る。


「いいか。店員が運んできてくれるなんてことはねえ。自分でトレイに乗せられた商品を運んでくるんだぞ。頼めばナイフでもフォークでもつけて貰える」


 ディンもリオンも名門の子息息女だ。

 寮での暮らしを見ているに、リオンはまだしも、ディンの方は自分で料理を運んだことなどないはずだ。

 今日日、普通の学生なら大抵は知っていることでも、こいつらは今宇宙人みたいなもので、俺がしっかり教えておかなくては、店の利用客、あるいは店員に迷惑がかかる恐れがある。

 

「イクスは僕を見くびり過ぎだと思うよ。まあ、安心して見ていてよ」


 正直、気が気ではなかったが、ディンとリオンは、無事、注文を終えて俺のところまで戻ってきた。もちろん、自分の分の注文を置き忘れてくるなんてことはしない。

 注文した品はふたりとも俺と同じで、ハンバーガーがひとつとコーヒーだったが、ディンとリオンのトレイには、砂糖の紙袋とガムシロップ、それからミルクのカップがひとつづつ、追加で置かれていた。

 それを入れたら甘過ぎるし、甘い物が良いならジュースでも何でも、他にいくらでもあったと思うのだが。


「……そんな甘い物、よく飲めるな」


 甘い物が嫌いなわけじゃねえが、コーヒーに入れるのは違うと思う。 

 

「そう? 美味しいよ」


 ディンは平気な顔でミルクもシロップも、加えて砂糖も入れて、ストローでかき混ぜて、ごくりと喉を鳴らした。

 個人の趣向というか、味の好みにとやかく言うつもりはねえが、いくら何でも甘過ぎじゃねえのか? 

 しかし、俺の心配をよそに、ディンは普通にしている。

 リオンの方はといえば、紙に包まれたハンバーガーをじっと見つめていた。

 周りを見れば食べ方くらい分かりそうなもんだが、俺がいるのだから、俺が手本でも示すことができればそれでいい。

 包装を半分ほど剥がし、手に持ってから、そのままかぶりついて見せると、リオンは目を丸くさせた。


「皆さん、そんなものを日常的に食べているんですね」

 

「まあ、安いし、早いし、面倒がないからな」


 さすがに毎日食べるのは栄養とか健康の面でどうかと思うが。

 ちゃんと自分で作れば、もっと安く済ませることはできると思うが、時間は、場合によっては金よりも惜しまれるからな。

 それに、そもそも自分で作るのを面倒くさいと思う人間も、あるいは作れない人間も、少なからずいる。例えば今まさに俺の目の前にも。


「言えば、ナイフでもフォークでも貰えると思うが、そうするか?」


 一応、たしかアップルパイだったかを食べるとき用に、ナイフやフォークも取り扱いがあるはずだ。

 しかし、リオンは小さく首を横に振り。


「いいえ。これが作法だというのであれば、それに倣うまでです」


 リオンはハンバーガーにかぶりつこうとしたみたいだったが、大口を開けることに抵抗があるのか、手でちぎってから口に運んでいた。

 ディンの方は躊躇うことなくかぶりついていたが。

 

「それで、この後どうするのかは考えてあんのか?」


 生まれて初めてのハンバーガーに感動していたらしいディンの興奮が治まってから、これからの方策についての話を聞いた。

 ここまで来たのは、ディンとリオンの人生初ハンバーガーのためではない。

 それはそれで満足したらしい様子だが、解決するべき問題は他にある。

 ディンは自信ありげに、もちろん、と頷いた。


「学校は休みでも、部活はあると思うんだよね。とくに新入生が入ったばかりだろうし、馴染ませるという目的のためにも」


 確定的ではない口調ながらも、ディンはどこかの部は活動していると確信している様子だった。

 どうしてなのかは、あえて追及するまい。 

 ちらりとリオンの方を見ると、溜息をついていた。


「良いんです。ディンがそういう人だということは分かっていますから」

 

 そう言いつつ、手の中に握られたカップには波紋が立っている。握り潰されないのは、ここが公共の場だからか。


「じゃあ、行こうか。学校見学だっていう体でお邪魔させて貰えることになっているからさ」


 

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