クラス分けの光景
◇ ◇ ◇
学年が変わった登校日初日なんてのは、大抵やることは決まっている。
とりあえず、登校して最初にするのがクラスの確認だ。
俺たちの通うシュレール学院の高等科に在籍している生徒数はおよそ1000人ほど。中等科、初等科まで合わせると3000人を上回る。
つまり、高等科の1学年で約300人ほどが在籍していることになり、クラス替えのおこなわれるこの登校初日は、ちょっとした騒ぎになる。
クレデールやリオン、新入生は昨日の入学式の際にクラスも分けられているのだが、俺たち在校生は今日知ることになる。
俺たちは寮が学院から近いからこそ、登校時間は割とゆっくりしている。もちろん、エリアス先輩やセリウス先輩たちが起きてくるのを待っているからという理由もあるが。
「うわー、やっぱり混んでるねえ」
おそらくはクラス分けの用紙を貰いに群がっているのであろう学生服の集団を見ながら、ディンが感心したように感想を漏らす。
さながら、餌をもらうために群がる鯉みたいなもんだ。
どうせ全員に配られるものだというのに、どうしても早く知りたいとか、そういう風に考える奴らは一定数以上いる。
「でも、困ったわねえ」
エリアス先輩の言う通り、俺たちは完全に出遅れており、この人だかりがいなくなるのを待っていては、いつになるのか分からねえ。
どうせ今日は始業式だけなんだから、さっさと済ませちまいたいんだが。
「僕が何とかしましょうか?」
リオンのジトっとした視線を意にも介さず、人だかりの方をじっと見つめていたディンが爽やかな笑顔を浮かべる。
俺たちも、ディンの線の細い身体と、熱放球のような人だまりとを見比べる。
「お前に何とかできんのか?」
任せといてよ、と自信ありげな表情でディンが胸を叩くと、リオンの視線が一段と温度を失ったようにも見える。
「おはよう、オラーヴァさん」
「あっ、おはよう、ディンくん」
ディンは人だまりの外周にいた女子の肩を気軽な感じに叩き、挨拶をした。
こいつの知り合いか? そう思っていたのだが。
声をかけられた、明るい茶色のセミロングの髪をした女子生徒は、少し驚いた様子ながらも、嬉しそうな、恥ずかしそうな笑顔を浮かべ、照れたように前髪を直そうとしていた。
「えっ? ディンくんが来てるの?」
「あっちの方から声が聞こえたわ」
その場に群がっていた女子の塊が、ディンにひきつけられるようにごそっと移動する。
「ディンくん、久しぶり。会いたかったわ」
「私も。あっ、その、クッキーを焼いて来たの。久しぶりに会うから」
「あー、抜け駆けしようってこと? ディンくん、私のも受け取って」
誰が知り合いだとか、そういうレベルの話ではなかった。
全員お前の元カノ、いや、愛人? それとも恋人なのか? あるいは例のファンクラブか。
やいのやいの言いながら、ディンを取り巻くように形成された集団は、徐々に用紙を配る先生のいる入り口から離れてゆく。
「……何ですか、あれ」
ようやく前が空いたので、用紙を受け取り戻ってくると、リオンが驚いたように肩を震わせていた。
「何って、ディンのファンクラブだか、何だかの連中だろ」
そんなクラブが実在しているのかどうか、少なくとも正規の部活動としては認可されていないが、この学院の半数以上とも、8割以上とも言われる女子が在籍していると噂されている。
婚約者が目の前にいようと実行する胆力は大したもんだが、決して褒められる方法ではないのは確かだ。この場においては助かったことも事実だが。
「それはいいのですが、先輩。早くしないと、第二陣が形成されつつあるようですよ」
糞どうでもいいことの筆頭候補であるディンの非公認ファンクラブについてリオンに説明していると、クレデールが冷静な口調で割り込んできた。
「おい、誰だ、あの子。新入生か? それとも転校生?」
「リボンの色から考えて新入生だろ」
「滅茶苦茶綺麗な子だな」
「けど、なんでよりにもよって、あの、イクス・ヴィグラードと一緒にいるんだ?」
「おい、馬鹿、聞こえるぞ」
もう聞こえてんだよ。
俺が避けられるのはいつものことなので、気にせずクラスを確認する。
俺は2年2組。今年もディンと同じクラスだ。
どうせディンはあの女子の集団の誰かから聞いてるだろうから、ここで待っていて教えてやる必要はないだろう。
「先輩。やっぱり、有名人なんですね」
楽しんでいるんだか、馬鹿にしているんだか、くすりと笑うクレデール。
仕草や表情は可愛らしく、周囲から変な音でも聞こえてきそうだったが、俺はふざけんなと言いたい衝動をぐっと堪えた。
「安心しろよ。どうせお前の方がすぐに有名人になるから」
ディンに女子が群がるいつもの光景は、それでも人目を引く。
そんな中で、クレデールに対する感想が出たのは、決して俺の近くにいたから、というだけではないはずだ。
むしろ、避けられているはず(事実だが)の俺の話題が出たという事自体、こいつに注目が集まっていたことの証明だともいえる。
クレデールは、俺にだけ届く程度の小さな声で囁いた。
「そうなる前に、先輩を利用させて貰っても構いませんか?」
「は?」
俺が了承する前に、クレデールは俺の腕に自分の腕を絡めてきた。
周囲からざわめきが起こる。
一体、こいつはどういうつもりだ。
「先輩。帰りはどうせ寮で一緒ですから、待っていても構いませんか?」
「まさか、道が分からないんじゃねえだろうな?」
言ってしまえば、この校舎の2階以上からなら、寮は目視できる。
迷う理由がない。
しかし、クレデールはそれには答えず。
「じゃあ、お待ちしていますね。行きましょう、リオンさん」
リオンの手を引いて、1年の教室がある方へと進んでゆく。
いつのまにやら、セリウス先輩とエリアス先輩の姿も消えている。
残された俺に――ディンの方へも若干――その場にまだ残っている生徒の視線が集まるが、俺が見回すと、さっと視線を逸らされた。
「ちっ。クレデールの野郎」
分からずにやってんならまだ可愛げも少しはあるかもしれねえが、あいつは完全に分かっていてやっていやがるからな。
新学年になって早々、かなり面倒くさい状況に追い込まれた。
無視してくれている方が煩わしくなくて楽なんだが。
幸いなのは、ディンと違って質問攻めに囲まれたりはしないだろうという確信があるということだけか。
もっとも、男子の方は、どこからでもクレデールの噂を仕入れてくるだろうがな。そっちにはディンの力は期待できないだろう。変な噂でないことを祈るしかねえ。
ただ、同じ寮生というだけで、俺の方にやましい気持ちは全く無いのだが、噂ってのは、自分たちが望むように、大勢に求められるように、改変、改竄されてゆくものだからな。
それが悪いものならなおさらだ。
「ディン。任せたからな」
俺に任されるまでもなく、あいつはクレデールのことも、それからリオンのことも、無難に乗り切ろうとして、おおよそ成功するだろうが。
残りの噂や、興味を持った連中はクレデールが引き受けてくれるだろうと思うことにして、俺はひとりで教室へ向かった。




