入学式の日 3
するとディンが、
「それならふたりとも、明日は僕たちと一緒に登校するといいよ。僕にとっては悲しいことだけど、イクスと一緒に登校すると、女の子たちも声をかけてきてくれないからね」
なんて、失礼な説明をしやがる。
しかも、笑顔で俺に同意まで求めてくる。
「どうやら、イクスは寮で僕を使いっ走りにしているらしいと誤解を受けていてね。僕がいくら説明しても、女の子たちは分かってくれないんだ」
リオンの眉がぴくりと動く。
こいつはディンと似て、感情が表に出やすいらしく、分かりやすい。
「男子はどうなのよ?」
「男子の友達はイクスだけさ。何故か他の男子生徒には避けられていてね」
一緒だよね、と俺に笑顔を向けてくるが、断じて同じ理由ではない。
俺は、学院に親しい人間は、この寮の先輩を除けば、ディンしかいないが、教室や廊下での噂話くらいならばいくらでも耳にする。
そりゃあ、いつでもたくさんの女子生徒に囲まれている奴に、男子の友人はできにくいよなあ。
ひとり、ふたりと親しく話をしたりするくらいの間柄の奴なら、他にいくらでもいるだろうが、こいつ自身がどう思おうと、傍から見ればハーレムでも形成しているのかと思えるほどに、いつも周りを女子に囲まれているんだからな。
加えて、よく俺のところに来るというのも、ディンが避けられる一因だろう。
俺の意思が働いているわけじゃねえから、俺自身にはどうしようもないことだが、初等部、中等部時代に、絡まれる、殴る、倒す、を繰り返していた結果、恐ろしい奴だと避けられるようになってしまった。
しかも、この学校の奴にばかりじゃない。
高等部に入るまでは寮でも暮らしていなかったわけだから、街中に出ても、それこそ他校の奴らに絡まれることはしょっちゅうだった。いや、今でも街に出ればあまり変わらないが。
「なるほど。そういうことだったんですね」
クレデールが納得のいったという顔で頷く。
「どうかしたの?」
リオンは少し興味を惹かれたように、ディンは楽しそうな顔を隠そうともせず、嬉しそうに耳を傾けていやがる。
「先日、イクス先輩にこちらまでご一緒させていただいたのですが」
「初めてここに来た時だね」
ディンが相槌を入れ、クレデールが、ええ、と頷く。
「その際、通りすがりの男性に絡まれまして。それ自体はいつもの事で気にする事でもなかったのですが、その方達は先輩の顔を見るとすぐに逃げるようにいなくなってしまって。おかげで助かりましたが。あれは、学院の外にまで先輩の悪行が轟いているからだという私の解釈は正しかったわけですね」
「悪行ってなんだよ。俺は普通に対応しているだけで、お天道様に顔向けできねえことはしてねえよ」
クレデールは勝手なことを言って、ひとりで勝手に納得した様子でいる。
「では、その先輩の普通の対応とやらが間違っていたのではないですか? まあ、噂と外見だけで判断されたあの方々も、決して良いとは言えませんが、人間の防衛本能と言えば、その通りなのかもしれません」
クレデールが防衛本能と声に出したところで、ディンが小さく吹き出した。
「そうは言っても、黙って殴らせるわけにはいかねえだろうが」
俺だって、好き好んで喧嘩ばかりやっていたわけじゃねえ。
因縁をつけてきた相手に、ただ殴られる趣味はないので、殴り返す。
別の奴が絡んでくる。殴り飛ばす。
仲間を連れて、あるいは武器を持って復讐に来る。撃退する。
初等部、中等部の時に道場に通ったのも、鍛錬のためということもあったが、自分がやられないようにする、自己防衛の手段でもあった。
ただそれだけの話だ。
「でも、高等部に進学してからは、イクスもほとんど絡まれなくなったよね」
中等部まではよく怪我をして帰ったりして怒られたものだが、寮で暮らすようになって、怪我をする頻度も減った。
あまり学院の敷地の外に出なくなったことが、最も大きな原因であるように考えているが。
「どうやら、このシュレール学院の高等部1年にいる赤い髪の男子生徒はおっかない奴だと、噂が広まっていたらしくてね」
ディンの話す俺に関する噂を、俺はほとんど聞いたことがなかった。
例えば、絡んできたヤンキーの集団30人を1人で撃退したとか、武器を持った族に囲まれても平気で生還したとか、親がマフィアで家には帰らず、海外で暗躍しているのだとか色々。
まあ、わざわざ、本人の前でする話でないだろう。それくらいの良識というか、危機感は持っているらしい。その噂をする奴らも。
いや、俺は別にそんな話が聞こえてきたからといって、どうこうするつもりはさらさらないが。
「その噂、中等部の方にも流れてきていましたよ。おかげで、この学院の制服を着ているとあまり絡まれないと評判でした」
リオンが言うには、とにかく衝動が有り余っているから、何かにつけて発散する方法を見つけたがっているのだとか。
とんだ危険人物扱いだ。
赤い髪の悪魔とも呼ばれていたらしいから、人物ですらないのかもしれねえ。
「私はディンから話を聞いていたので、あまり驚かずに済みましたが」
たしかに。
リオンは、隣にディンとクレデールがいたとはいえ、初対面で俺に話しかけてきたという、かなり珍しい奴だった。
それはクレデールも同じか。
いや、クレデールには後に防犯ブザーを常駐されたが。
「どうして、クレデールさんはイクスと一緒に?」
ディンは面白がっているように、俺とクレデールを見比べる。
「どうしても学院に案内したいと言われて。新手のナンパかとも思いましたが、私も長距離を移動して来て疲れていましたから、つい」
「ついってなんだ。お前が道に迷っていたみたいだったからじゃねえか」
最初は自信ありそうに断ったくせに、それでも迷って戻ってきていたんだからな。俺じゃなくても気になるだろう。
俺がそう言うと、クレデールはわずかに顔を赤くした。
「あーあー、やっちまったな」
いつの間にやらホールに降りてきていたセリウス先輩が、仕方のない奴だと言いたそうな目でこっちを見ていた。
「何がだ、先輩」
「イクス。そういうことは、たとえ真実でも、黙っておくのが花ってものだよ」
ディンも何故だか、可哀そうなものでも見るように、俺の肩に手を置いてくる。
意味が分からねえ。
「クレデールさんは引っ越してきたばかりで、この街にも慣れていないだろうから、仕方のないことなんじゃないかな。誰にでも得手不得手はあるものだし、何もこんなに人のいる前で公表しなくたって良かったんじゃないかなって」
「ちゃんと謝っておくのよ。デリカシーのない男の子は嫌われるわよ」
続けて降りてきたエリアス先輩も、光沢のあるゆったりとしたシャツに、留め具をちゃんと止めていない膝丈ほどのジーパンを履いていて、欠伸なんかを漏らしている。
しかしまさか、エリアス先輩にデリカシーの何たるかを諭されることになるとは。
「あら、私だって外ではちゃんとしてるわよ。うちにいるときだけね、こんな風なのは」
安心してつい迷惑をかけてしまうのよ、というエリアス先輩に、少し感動しそうになるが。
「くつろぐのは良いんだが、せめてもう少し部屋を片付けようという努力の跡を見せてくれねえかな、先輩」
同じ寮とはいえ、他人の部屋なんだから多少は散らかってても、と言われるかもしれないし、実際、言われたこともあるが、俺の主観では、あれが少しというところには疑問を覚えるし、個人の部屋とはいえ、共同の屋根の下なのだからという思いもある。
「はーい」
お前もだぞ、という意図を込めてクレデールの方を見るが、クレデールは聞いているんだか、無視しているんだか、といった表情で静かにカップに口をつけていた。




