夏季休暇 31
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レンシアを送り届け、もしかしたらいるかもしれねえ追っ手を撒くために色々と遠回りをしてから、ディンのところの車でアパートに寄った後、着替えなんかの必要品をボストンバックに詰めたフォレッタが頼りない足取りで歩いてくる。
「荷物、それで全部か?」
そう尋ねると、こくりと頷く。
クレデールのバックの事を考えると随分小さかったが、年齢的な問題と、あとはそのまんまの意味で、持っている物が少ないんだろう。
車で送迎されている間も、フォレッタはずっと黙っていた。
俺は眠っているクレデールを起こし、自宅の前で車から降りた後、
「あー、うちは両親共働きでうちにいることは少ねえけど、遠慮することはねえから。多分、今は帰ってるけど、挨拶とか考えんのは、明日の朝でいいからな」
俺はここにいるからと意思を込めて、固く握られたままのフォレッタの拳を強く握りしめると、驚いたように顔を上げた。
「ただいま」
本当は大声を出したいところだったが、夜中だし、近所迷惑も考えて声は抑えた。
珍しいことに、すでに両親とも帰宅している。母さんはともかく、親父はいねえと思っていたが、何か虫の知らせでも感じて早く帰って来たんだろうか。
「フォレッタ、もう少し頑張れるか?」
こんな時間だ。
初等部には辛いだろうが、一応確認すると、フォレッタはこくりと小さく頷いた。
まあ、さっきまで極度の緊張状態だったし、眠るのも難しいのかもしれねえな。
「イクスくん、クレデールさんもお帰りなさい」
まだ眠らずに待っていたらしい母さんが客間から出てくる。
「あら。その子はどちらの子かしら?」
急すぎて事前に説明するのを忘れていたな。
「なにか事情があるみたいね。お父さんも今いるから、良かったら座ってお話を聞かせてくれるかしら」
先を促される形で客間に入り、ソファへと腰を下ろす。
クレデールは、どうすっかな。またうつらうつらしているが。
まあ、起こすか。少々、危険な気もするが。
「おい、クレデール。しっかりしろ。できねえんなら、風呂入って……は危険だから、顔洗ってこい。それとも寝るか?」
風呂場で眠られても厄介だ。
かといって、この場にフォレッタだけを残して、ベッドまで運ぶわけにもいかねえし。
「すみません。お待たせしました」
本当はフォレッタをひとりにはさせたくなかったが、首を横に振ったクレデールに仕方なく顔を洗わせて、洗面所から連れて戻ると、フォレッタはまだ話せていないらしく、両親の前で唇を引き結んでいた。
「フォレッタ。こっちが父親のノア・ヴィグラード。こっちが母親のムーシカ・ヴィグラードだ。普段……日中はあまり家にいねえが、夜中には帰ってくるから」
母さんの方はそんなに遅くなることもねえから、大丈夫だとは思うが。
それから、俺はフォレッタを連れて来た詳しい経緯を両親に説明した。
両親はすでにいないこと、唯一の血縁である祖母は現在入院していて、フォレッタの事を気にできる状態にはないこと。
いくらなんでも、さすがに無理があったかとも思ったが、意外なほど、すんなり両親はフォレッタが家へ来ることを認めた。
ただし、明日、病院へは顔を出すと言っていたが。
「フォレッタちゃん。何も気にすることはないのよ。お祖母さんのこと、心配でしょうけど、自分の家だと思ってくつろいでくれていいのよ」
「……お世話になります」
「お父さんも、いいのよね?」
親父の方も特に反対はせず、黙ったままではあったが、母さんに促されてむんずと頷いた。
「フォレッタ。父さんはこんな感じだけど、別に怒ってるとか、不機嫌とか、そういうわけじゃねえから」
親父はひと言だけ、
「ゆっくりしていきなさい」
とだけ話し、立ちあがると客間から出て行った。
階段を上る音も聞こえて来たから、多分、寝室の方へ向かったんだろう。
「あらあら。やっぱり、お父さんは眠かったみたいね」
母さんがのんびりとした口調で微笑む。
朝早くでもよかったのに、わざわざ起きて待っていてくれたことには、感謝しかない。
もっとも、朝、というより、まだ日の出ないうちから出かけるだろう親父に、挨拶をしようと思ったらこの時間くらいしかないわけだが。
「イクスくん。お風呂は沸いてるから、おふたりには入ってきてもらって」
「そうだな」
俺は忘れずに、もちろん俺も付き合って、クレデールに着替えを取りに行かせ、フォレッタと、そのバックと一緒に風呂場へと送り込んだ。
「フォレッタ。クレデールのこと、頼んで良いか? このままだと風呂場で寝ちまいそうでよ」
洗面所の冷水で、再び顔を洗ったクレデールは。
「先輩。大丈夫ですよ。お任せください」
そう張り切ってはいたが、フォレッタもなされるままというより、何かしていた方が気もまぎれるかもしれねえしな。
「そうか」
しかし、クレデールがやる気なのは良いことだし、これを機に、生活態度が改善するかもしれねえ。そう思って、俺はふたりにそのまま任せることにした。
つうか、俺は一緒に入れるはずもねえから、任せるしかねえんだけどな。
ふたりが風呂に入っている間、俺は客間へ戻った。母さんはまだそこにいて。
「急な話で悪かった。それから、ありがとう」
俺は頭を下げた。
しかし、今夜のような状況になるとはさすがに思っておらず、もう少し、ちゃんと話ができてからと思っていた。うちの両親とも、師匠のところとも。
「そう。セーヴィスさんのところへ行くつもりだったのね」
「ああ。レンシアには話そうと思っていた」
しかし、成り行き上、うちへ来ることにしてしまった。
まさか、あそこから、じゃあレンシアのところで世話になってくれ、なんて放り出せるはずもねえだろう。
「さっきも言ったけれど、私は歓迎するわ。子供がもうひとり増えたみたいで嬉しいし」
「ありがとう」
俺は、もう一度、深く頭を下げた。




