プロローグ
昔から、初対面の奴には誤解されがちだということは分かっていた。
「まず、風貌が良くないよね、イクスは。もうちょっと、そのボサボサの髪を整えるとか、いつだって睨んでいるように見える目つきを変えるとか、他人にはまず笑顔で話しかけるとかさ」
以前、ディンの奴が言っていたことだ。
俺自身は普通にしているつもりなんだが、どうやら他人からは、不良か何かに見られているらしい。まあ、すでに高等科まで進んでいながら、ディン以外に同年代の友人と呼べる友人もできないと、さすがに自覚もしてくる。
だから、そいつのことも見なかったことにするつもりだったんだが、人間、つい目を逸らせない光景というものがあるらしい。
長い銀の髪をわずかに風に揺らせながら、青い瞳でじっと駅の掲示板を見つめるそいつは、手元の紙と見比べている様子だった。
見たことのない制服だ。
この駅を利用するからには、学院はひとつしかなく、それが俺たちの通うシュレール学院だということは聞かずとも分かることだが、初等科からずっと通っている俺にも見慣れない制服だった。
シュレール学院は初等科からの一貫校だが、外部生、つまり、高等科からの編入生がいないわけじゃない。現に、昨年、俺たちが高等科の1年に上がった時にもクラスに初見の奴らがかなりいた。
とはいえ、中等科の制服ならば見覚えがあるだろうし、体格的に初等科ということはないように見える。
今は春休みで、すでに寮へと戻ってきている俺たちの他には、この駅を利用する奴は少ない、もしくはほとんどいないだろう。なにせ、学院の名前が駅名になるくらいのところで、加えてこの路線の終点だ。
それでも全くいないわけじゃないし、もしかしたら、別に目的があるのかもしれない。
スマホがあれば調べられるはずだが、それに気がついていないそいつに、ちょっと教えるくらいならば怖がられることもないだろう。
そんな軽い気持ちだった。
「おい」
周りに人がいなく、自分が声をかけられたということはすぐに分かったのだろう。
「何か御用ですか?」
俺の方を振り向いたそいつは、わずかに細められた青い瞳で、俺のことを観察するように見つめてきた。
いや、どちらかというと、睨みつけてきたといった方が正しいかもしれない。
「用って程でもないけどよ。学院に行くんなら案内しようかと思ってな」
今週の分の寮の食事の買い出しに行くところだったが、今から寮に引き返すくらいの時間ならば特に問題はないだろう。
「結構です。私といるとあなたが彼女さんに誤解されますから」
「悪かったな。生まれてこの方、彼女なんていたことねーよ」
自分の容姿に自信があるということではなさそうだったが、他人からどう見られているのか、自覚はしているようだった。
グラマーということはないが、バランスの取れた整った容貌。
風に揺れる銀の髪は、腰のあたりまで長く、肌は雪のように白い。
口調からも、今までにそのようなことがあったのだろうということがうかがえた。
それきりそいつは俺から視線を外し、また地図と睨めっこを始めてしまい、それ以上話しかけることは躊躇われた。あまりしつこくして警察を呼ぶとか言われても、余計な時間を消費するだけで、面倒くさいことこの上ない。
まあ、スマホを持っていないということはないだろうし、わざわざ俺なんかに案内されるまでもないか、と思い直し、バス停へ向かう。
学院までの道で地図を見るということは新入生だろうし、あの広い学院で顔を合わせることもないだろうから、多分、これが最初で最後のことだろう。
そう思っていたのだが。
俺たちが普段利用している学院の寮の最寄りの駅から、買い出しに出かける中心街まではバスでおよそ30分といったところだ。
今のところ、去年の3年が卒業したばかりだから、寮には俺を含めて4人しかいない。
春休みでまだ実家に帰省中のディンを数えないとすると3人だが、とにかく、ディンを含め、他の奴には買い物を任せることはできないということは、この1年、寮に入っていて学んだことだ。
これは別に、あとの2人が先輩だから遠慮しているとか、そういうことではなく、寮での日常からの教訓だ。
すべてがレトルトの食品だったり、余計なものが大量にあったり、帰ってくるころにはすでに夜になっていたり、一体、どこまで行ってきたんだという有様だったり、他にも色々、要するに、買い物というシステムを、あるいは食材のことを、ほとんど理解していないのだ。
まあ、それは買い物だけに留まらないんだが。
無駄だと若干諦めつつも、俺が戻るまで寮を荒らすなと言い聞かせてから出かけてきているのだが、それが守られたためしはほとんどない。
そんなわけで、今週分の買い出しをさっさと終わらせて戻ってくると、そいつはまだ駅のロータリーにいた。
もしかしたら、本当にぶらりと立ち寄っただけなのかもしれなかったが、いまだに地図と睨めっこをしているそいつを、放っておくことはできなかった。
自分のことは自覚していたが、まあ、性分だ。
「なあ、やっぱり迷ってんだろ」
買い物を済ませ、さっきよりも若干重くなった手提げを抱えて声をかける。
「またあなたですか」
わずかに呆れを含んだような、しかしさっきよりは若干驚きも含まれているような調子でため息をつかれる。
少し疲れているように見えるのは、気のせいではないだろう。もしかしたら、歩き回って、またここへ戻ってきたのかもしれない。ここから学院、あるいは寮までの道で、どうやったら迷えるんだという疑問はあるが。
「俺はこれからシュレール学院まで戻るんだけどよ。あー、なんつうか、良ければ案内してやるよ」
柄じゃないことは分かっているので、気恥ずかしさを紛らわすために、軽い調子で提案してみる。
多分、ディンの奴なら、初対面の女子に声をかける程度で苦労はしないんだろうが。
そんな、学院でも下級、上級問わず女子から人気のある友人の顔を思い浮かべつつ、俺なりに努力した結果だった。
「仕方ないですね。どうしてもというのでしたら、案内させてあげてもいいですよ」
こんな偉そうな調子でも嫌みに聞こえないのは、こいつの持つ、どことなく近寄りがたいというか、そんな雰囲気のなせるものだろうか。
「俺は、イクスだ。イクス・ヴィグラード。この春からシュレールの高等科2年だ」
とりあえず名乗っておくべきだろう。すくなくとも後輩ではあるみたいだし、仮に寮に入るのだとしたら、より顔を合わせることになる。
「クレデール・ローディナです。よろしくお願いします、先輩」
そう言いながら、クレデールはポケットからスマホを取り出す。
「別に、もう地図を見なくても、案内してやるから大丈夫だぞ」
「いえ。防犯ブザーのアプリを。この辺りには人もいないようですが、駅までは聞こえるかもしれませんし」
一体、こいつには俺が何に見えているんだ、と思わないこともなかったが、自分の人相の悪いことはある程度自覚しているので、溜息を堪えながら寮に向かって歩き出す。