ミム
シィアーヌの居城は、ミムの力によって、結界を簡単に破られた。
一行は、まだ痛む胸を押さえて、豪華な屋敷の中を歩いていく。
「辿り着いたか。汝なら、来ると思っていた」
それだけの力を持っているのだもの、とシィアーヌは続けた。
ミムには、なんのことか、まだ分からなかった。
「ヘルアを、お寄越し」
「何のことですか」
ミムはそれが琴のことだと薄っすら気づき、ぎゅっと琴を抱きしめた。
思えば、セピアと会う前から、琴と一緒にいた……。
「私に呪いをかけたように、琴にも呪いをかけたんですか?」
「ご明察。汝には術が効かずに苦労させられたものだ」
「教えて、私は何なの?」
シィアーヌは禍々しく笑った。
「父親はペガサス、母親はユニコーン、汝は聖なるキメラだ。双方の能力を持ち、我が術を簡単には受けようともせぬ」
「人間じゃない、とは、思っていたけど……」
ムアルが頷く。
「ペガサスの血のせいで、呪いがかかったのね。純血のユニコーンなら、術は全く効かないはずだもの」
「それで、ウァルディアもあなたに敬意を示していたんですね。馬族の最上位種として」
ガイも納得の眼差しだ。
「では、この琴は……」
ミムが集中すると、おでこの突起がねじれて伸びて、角のようになった。ユニコーンの角のように。
青い光を浴び、琴が徐々に変化してゆく。
聖なる鹿ヘルアが、琴に姿を変えていたのだった。
「目的は何だ!」
セピアがシィアーヌに迫る。
「黄金龍の力を手に入れ、この世界を我がものにすることよ」
シィアーヌは唇を噛んだ。
「正規の悪魔族は、もうこの地を見限ったはず。だが、天を覆い、我が悲願を妨げた。我は天に穴を開けるため、聖なる鹿ヘルアの能力を欲した。なのに、忌ま忌ましいキメラめがその庇護者だった。……穴は穿ったが、我は負けた」
「その、天の穴から、黄金龍の狂気が地上に漏れ出ていたという訳ね」
飲み込みが早いムアルである。
「どうしたら、穴を封じられるの?」
「させぬ。五千年に一度の好機、逃すわけにはまいらぬ」
「さあ、どうだろうね」
放浪者が何処からともなくふらりと姿を現した。
「穴と言わず、全天を解放してみたらいいよ」
シィアーヌは驚いた顔をして、空を映した水晶玉を見つめた。
天窓が開く。
……穏やかな表情の黄金龍が、空をうねっていた。
星々が、輝いている。
「お前さんとは種の異なる、そう、正規と先刻言っていたね。宝石都市が栄えていた頃から生きていた悪魔が一人、残っていたのさ。奴が黄金龍を浄化している。……ミム、ヘルア、手伝ってやってくれないか? あいつとお前さんらは、恐らく、遠い知り合いのはずなんだ」
放浪者は意味ありげに天窓を見上げた。人が通り抜けるには小さすぎる。まして、鹿のサイズでは。
「大丈夫、任せろよ」
放浪者がウインクをすると、何の術を使ったのか、天窓が外れ、ガラガラと天井が落ちてきた。
「今のは何だ、何の術だ……」
「さあね。企業秘密」
シィアーヌに軽く答え、放浪者は言った。彼の左目が薄らと光を帯びているのが見てとれた。
「ミム、ヘルア、行け!」
ミムは体が軽くなるのを感じた。
ふわりと現れた翼。ヘルアを抱きしめ、そのまま上空に飛び出していく。
「セピア」
ミムは、銀髪をたてがみに変えながら、震える声で告げた。
「今までありがとう。さようなら」
「うん……さよなら、“姉さん”」
聖なる鹿を抱えたモノペガサスは、セピアを一瞥すると、黄金龍に向かって真っすぐに飛んで行った。
魔物と聖獣が手を取り合い、共同作業をするという、奇跡が、起きた。
黄金龍が青く白く光り、やがて、今までより明るい月の光が、差し込んできた。




