【表と裏】
王都 ヴァルハン / ウェストエリア第3区
二人は並んで露店の並ぶ騒がしい雑居街を歩いていた。市街地からはやや離れたこの区域は治安は悪いもののその類いの人間が多くいるので色々と情報は手に入る。ダンテは自分の知る情報屋にクランを引き合わせる為この場所を訪れていた。
「なんかすごく賑わってますね」
「ん?あぁ確か明日は【蒼月祭】だからねぇそれでさ、でもこの辺りは治安があんまり良くないから日が落ちたら女の子が一人で出歩くのは止めといた方がいいかもね」
「そうなんですか?こんなに活気があっていい所なのに」
「人も場所もどんなに良く見えても裏の顔があったりするものさ」
「....」
その言葉にクランは顔を伏せた。忘れたい過去、信じたくない言葉【聖都 アラトリア】での事が頭に甦りクランの足取りを重くする。ダンテは黙ってその歩調に合わせ二人は無言のまま歩き続けた。
「ここだよ」
少し前を歩いていたダンテが足を止めたその場所にはレトロな雰囲気のこじんまりとした飲食店があり壁に【レガーロ】と店名が掲げられていた。到着したのが丁度ランチどきという事もあってか、ガラス窓越しに店内を覗くとかなり混みあってるようだったがダンテはお構いなしに店内へと入っていった。慌てクランもその後を追う
店内は外観と同じレトロで落ち着いた雰囲気で女性客が多く8席あるテーブルは7席が埋まっていて残る一つは予約席のプレートが置かれていた。その中を三人の若いウェイトレスが慣れた様子で注文を取ったり料理を運んだりしている。カウンター席奥の厨房には二人のシェフの姿があった。その時ウェイトレスの一人がダンテに気づき予約席のプレートを外し厨房に何か伝えた。ダンテは軽く手を上げて挨拶するとウェイトレス達は笑顔で小さく手を振ってそれに答える。
「とりあえず飯でも食おうか、ここの飯は旨いよぉ」
そう言うとさっきまで予約席のプレートが置かれていた奥のテーブルに座った。クランもダンテと向かい合う形で席に着く。
「ここすごく流行ってるんですね?お店も落ち着いた感じでオシャレだし」
「昼どきはいつ来てもこんな感じかなぁ」
「ダンテさんはここに良く来られるんですか?」
「まぁね王都に来た時はちょくちょく顔出してるよ」
「常連さんなんですね」
「そうそう俺はこの店のファンなのさ」
ガタッ
話を遮るようにまだ注文していないのにテーブルに料理が運ばれて来た。ほんのり香辛料の香りがする丸鳥のローストで丸焼きにされた鳥の腹部には肉と一緒に数種類の野菜を具材にしたスープが入っていてダンテの言葉通りとても美味しそうだ。
「何がこの店のファンだ、てめぇはうちの女どもを口説きに来てるだけだろうが」
男は二人の前に料理を差し出しながら低い声でそう言った。
「嫌だなぁちゃんと料理も楽しんでますよぉバイルさん」
「…どうだかな」
ダンテと話すバイルと呼ばれた40代半ば位の男はスキンヘッドで顔の左側面に額から頬にかけて刺青を入れた体格のいい黒人でさっきまで厨房にいたシェフの一人だ。
「この人はここのオーナーの【バイル・ガードリッジ】さん来る途中で話した王都の事情通の人」
「あっ‼はじめましてクラン・フレーミングです。あ、あの聞きたいこ....
「ワケありだってのはコイツから聞いてる。だがまずは飯を食いな、店ももうすぐ落ち着く、話はそれからだ」
クランの目を真っ直ぐ見てバイルは低い落ち着いた声でそう告げると背中を向けて厨房へと戻って行った。クランはそれ以上その場で何も言えず、ただバイルのクランを真っ直ぐ見つめてきた目と声色にはどこか安堵感を与えるものがあり、歩き去って行く背中は料理人というより歴戦の戦士のように思えた。
「さぁ飯だ‼ 飯‼ コイツが旨いんだぁ 飯を食ってバイルさんとキミが話し終わったら市街地へ案内するよ。そしたら俺はお役ごめんだな」
「..あの、どうしてダンテさんはここまで親切にしてくれるんですか?お金は払いましたけどそれは船賃で..」
「ん?フッハハハハハ」
「えっ?えっ?わ、私何か可笑しな事聞きました?」
「船で話したじゃないか、美人は黙ってたって男は助けるってさ」
「わ、私そんな..び..美人じゃないですよ」
「キミは美人だよ。見た目だけじゃないどこか使命に燃えてるような目をしている時は特にね。ただそれは俺には危険で儚い美しさに見える。まるで命を犠牲にしているような....だから放っとけなかったのかもね。それにうちはアフターフォローも抜群だから」
そう言ってダンテはスプーンで料理を口に運びながらぎこちないウィンクをして見せた。
ガタンッ‼
するといきなりクランは音を立ててイスから立ち上がりダンテに向かって頭を深々と下げた。周りにいた客も何事かと振り向き、流石のダンテも焦っている。
「ど..どうしたの?」
「ダンテさん本当にありがとうございました‼」
「う、うん」
「私、ダンテさんのおかげで前を向く事ができそうです」
「そ、そう」
そう言って頭を上げたクランの笑顔はダンテが今まで見た事のあるどこか影のある笑顔ではなく本物の笑顔だった。それを見てダンテの顔もほころぶ。
「フッ、いい笑顔だねぇ。でもとりあえず座ったら」
ダンテにそう言われて吹っ切れた感情が少し落ち着いたクランは周りの視線にようやく気づき顔を真っ赤にして慌てイスに座り恥ずかしそうに視線を落とした。
「今のキミならきっと大丈夫、この先色々な困難が待っているだろうけど乗り越えていける。その気持ちを忘れなければね。だけど油断は禁物だよ。何をするにしてもね。特にこの国は治安部隊や軍隊の他に彼等がいるからねぇ」
「はい。わかっています」
世界に住む人間に彼等の事を知らない者はいない
彼等は世界最強と噂され【銀竜と神剣】の旗章を掲げ大空を駆ける軍隊
「この国には【竜騎士】がいる」
ベルキア王国それは【神柱石】より賜った力を持つ王とその従属である世界唯一の【竜騎士】の守護する国