【銀竜と神剣と絵本....】
王都 ヴァルハン / イーストエリア第8区
(まだ少し頭痛がする)
体を拭いて濡れたタオルを首に掛け、上半身裸で鏡の前に立つウォルマは顔をしかめて歯を磨きながら頭を軽く何度か叩いた。一瞬頭痛が消え目を開いて鏡を見るとそこに映る自分と視線が合う。そこにはおそらく母親に似たのだろうと本人が予想する整った中性的な顔が、しかしその眼は力強く黒い瞳からは何者にも屈することなく自分を貫くという意志が感じられた。ショートスタイルというには少し伸びた緩いクセのある黒髪、体格はやや細いように思うが日頃から鍛え上げているので筋肉質で鋼の様に硬く引き締まった身体をしている。ウォルマは喰わえていた歯ブラシを出して口を濯ぎ、整髪料を手に取ると無造作に髪に付けシャワールームを出た。そしてリビングのソファーに掛けてあった色褪せたデニムを履き、上は白のタンクトップと薄手の黒いジャケットとお決まりの格好で、ただじっと側のテーブルの上に置かれたモノを見つめ、どこか遠く懐かしい日に思い巡らせる。そこには銀色の竜を背景として剣の刺繍が施された赤い腕章が置かれていた....
【銀竜と神剣】
そのエンブレムをベルキアで知らぬ者はいない。真っ直ぐに突き立てられた一振りの剣の背後に翼を広げた銀色の竜の刺繍はセントラルエリアの王宮にこの国の国旗としていつも掲げられているのだから、それに子供なら誰もが知る有名な絵本にもなっている。
~王子と竜~
昔々、大きな町のお城にシャイルという王子さまが住んでいました。シャイルは誰にでも優しくとても勇敢で町の人はみんなシャイルの事が大好きでした。
ある日、町に魔法使いがおとずれて言いました。となりの町が大きな銀色の竜に襲われてお姫さまがさらわれてしまったとそれを聞いたシャイルはお姫さまを助けに行くことにしました。
出発の準備をすませたシャイルに魔法使いは竜の住む岩山までの地図と魔法の剣を渡して言いました。
「この剣ならば竜を倒す事ができるだろう」
シャイルは剣を受けとると岩山へと向かいました。
切り立った岩山を登るとその頂に竜とお姫さまがいました。シャイルは魔法の剣を構えて竜に飛びかかりました。するといきなりお姫さまがシャイルと竜の間に飛び出したのです。
魔法の剣で切られて倒れるお姫さまをシャイルは慌てて受け止めました。お姫さまはシャイルに言いました。銀色の竜は町の守り神で悪い魔法使いに取られそうになった宝物の指輪と自分を助けてくれたのだとシャイルは自分が騙されていた事を知り涙を流してお姫さまにあやまりました。
最後にお姫さまは笑顔を浮かべて竜とシャイルに言いました。
「あなたはやさしく勇敢な人どうか悪い魔法使いから町を守って下さい。竜よどうか最後にお願いです。怒りを鎮めどうかこの人に力を貸してあげて下さい」
そう言い残すとお姫さまは宝物の指輪をシャイルに渡して静かに永い眠りにつきました。
シャイルは銀色の竜の背中に乗って町へ向かいました。町では悪い魔法使いが魔法を使って家やお店を壊して人びとを苦しめていました。
シャイルは魔法の剣を引き抜き竜と一緒に悪い魔法使いと戦いました。シャイルの魔法の剣がひかり、悪い魔法使いの魔法の力をつかえないようにします。あわてる魔法使いを竜の吹いた炎がおそい断末魔の悲鳴をあげて悪い魔法使いは灰になりました。
戦いのあと銀色の竜はどこかへ飛びさっていきました。シャイルはお姫さまと竜のいた岩山に大きな祠と魔法の剣を使って月明かりで輝く綺麗なお墓を造り竜がいつでもお姫さまのところへ帰ってこれるようにしました。
シャイルはお姫さまに渡された指輪を握りしめてお姫さまと銀色の竜に心の底からお礼を言いました。
「許してくれてありがとう。助けてくれてありがとう」
そして王さまになったシャイルは争いごとがおきないよう地図と指輪を秘密の場所に隠して、竜が助けてくれた町で人びととずっと楽しく暮らしました。
この絵本の物語をウォルマも幼い頃よく祖母に読み聞かせて貰っていた。
(今日はやたらと昔を思い出すな....)
またズキズキと頭に響く頭痛が戻ってきた。
「ふぅ...昨日は腕章のせいでライザック達にかなり飲まされた..」
二日酔いになったのを腕章と友人のせいにして溜め息混じりにウォルマはそれを手に取った。言葉とは裏腹に顔には笑みが見える。つい数日前までウォルマの腕章は緑色をしていた。赤に変わったのは階級が上がったからだ。父親がいた階級まであと2つ、ウォルマは腕章を握りしめ決意を新たに家を出た。