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純文学
文学自体が純であるのに、何故更に強調したのか。
ライトノベルなんかは凶暴な文学の象徴だ。思春期に抗う悪さに憧れるような感覚に近いのかもしれない。
綺麗、と言っても人によってイメージする物や者は違う。事細かに条件付ける小説は純ではないと思う。挿し絵なんかで補う作品なんかは想像の強姦だ。
純文学の敷居が高いのは想像の余裕が現代は少ないからだ。0から図面を書いて設計するのはなかなか面倒だ。でもそれを好む人は純文学はブロック遊びなんだと思う。どう組み立てるか、どう感じるかは読者次第。
純文学を書いている人達は純だけど、中身は結構押し売りしててそのギャップが側面として面白い。ある種のエンターテイメントだ。
なんて書いていたら笑われそうだな。




