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羽の刻印  作者: 銀崖座
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詞の九~コトバノキュウ~

詞の九 ~コトバ ノ キュウ~



――ちらちら、ちらり。空からちらり、ちらちら――


私はパソコンのメモ帳を開いて、まとまっているのか、意味が通ってないのかわからない文章を置いていく。

なぜこんな事をしているか。心境の変化とか何かとかはわからないけれど、手術の後から私はたまにだった詩をよく書くようになっていた。

ちょっと乙女チックな趣味でいいのだけれど、前はただの暇つぶしだったのに、どうしてかな……その答えに一番しっくりくるのは、駆り立てたらたとかいう抽象的な理由だった。

「羽が、ちらちら……雲の欠片のような、羽がちらちら……うにぃぃぃぃ!」

「あはは、どうしたのぉ。真由ちゃん、らしくないわねぇ~」

きみこさんは私たちのリネン類を片しながら、モニターをちらっと見て笑う。

 普段私が大声を上げることなんて滅多にないので、そんなことを言うのだと思う。でも、私がこうするのは滅多にないだけで、「ない」わけではない。だから、例えばカレハちゃんが大声をあげたりすると、「らしくない」って言うはずなのだ。

「あらあらまぁまぁ。そんなに頑張らないで、適度に休むのよぉ? 術後が良好だからって、気は抜けないんだから、油断は、めっ、なのです!」

「はぁい」

 私は言われたとおりにしようと、メモ帳を保存して閉じた。どうせ、考えが行き詰って次の文なんて浮かばなかったから、いいや。それなりに疲れたんだから、そのままモニターを閉じて横になればいいのに、私はネットに入る。

マウスをカチカチころころやって、お気に入りのサイトを一通り回る。個人のブログで更新されてるところは少ないのだが、掲示板やSNSだけが盛り上がっているところもあったりして、気は抜けない。その他、企業とかのサイトはもちろん随時更新されているので、見飽きたりはしないものだ。

例えば、私が普通に着たんじゃまったくもって似合いそうもない服の数々が並んでいるサイトだって、見る分に罪はないのだから、気楽なものだ。頭の中でカレハちゃんファッションショーを開催していても、誰知らず許されるってもの。

「さてさて、ここはどうかな……」

私はいつも巡回のシメに見ると決めているサイトのお気に入りをカチっとする。まだ作り始めたばかりですというのが、よくわかる程度のつくりなんだけど、ちゃんと見る人の側にたっているのがよくわかる。だから好きになってしまったんだろうか。見知らぬ田舎にある民宿のホームページだっていうのに。

「ふふ、ふ~ん……」

このサイトはやや重いらしくって、すこしだけ読み込むまで時間がかかる。無線の通信なんだし、仕方ない。でも、ページサイズが大きいのには理由があるのだ。

大きくイラストライズされた満月が現れ、それと同時になぜか小さなせせらぎの音が響いてくる。形容するなら、やっぱりサラサラなんて擬音がいいのかな。

でも私の期待を裏切って更新はされていなかった。

「残念だけど、仕方ないか」

田舎の民宿のホームページなんだから、そんなに更新なんてあるはずもない。

ギャラリーページもいつもと代わり映えはしない。何度も見たその民宿あたりから見える風景写真が飾ってあるだけ。でもここにある空の色が大好きで、私は何度も何度も、飽きもせずに同じ写真を見ている。

赤いのに、蒼くて紫で、もうなんて言ったらいいかわからない色なんだ。

それは私の中にある心みたいな色なのかもしれない。

ごちゃ混ぜで、ひとつの色じゃあらわせない。複雑なもの。でも心なんて誰のものだって、まぜまぜで一色ではあらわせないと思う。

それは私からしたら、幼いカレハちゃんだって同じ事。

白一色にしか見えないのに、所々に陰影で色がついてるように見える。それはとっても淡い蒼だったり、くすんだ灰色だったり様々。

その所々が、その人の記憶の色のように思える。

蒼は嬉しいこと。灰色は暗いこと。大きな雲の陰になる暗い部分は思い出したくもない過去だったりするかもしれない。

でも、今カレハちゃんの記憶の白に描かれるのは、濃い蒼でもなく、淡いとても淡い蒼い色をしているに違いない。


だって、今はカレハちゃんにとって、とても大切な時間に違いないのだから。

もちろん、私がこんな風に言うのには理由がある。それはカーテンの向こうに、私も憧れているから。

「カレハ、また花持って来たぞ」

「うん……そこに。あとでお願いするから……」

いつもと変わらないはずの声なのに、慣れてしまっている私は、それが少し違うことに気付ける。

カレハちゃんがこの声になるのは、ある見舞い客が来ているときだけなのだ。

私がその見舞い客について知っているのは――

声変わりしていない高い声からカレハちゃんと年は同じくらいである。

いつも花を持ってくるので、きっとできた男の子。

くらいかな。

ただし、持ってくるのは花だけじゃない。むしろ花なんて、オマケに違いないのだ。それは私だから思うことじゃない。

きっとカレハちゃんだってそう思っているだろう。

綺麗な季節の花よりもお土産にふさわしいお土産。

それは彼が伝えてくれる、外の世界の話だ。

「もうすぐプール開きだろう? だから今日は俺たちプールの掃除したんだ」

「へぇ……」

「一年ぶりだから、汚いのなんのって。結局、夕方まで居残りしてやっとで終ったんだぜ?」

便宜上、私の脳内で活躍させる場合、彼はカレハちゃんの彼氏という事になっている。

そうしないと説明できないでしょう? あの歳の男友達が、花までもって足しげく病室を訪ねることなんてない。

偏見だっていわれそうだけど、素で遊ぶのが一番楽しいお年頃なはずでしょう? それに、女子と仲良しにしてる事をからかわれて、そういうレッテルを張られちゃう年齢でもあるはず。それよりもカレハちゃんをとるなんて、それはもう恋の力以外で説明なんてできないもの。できるものならしてみなさい。

まぁ私の頭の中がいっつもお花畑な少女の世界なだけかもしれないけど、いいじゃない! 私はまだまだそういう夢を見ても許される歳なんだから。まぁ……私はカレハちゃんと同じくらいの歳も今も、病院の常連さんなので、本当のところはわからないんだけどね。

だからこそ、私はカレハちゃんと同じように、彼が運んでくるお話をとても楽しみにしている。

それは、きっと私にとっても、カレハちゃんにとっても、羽みたいなものだから……。


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