詞の一~コトバノイチ~
羽の刻印
詞の一 ~コトバ ノ イチ~
病院、病室、看護師さん。
そういうのって、大概白いよね。
私のいるここも――やっぱり病院で、病室で、隣には看護師さんが、優しい顔をして居てくれてる。
でもここは白って程じゃない。だって私がいるのは小児病棟で、結構色とりどりだったりする。看護師さんのナース服も、おしゃれに薄い桜色。子どもたちの玩具や、お気に入りのキャラクター毛布なんかが、真っ白じゃ味気ないでしょ。それにみんなそれじゃ、お気に入りにならないよ。
「どうしたのぉ、真由ちゃん?」
私がニヤニヤしていたのを気付いたのかな? 看護師のきみこさんが、いつものちょっと伸びた声で心配してくれる。
「何でもないですよ」
私は子どもだ。でも小児病棟にいてもいいほど子どもでもない。ただ、一般病棟に空きがなくって、しかも私は常連さんだから、こうして計らってもらってる。まぁなんてったって、十七歳のお年頃なんだから、一般病棟で男の人と同室になったりしたらって思うと気が気じゃない。
私の病室には四つのベッドがある。窓際のひとつは私。廊下の入り口に向かう隣に、カレハちゃん、足元のお向かいにユウイチくん、そしてその隣がアキちゃんだ。
私以外はみんな小学生だ。
だから私はみんなのお手本でもあるべきだったりする。
「はぁい、真由ちゃんいいわよぉ。ほら、次はユウイチくんの検温だからねぇ~」
「ちぇ、めんどくせーなぁ、熱なんてそうそう変わらないよっ」
ユウイチくんは没頭してた携帯ゲーム機から顔を上げて口を尖らせる。物言いは生意気だけど、顔立ちがとってもかわいいので、たまに抱きしめたりする。私はイケナイおねぇさんなのだ。まぁ私がぎゅってするのは、アキちゃんもカレハちゃんもなので、愛情表現の一種だって思って欲しい。
「次は、アキだよね、ね? はやくはやく!」
アキちゃんは基本的に寂しがり屋なので、我先にって感じで、きみこさんにくっつくのだ。私にも同じなので、悪びれることなく、ぎゅってぎゅぅってさせてもらってる。いいこと、いいこと。
「うう、そんなに言うなら、アキを先にやれよ。僕はあとでいいからさ。僕はそれ冷たくて嫌なんだよ!」
「そだよ、そだよ! アキを先にやってよ!」
こんな風に、きみこさんの取り合いがかわいくはじまり、いつも賑やかになる。そうすると――。
「ユウイチ君もアキちゃんも、うるさい……」
カレハちゃんは、ぼそりと的確な事だけをいう娘だ。
別に冷たいとかそういう雰囲気じゃないんだけど、そう感じられるのは私が同年代じゃないからだろう。カレハちゃんは余計な事を話すのが苦手――おしゃべりが好きじゃないんだ。
「ごめん、カレハちゃん……」
「ちぇっ、わかったよ……」
「あはは、アキちゃんもユウイチくんも、カレハちゃんには敵わないね、うんうん」
「なんだよ、真由ねぇちゃん。真由ねぇちゃんだって、この前カレハに怒られてたじゃねぇかよ」
「うるさいわね。私は大人なんだから、そんな事ないのよ」
「何いってんだよ、大人が小児病棟なんかにいるわけないだろ、真由ねぇちゃんは僕らの仲間なんだよ」
「そうだ、仲間。仲間っ、アっキと仲間!」
「……だから、うるさい……」
「う」「うう……」
二人はぼそりとでも、的確な事しか言わないカレハちゃんが怖いのだろうかとも思う。
でもそれは私の思い過ごしだろうと思うけど。だって、ユウイチくんはカレハちゃんにお母さんにもらったみかんをあげたりもするし、アキちゃんは一緒に絵を描いたりもしてる。
「はい、みんな検温終ったわよぉ。先生の回診は三時だから、それまでおとなしくしてるの、いいわねぇ~」
「は~い」
なんて、私まで混じって間の抜けた返事をするけど、そんなのを守るのは私とカレハちゃんぐらいだ。ユウイチくんもアキちゃんも、すぐに他の病室に遊びに行ってしまう。カレハちゃんはじっとベッドから動かず、本を読んだり、ぼんやりしたりしてる。そして私は窓の外を見てるか、特別に許してもらってるパソコンを弄っているかで、やはりあんまりベッドからは動かず、ネットを見たり、動画を見たり、たまにわけのわからない詩をかいてみたり。
ほら、こんな風に言えばさ、少しは楽しそうでしょ?
でもね、みんな何もなくって入院なんかしない。
みんな何にもなくって、ここにずっといるわけじゃない。
帰りたいのに帰れないわけじゃない。
みんなどこかが病んでるの。みんなどこかに傷を持ってるの。ちくちく、じくじく、どこかが痛いの。
いつもいつも、私たちが気を抜く瞬間を待ってる奴らがいる。それをいつもいつもずっと、誰よりも傍で感じてる。
私にだってそれがある。
それが、ここにある。