めんどくさい
今の子たち、ちゃんと可愛いくしてたな、と思う。肩までの綺麗なサラサラの髪の子は寝ぐせなんか1ミリも付けていなし、柔らかい髪の子は本当に柔らかそうに顔や動作まで柔らかい感じ。前髪も可愛く斜めに流したり、うっすら嫌味のないファンデーション、唇には薄い色つきのリップクリーム。中学の時もすでにいたよね。うちの母より化粧うまい子。派手まで行かないのにキラキラしている女の子たち。でもよくそんな時間あるよね。何時に起きてんだろ、あの子たち…
そう思いながらトイレに向かったが本当はトイレに行きたかったわけではない。もちろん話を切り上げるためだ。が、トイレの入り口の洗面所に知らない顔のさらにキラキラした派手目な女子3人がいて鏡で身だしなみチェックをしていた。
私に気付いた3人がそろってこちらを指さし「「「あっっ!!」」」と大きな声を出したので、ビクっとする。
「さっきカズミ君が手ぇ振った子だよね?ね?ね?」勢い込んで聞かれた。
3組の子?もうひるむしかない。せっかく逃げて来たのに。
「なんかさ、」とそのうちの一人が言った。「朝も一緒に来てなかった?なんかすんごいイケメンいる!と思って。けど彼女連れだ~~って思ってたらそのイケメンうちのクラスでさ」
やっぱ3組の子か…なんか初対面なのにガンガン来るな。
「ねえ!」とその子がまた聞く。「一緒来てたよねカズミ君と!」
初日の1時間でもうカズミ君て呼ばれてんのか…
「…いや…来てないよ」とついウソをついてしまうと、「いや来てたよ絶対」と別の子に即座に言われる。
「だって私も見たし」
見たのか~~…
「まあね~~~」もう一人の子。「なんか知らない他クラの女子から急に詰め寄られたら来てないって言っちゃうよね~~~」
「…」
トイレ来なきゃ良かったな!
それでも、「ごめんトイレ行きたいんだけど」、とトイレの中の方を指差しながら言うと「「「ごめんごめん」」」と3人は言う。
「「「ごめんごめんトイレ行きたいとこ話しかけて~~~」」」と声を合わせる。
わ~~~…なんか怖いしめんどくさいな、と思ってしまう。
なんでたった1回キダと登校しただけでこんな面倒くさい事になるんだろう。キダは明日も一緒に行くとか言ってたけど、絶対きっぱり断ろう。
そしてトイレを出たらさっきのところにまだ3人はいた。
「「「ごめんね~~トイレ行きたかったのに~~~」」」とまた言われる。
そんなには行きたくなかったし。今、まだいる、って顔しちゃったし私。
「なんかさ。こういう事はっきり聞いてガックリ来んの嫌なんだけど、カズミ君てやっぱり彼氏?え?てか何ちゃん?」
私を指さし聞いてくる。
「なんか、」と私が答える前に別の子が言った。「カズミ君が木本って呼んでたけど」
「木本?木本何ちゃん」
「…」答えない私だ。
「ああそうか!」とまた別の子が言う。「うちら、ゴトウサヤとウエノユウとナカニシメグミだよ。ごめんね自分らが名前言わないのに聞いて」
結構きちんとしてるな…。でも覚えられないよ。
「まあいいや、」と言われる。「木本ちゃんね」
「で?カズミ君てやっぱ彼氏?一緒に来てたもんねえ。あ~~私もあんなカッコいい子と一緒に来たあ~い」
「彼氏じゃないよ」と答える。「家が近いから一緒に来ただけ」
「「「家が近い!!!」」」
大きな声で言われてまたビクっとしてしまう。
「うっそ!家近いとかそんなうらやましい話ある?」と一人の子が残り二人に聞き、二人が「「ないないないないない」」とお約束のように答えた。
「…そこまで近くないよ」と消極的に口を挟む私だ。
その私を、じい~~~~っと見つめる3人。いたたまれず、「チャイム鳴りそうだからもう教室戻るね」と言って先に出るが3人も「「「私たちも戻んなきゃ~~」」」と一緒に出る。
そこへ、「木本!」と呼ばれた。
高森先生だ。
先生が手招きしながらもう一度私を呼ぶ。「木本!」
ちょいちょいと手招きされるので小走りで先生の元へ。その間に3人は行ってしまった。
「木本、さっき校長が話してるときに隣のクラスの男子となんか話してたよね?」
先生から注意も受けるとか…どんだけめんどくさいんだキダのせいで。
「…すみません」
一応謝るが、話をしていたわけじゃない。キダが呼んできただけだ。自分が悪くない事で入学早々担任に注意されるなんてもちろん嫌だから身の潔白を断言したい。
「あの、でも話はしてないです」
じい~~~っと私を見る高森先生。
「ちょっと呼ばれただけで、向こうもすぐ止めてくれました。すみませんでした」
「ふうん」と先生。
間近で見ると本当に綺麗だな。眩しい。ほぼスッピンに近いのにすごく綺麗。
高森先生は続けた。「まあそれはわかってた」
「…」
どういう事?私が悪くないって知ってたのに注意してきたの?
「いやこれは別に注意ってわけじゃないよ」と先生。
「…」
注意じゃなきゃ確認?嫌だな!もう~~!キダのせいでこんな!もうほんと関わるの止めよう。
「でも今朝もあの男子と一緒に来たんでしょ?」と先生。
「!」
なんで先生まで知ってんの?どこかからか見てたのかな。
「いや、どこかからも見てなかったけど」と先生。
「…」
…なんで今私の思った事がわかった?
「いや、」と先生。「さっきの子たちと話してんの聞こえてたから。あんな風に絡まれたら適当にさくっと流して教室行かないと。同クラでもないのにウザいじゃん」
「え?」
先生の言い草に驚いてつい聞き返してしまった。
「なんかさぁ」と先生。「ちょっとカッコいい子いるとすぐ騒いでさ、その子がちょっかいかけてる別クラの子に、初対面でいろいろ聞いてくるとかウザいじゃん」
「…はい」
はいって言っちゃったよ。
「ウザいって言えばいいんじゃないの?」
「…いえ、それはちょっと…」言えるわけない。
「同クラならまだ許せるけど。ねえ?」
「?」
なんか注意されてるっていうより絡まれてるような気がして来た。
ペコっとお辞儀して立ち去ろうとする私を先生は「木本」と呼び止めた。
まだなんかあるの?的な顔をしてしまった私に先生は言った。
「木本、これからも流されないようにね」
「…」
流されないように…?
どういう事!?…先生が言ってたように他クラの女子にまで絡まれてモタモタすんなよって事?
「じゃあ行ってよし」と高森先生は言った。「早く教室戻らないと」
「はい。すみません」
「自分が悪くない時には、すみません、て言わない」
「…はい」
いや、『はい』って言ったけど、と思う。
流されないでってどういう事?校長の話の途中で男子と話をしたから?キダの事彼氏だと思われて、どんな所や状況でも彼氏を優先するような子だと思われたのかな…
それは相当嫌だな!
2時間目と3時間目は教室に戻り、これから1週間の入学に関する行事予定や校内でうける検診の説明だ。そして余った時間で自己紹介。今日の日程はそれで終わり。今日は昼食は無しで、お弁当がいるのは明日からだ。
自己紹介と言っても基本名前と出身中学を言ったら、後は趣味とか入りたい部活を手身近に付け加えたい人は付け加えればいいし、と気のない説明をする高森先生。
「別にうまい事を言おうと思わなくていいから」と先生はつっけんどんに言ったのだ。「あわてたりモジモジし過ぎたりしてやたら時間をかけたりすんのは止めてよ?めんどくさいから。ちゃちゃっとね。じゃあ取りあえず私から」
サバサバとそう言って先生は自己紹介を始めた。
「担当は物理。あんまり似てないちょっと暗めの双子の弟がいます」
少しどよっとする教室。
こんな美人の先生に双子の弟がいるのか。
「先生!」とタカクラさんがガタっと立ち上がって聞く。「その弟さんて先生に似てるんならものすごくイケメンなんじゃないですか!」
タカクラさんは目立つ子だし昨日も先生の説明でわからない事を質問してたから名前を覚えた。肩までの髪はさらっと真っすぐで眼鏡をかけ見た目からして委員長タイプ。でも嫌味な感じじゃなくて本当にクラス委員に選ばれそうな感じの子。
高倉さんの質問にザワザワっと色めき立つ女子のみなさん。
そうだよね、先生がこれだけ美形なんだから。性別の違う双子って今まで見たことないけど、あんまり似てないのかな。やっぱり似るのかな。見てみたいな。
「あ~~…あんまり似てません」と先生。「それから質問は無しで行きます。サクサク進めるためです」
またどよっとする教室。