チサ
「スマホ出して」
思い出したようにキダがそう言って立ち止まった。
「ほら!学校着く前に早く」と片手を差し出す。
私たちの通う事になったやまぶき高校の校則に、『緊急や放課後の家族間の連絡等のため、携帯電話・スマートフォンの携帯は可とするが、校内では必ず電源を切り、その使用は厳禁とする』というのがあって、学校内で使用しているのが見つかったら反省文を3日間繰り返し書かされ、それでもきちんとしたものが描けなかった場合は親も呼び出され、態度が改まることなくまた使用を見つかった場合は本当に停学になるらしい。昨日の入学式でも校長の祝辞のほとんどがスマホ厳禁の話だった。くどくど言いますけど、と言いながら校長は、くどくどくどくどスマホの話ばかりした。
「ホラ!ホラホラホラ!」とさらにキダが手の平を差し出して催促する。「高校になったらやっと持たしてもらえるって言ってたらしいじゃん」
「…何で知ってんの?」今朝久しぶりに会ったばっかりなのに。
「ホラって」
「…ねえ誰に聞いたの?」
そうなのだ。私は高校に合格が決まってやっとスマホを買ってもらった。中学の時、持っていない子は三分の一くらいで、結構女子の間の話についていけない事もあったけど、一番仲が良くて今度高校も一緒にアコちゃんも持っていなかったし、派手目で強気の女子同氏がラインの返信の事で掴み合いのケンカをするのを一度目の当たりにした事もあったりして、持ってなくて良かったかも、と思ったりもした。
まあ、本当は欲しかったけど。
だから女子の連絡先もまだあんまり入ってないのに、キダカズミと連絡先の交換とか…
それに誰から聞いたんだろう私のスマホの話。中学で私と誰かが話してんのを聞いてた誰かから何かのついでに聞いてたって事?
「木本、もしかしてそのスズキってやつともラインとかしてんの?」
「スズキ君と?…まだしてないよ」
まだしてないけど、でもしたいよね!スズキ君と。同クラだし。しかも唯一の同クラの同中だし。これは確実に交換できるよね?交換したい!交換しようってスズキ君から言ってくれないかな。私から言うの恥ずかしいし、スズキ君なら頼んでも「嫌だ」なんて言わないと思うんだけど、そんな事言わない思ってるスズキ君に言われたら怖いから、やっぱりスズキ君から言って欲しい。でもきっとクラスのグループラインとか出来るだろうし、それでもいいからつながりたいな…
「スズキと結構喋ったりしてんの?」と聞かれる。
「ううん」と首を振った。「中学では1回も同じクラスになった事なかったから、あんまり」
「一緒のクラスになったこともねえのに、ちょっとはしゃべった事あんの?なんで優しいとかわかんの?」
なんでそこまで聞く?
「委員会が一緒だったし、他の子も言ってるよ。優しくて感じ良い子だって」
いいな、と思っていたスズキ君と一緒のクラスになれて、しかも同中から同じクラスなのが二人だけという奇跡的な好条件で一緒のクラスになって、嬉しくてたまらないのだけれど、元々人見知りでコミュニケーション能力の劣った私は、そのあまりの奇跡感に返って尻ごみをしてしまい、自分からがっつり話しかけていく事が昨日は出来なかった。チラチラ、チラチラチラチラ見たけどね。
でもなんと!スズキ君が声をかけてくれたのだ帰り際。「お~~木本、一緒だな!同中二人だけだからよろしくな!」って。だからニヤニヤしながら帰ったよね。スズキ君の事を知らない母には、『ほんと良かったね志望校受かって』って言われたけど。
「なんかアレだな!」とキダが急に大きめの声を出したのでビクっとする。「そういや木本、母さんから『チイちゃん』て呼ばれてたな」
あ~~…聞かれたくなかったよね。
両親と祖父母からはずっと『チイちゃん』て呼ばれているけれど、家族以外からは呼ばれた事はなかった。いつもクラスに、チグサちゃんとかチホちゃんとかチハルちゃんとか、もっとかわいい『チイちゃん』と呼ばれる子がいて、男子からは木本、仲良くしてくれる女子からはモトちゃんと呼ばれていた。
キダが言った。「じゃあオレも『チイちゃん』て呼んでみっかな」
「え!何!?」
「いや声でけえよ」
今キダカズミ、なんて言った?
「なんかでも、」とキダ。「急に呼び方変えんのってちょっと恥ずいよな」
じゃあ全然呼ばなくていいけど!何言い出してんだ。
「ていうかな、」とキダ。「オレが家間違えて来たと思ったんか木本の母さんに『誰を迎えに来たの?』って聞かれて『チサさんを』って答えた時もかなり恥ずかしかったな」
聞いてるこっちも恥ずかしいわ。
…あれ?でもちょっとキダは『ふふっ』って感じで笑ってる。
そっか!本気で恥ずかしかったわけじゃないんだ。むかしやってた思い付きのイタズラっていうかプチ嫌がらせみたいな、私をちょっと困らせようと思って面白がってる感じ?
よし。ここは何とも思ってないように断ろう。
「『チイちゃん』て呼ばれるの、私あんまり好きじゃないんだよね。お母さんに止めてって言ってもなかなか止めてくれないんだよ」
キダが言う。「でもまずその前に朝から人んちのドアチャイム押すってかなり勇気いるな」
「…」
じゃあなんで突然来た。
「明日は家出る前ラインするわ」
いやほんとに明日も来る気?
「ハハハハ」とキダが笑った。「今『やっぱ明日も来る気?』みたいな顔したな!」
「え!いや…」
否定しながらうろたえてしまった。だってまんま言い当てらえれたから。
キダは機嫌良さそうに笑ってる。
あ~~なんか懐かしい気もちょっとする。こういう感じで私の反応見て、小学の時も嬉しそうに笑ってたの思い出した。
小学生の時のイタズラ子ザルのキダがチラチラチラチラ浮かんで来る。いつもいつもイタズラばかり繰り返してニコニコしていた子ザルのキダ。
キダがこんなに機嫌良さそうに笑ってるときは、次の悪ふざけを考えたりしててろくな事がなかったんだけど、不思議となぜかそこまで嫌な感じはしなかった。他の子もそうだった。『も~~』とか『やだ~~』とかって言ってたけど、本気でキダを嫌ってる子はいなかった。今だって絶対何か良くないような感じはするけど、なぜだかすごく嫌な気持ちはしない。
「木本…そんなにチラチラ見んな」とキダが言う。「前ぶつかるぞ」
「あ?…あぁごめん」
ついむかしのキダを思い出しながらチラチラ見てた。指摘されて恥ずかしい。それをごまかすために「もう着くね」と言って少し急ぐ。
周りに生徒が一挙に増えてきて私たちは結構見られているような気がする。
…あれ?やっぱり結構見られてるかも。キダががっつりと女子に見られて、その後確かめるように隣にいる私をちょっと見て来る。
そして校門を入ったところで、「あれ?カズミ!?カズミじゃん!おい~~~」と向こうの方から来た自転車の男子がキダを呼び止めながらシャーっと自転車を目の前で止めた。
小学が一緒だったイケダだ。
「カズミ~~~!どうしたん?こっちに帰って来たん?マジかすげえなカズミじゃん!すげえすげえすげえすげえ!」
一番煩いヤツに見つかった感。そしてイケダもキダがこっちに帰ってる事知らなかったのか。
「あ~~イケダもここか」と、どうでもいい感じで普通に答えるキダ。
「久しぶりだな、すげえ久しぶり!カズミ帰って来たんかすげえ嬉しいな、なんで連絡入れん」
「あ~~まあな」
イケダのテンションの高さに、小学の時からは考えられないキダのテンションの低さ。
おかしいなキダ。イケダのこんなリアクション見れたら嬉しいはずなのに。
「え、あれ?カズミおい、」とイケダが騒ぐ。「お前もう彼女できたのかよぉ~~、帰って来てすぐ一緒に登校とかマジ舐めてん…あれ?」
イケダが私をハッキリ確認した後に驚いた顔をして言った。
「え?木本?」
気付くの遅いわ!どんだけキダでテンション上がってんだよ。まあイケダはキダの事すごく好きだったのは知ってたけど。
あ~~嫌だな、イケダが面白いもん見つけたって顔してる。
「なんだ木本じゃん!木本かよ。ハハハハハ…木本じゃん!カズミ、木本と一緒に来たんか!…へ~…マジで…へ~~」
デカい声を出すなイケダめ!木本で悪かったな。
「あ~~まあな~~~」と感慨深げなイケダ。「お前ら小学の時も仲良かったしな~~~」
「そんな事ないよ!」と思わず言ってしまった。
「おいおいおいおいおい~~~」とイケダ。「木本~~、力いっぱい言うなや」
「…」
うん、力いっぱい言い過ぎた、と思ってチラっとキダを見ると目を反らされた。まずかったな。嫌な感じで言ってしまった。
「カズミ何組?」とイケダが聞く。「3組?オレ5組5組!また後で教室行くわ!後でな!」
騒がしいイケダはキダの返事は待たずに自転車置き場の方へ。
なんかちょっとマズい感じがする。せっかく迎えに来てくれたのに良くない言い方をしてしまった。それにイケダがめんどくさい。どうかイケダが私とキダの事を、同小の子たちに面白可笑しく話したりしませんように!
「なあどうなん?」とキダがムッとした感じで言う。
「…何?」やっぱ怒ってる?
「名前」とキダが言う。「呼んでいいのかって話」
「名前?」
「とぼけてんな。チイちゃんて呼ぶぞって話だって」
名前の話か!続いてたんだ!やんわり断ったのに。
「…それってふざけて言ってるんでしょ?」
「はあ?」とキダがさっきよりムッとする。
「いや…私を困らそうと思って言ってるだけだと思って…」
大きくため息をついた後キダが言った。「あ~~~…じゃあやっぱチサにしてみっかな、この際」
呼び捨て!この際?
いや、いやいやいやいや…、
「何?なんで?」つい勢い込んで強い口調で聞いてしまった。
「は?」と、私の強い口調にキダが少し驚いている。
「なんでそんな名前の呼び方とか急に言い出してんの?久しぶりに会ったのに」
まあわかるけど、私を困らせて面白がりたいのわかるけど…
「そんなん呼びたいからだろ」
キダの答えに立ち止まってしまった。
そして同じように立ち止まったキダの顔を見上げてガン見してしまった。