ネコのスタンプ
「ナッチーごめん」と打つ私。「ちょっとこれからいろいろする事あってラインすぐ返せないと思う」
だってとりあえずいったん終わらせたい。とにかくサカモトナツミがキダの事を好きだという事には何も返せないし、何を返してどっちにしろ良くない事になると思う。
それでしばらくスマホを置く。
でもサカモトナツミとの事をアコちゃんに聞いて欲しい。ラインのくだりを特に聞いて欲しい。でもアコちゃんはきっとスズキ君の事を話したいよね。私も聞きたいけど、でも聞きたくない。
そこでまたサカモトナツミからラインが来た。
「いいじゃんザ・チェインスモーカーズかっこいい」
PV見てきたのか?…っていうか、すぐ返せないってさっき打ったのに既読付けちゃった…
黒猫がニッコリ笑いながら親指を立てて『グッ』てしているスタンプを返す私。
「なにそれ~~」とサカモトナツミ。「私は『クロネコにゃんだぞ』みたいなつもり?」
「いや違います」
「かわいいんだから~~、みたいな?」
「違うから」
またすぐサカモトナツミから返信が来る。「私はそれでもワンダイレクションとかジャスティン・ビーバーとかティラー・スイフトとかだったらたまに聞く」
そっか、しか返せないけどそれでいいかな。
「そっか~~」と返したら返信が来ない。
良かったような気がするけど、失敗したのかな?『そっか~だけしか返さんのか』みたいに思われてる?
ちょっとスマホは置いておいて、台所に降りてココアを作り冷蔵庫にあったドーナツを食べる。
「あら?」と風呂上がりの母がタオルで髪を拭きながら、片手に発泡酒を持って居間に入って来た。
「さっきご飯食べたのに、そんなの食べてたら太るんじゃない?」
「お母さんこそそれ飲んだらヤバいんじゃないの?」
「うん。でも飲まないと明日の仕事頑張れん。でもさ、チイちゃんは気にしないの?彼氏出来たらそういうの気になるようになるのかと思った。まああ私もあんまそういうの気にしなかったけどね。ご飯何杯も食べてたし。チイちゃんもやっぱがんがん食べた方が胸も大きくなって良いかも…」
「彼氏ってもしかしてカズミ君の事言ってんの?」
「言ってる。他にいるの?」とからかうようなお母さん。「お父さんにメッチャ聞かれたけど。ご飯食べてチイちゃん2階に上がった後」
「彼氏じゃないんだって。まさかの彼氏だとして会って1週間もしないうちにそんな事になったらおかしいと思わないの」
「だって小学から知ってる子じゃん」
小学の時を知ってるから余計有り得ないんだって。一緒にちょっと学校行ってるだけじゃん。キタカズミがどれくらい本気で私を好きだって言ってるかわかんないじゃん。今日サカモトナツミに行ってくれた時にはちょっと本気かなって思っちゃったけど、どれくらいそれが続くかわかんないじゃん。
…でも仮に小学生の子ザル時代を全く知らなかったとして、キダカズミみたいな男の子がいきなり迎えに来てくれたら、それって結構女子のあこがれなんじゃないの?実際すごく羨ましがられたし。
違った。小学の子ザルの頃の中の思い出で、キダカズミは私を好きだと言ってるんだった。
…いやそれよりも何よりも、私が好きなのはスズキ君だったのに…
時計を見ると9時少し前。
またサカモトナツミから何か来てるかな。アコちゃんスズキ君とどうなったかな。アコちゃんにも連絡したいけどしにくい。私がなにも出来ないうちにスズキ君とアコちゃんの距離はどんどん縮まりそう。…今年一番の運を全く活かしきれていない私。アコちゃんからも来ないし。このままずっと気まずい感じになったらどうしよう。
どうしようかと思いながら部屋に戻ってスマホを手に取ると、またサカモトナツミからラインが来ていた。
いつまで続けるつもりだ?
…っていうか10件も着てる!
怖っ!開けたくないな…
開けないといつまでも続くかな。開けても続くんじゃないかな。いっそのことサカモトナツミにアコちゃんとスズキ君の事を相談してみようか。アコちゃんの名前は出さずにお決まりの感じで『友達から聞いた話なんだけど』とか言って。
サカモトナツミからのラインは9コがスタンプで、最後の1コが、「チイちゃ~~~ん?お~~~い!カズミと電話でもしてんのかこら」だった。
やっぱ開けなきゃ良かったかも。
「ゴメン、これからお風呂入ってもう寝るから」とサカモトナツミに嘘をつく私だ。
なのにすぐに返信が来た。
「寝るの早っ!うちのおばあちゃんか!いいじゃんもうちょっとラインしようよ~。いいじゃん今日くらい付き合ってくれたっていいじゃん。今日私結構傷付いたよ?あんな、ずっと好きだって言ってた私の前で、カズミに無理とか言われてさあ。しかも目の前でいちゃいちゃされてさあ。だからいいじゃん!もっと私の話聞いてくれたらいいじゃん!私だってカズミの好きな子がどんな子が知りたいの!それが悪いの?」
いちゃいちゃなんてしてないけど、そんな風に言われたら何にも言えないし、サカモトナツミは本当にキダカズミの事がすごく好きなんだな…
少し考えてから打った。「ごめん。今日ちょっと私もいろいろあって考えたい事とかもいっぱいあるんだよ」
「なになになになに?なにがあった?いろいろってなに?」とすぐ返信が来た。
サカモトナツミの前のめりな感じに、ついスズキ君とアコちゃんの事を言ってしまいそうになるが我慢する。
「だからもう今日はお風呂入って寝ようと思うから。ごめんね」
これでどうだ?と思っていたらすぐに、「わかったおやすみ」と送られて来た。クマが布団で寝てるスタンプも来た。
良かった。
…と思っていたら、その後すぐまた来た。
「もう何!」
実際に結構大きな声を出して弱冠キレながら見る。
「また明日にゃ~~~」そしてネコのスタンプ。
ウザっ!さっき私のネコのスタンプいじって来たくせに。
ピロン!「今うちの事ウザいと思ってんでしょう~~」
私の気持ちは『…』だがそれはもちろん送らない。ていうか自分の事『うち』って言い始めて、私に慣れて来た感。
ピロン!「あと好きな食べ物だけ教えて」
「ラーメン」
「うちも!何ラーメンが好き?」
「醤油とんこつ」
「チイちゃんとカズミとの今日あった事みんなに教えていい?」
良いわけないじゃん!!「それは止めて欲しいです」
「でもさ、私以外の子もあげてると思うんだ。キダカズミへの想いで一生懸命なんだな、とちょっと可愛いような気もしたけどやっぱりしつこいな。
と思っているところにまた来た。
マジでしつこい!
おやすみって言ったのに。これで見るの最後だからと思いながら見る。次来ても見ないからもう。一切見ない。
「だってさっきも言ったけど知りたいんだよ。私が好きなカズミの好きな子がどんな子が知りたいだけじゃん。電話しようかと思ったけど喋ったらイライラしそうだから」
…なんて返せばいいの!?ていうか私が今まさにイライラしてるんですけど。
迷ってるうちにまた来た。すごいなサカモトナツミ!怖いよサカモトナツミ!
「チイちゃんとカズミの事ツイートしてもいい?」
私は今までに無かった速さで返信する。「だめ!絶対ダメだよほんとごめんなんかいろいろ。ほんとにそれだけはやめといて!ホントにお願い!」
「でもさ私以外の子がもういろいろ上げてるかもよ?カズミの事好きな子多いもん。噂ってひろまるからねえ」
「だとしてもナツミちゃん、」と打ちかけてナツミちゃんを消して、「ナッチー止めといてお願い!」と送る。
「どっしよっかな~~」
うざっ!!「ほんとごめん!絶対止めて!取りあえずおやすみ!」
「取りあえずおやすみっていうのがチイちゃんらしいからまぁ今日は私も止めとくわ
おやすみ」
…終わった?
これで本当にに終わりかな?じっとしばらくスマホを見つめる私。
鳴らない。
もう鳴らないよね?
…良かった!やっと終わった。ごめんサカモトナツミありがとうサカモトナツミ。全体を通してかなりウザかったけど、嫌な事や意地悪な事は言って来なかったし、本当は良い子なのかも。わかんないけど。
はあ~~…とため息をついたところに電話が鳴った。
また?またサカモトナツミ?と思ったらキダカズミ。
え?どうしよ…と思ってるうちにすぐに鳴り止んでしまった。何だろう…昨日も電話あったけど…でもすぐ鳴り止んだし…用事あったらまた来るよね…お風呂入ろうかな…考えながらごそごそその辺を片付けていたらまた電話が鳴った。
キダカズミからだ。