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校長とフクロウ

 仲間班と言うのは私たちの小学校にあった、1年生から6年生までを2、3人ずつ縦割りで分けて、春の歩き遠足とか、七夕飾り作りとか、秋祭りの用意とかいった校内活動をする時の班の事だ。6年生が1年生の面倒を見て、5年生が3年生を、4年生が2年生を世話する。先輩が同じ小学校の1年上の学年にいたと言ってくれても全く覚えていなかった。

「オレが直接面倒みてあげたわけじゃないけど。それに何年の時だったかも確実には覚えてないけどさ」とマキ先輩。

「いえ…すごいですよ…それだけでもよく覚えてますね…すみません。私覚えてなくて。先輩ってすごくその頃からしたら変わりました?」

「変わった変わった。すげえ背も低かったけど今はこんなにかっこよくなりました」

「…はい」

「はいって…」と困ったように笑う先輩の顔は優しい。

 ちょっとチャラい感じは出してるけど、ちゃんと面倒は見ようとしてくれてるような気はするし、モテると思う。さっきからキダの横の女子の先輩もメッチャ見てるし。

「これ食う?すごくうまいんだけど」

マキ先輩が焼きそばパンの次に出したチョコレートワッフルを私の口の前に差し出す。

「かじってみ?」

 いやぁ…確かにおいしそうだけど…そんな、かじれるわけないじゃん。

「いえ、大丈夫です」

「じゃあ飲む?」

マキ先輩が飲みかけのイチゴオレのストローの指してある方を私に向ける。

「いえ!いらないです!」

飲めないよね、そんなの。何言ってんだ先輩。第一イチゴオレは好きじゃないし、2年の女子の視線もあるし。


 距離が近すぎるのが『うわっ』ってなるけど、マキ先輩は喋りやすい。呑みかけのイチゴオレをすすめられても、そこまで気持ち悪さは漂わないばかりか「もう~~~!」って感じではっきり断りやすい。チャラそうに見えても、そこはさすが先輩、馴染みやすく喋りやすいように接してくれているんだと思う。万田小で仲間班一緒だったって聞いてから親しみやすさが確かに増したし。



 そして昼休みも後15分という頃にやっと校長が現れた。もうみんな弁当を食べ終えようとしているところだ。

 校長は狭い隙間をごそごそと、「あ、ごめん。はい、ごめん」と言いながら校長の机の所まで進んで来た。

「ごめ~~ん」と校長は、一同を見渡して友達にでも言うように言った。「図書室の奥で、昨日見つけた校内でスマホいじってた子の反省文を読んで添削して、担任に指示してたら遅くなったっちゃったんだよね~」

ああ、高森先生が苦々しく言ってたやつだな、と思う。


 「言語道断だよね」と校長が私たちを見据えながら言った。「言語道断て言葉はね、仏教的な意味で言うと『根本的な真理が言葉で説明しつくせないこと』って事なんだけどね?」

皆を見回すが誰も何も言わない。うなずきもしない。

 今校長、根本的な何って言ったっけ?

「スマホとかね、まぁ使ってもいいじゃん、て事だよね」校長が続ける。「でも使わなくてもいいじゃん。て事なんだよ。校内ではね。そりゃ家に帰ったり、塾とか、待ち合わせとか、連絡に使うのは当然だけど、学校では休み時間に直接その相手のところへ行って、やっぱり話は直にした方がいいんだよ。スマホで連絡とかはよくないよ。面白くない。違うクラスにもどんどん行って話をした方がいいしね。その人に会って話す。くだらない事も大切な事も。告白とかもねスマホを介在させずに連絡が密に出来ない方がドキドキするに決まってます。昼休みに呼び出しかけたりね、今日一緒に帰ろうとかね、会いに来てくれて、そしてこっそり他の子にバレないように、あるいはわざとバレるように口で言われた方が女子は嬉しいんだから」



 さらに続ける校長。

「今ね、現代を舞台にしたラノベを書く上で一番難しいのはスマホの存在だと思うんだよね。すぐ連絡つくでしょ?面白くないし。登場人物の会話もそんなにいらなくなっちゃうんだよね。ラノベだけじゃなくてマンガもそうだよね。本当に現実に忠実に書いていったら、もうマンガの半分以上はスマホの画面のアップだけで済むような感じでしょ?」

 感じでしょ?ってみんなに聞いてるいるけれど、先輩方は誰も返事をしないし、無駄話をしている人はいないけれど、誰も真剣に聞いていないような気がする。目を瞑ったり、肩をユラユラ揺らしたり、退屈そうな素振り。いつもこんな感じなのかな。

 ていうか、入学式の時も思ったっけど、小学5年で担任だった桜井先生に似てる…


 「だからね」と校長はまだ続ける。「1年の子聞いてる?」

急に言われてビクッとする。隣のスズキ君も同じようにビクッとしていた。

私たちが返事をする前に校長はまだ続ける、「わざわざ昼休みに呼び出して遅れて来たかと思えば、何の話を始めてんだ校長、と君らが思うのは無理ないよね。いや、だから今は異世界モノが氾濫してるんだと思うんだよね。ネット小説とかでも」


「本来ならね」まだ続けるのか校長。しかもネット小説の話をなんで校長が…

「異世界モノっていうのは難しいはずだと思うんだよね。読者に違和感を感じさせずに異世界に引き込むっていうのはすごい表現力筆力が…」

 そこで一人の、たぶん3年生の先輩が声を上げた。「校長先生。お話の途中でアレなんですけどもうチャイム鳴ります」

 「あ~ごめんごめん」と校長。「まぁそういうわけだから、君らは校内ではスマホは絶対使わないようにしといて。じゃないとめんどくさい事になるよ~~」



 そして校長はおもむろにクローゼットを空け、中に右腕をぐいっと突っ込みゆっくりと出した。校長の右手のひじのあたりにはずっしりと、30センチ程も身長のある、灰色に白い毛が混じった大きな、ずんぐりとしたフクロウがとまっていた。ぎょろりとした目玉の、人間だったら白眼にあたる部分が黄色い。

 クローゼットの中で飼ってるのか!?

 

 「はい、ギンイチ君です」校長が右手をヌッと突き出すようにして言った。「ギンイチ君、みなさんに挨拶しましょう。今年もよろしくお願いしま~~す」

右腕をちょっと上下させる校長。腹話術風だ。ギンイチっていうのがフクロウの名前か。

 え~と?と、校長がそのままの体勢で私たちを見回す。

 …今目があったけど、フクロウと。

「1年の…新しい子たち3人、高森先生と水本先生があみだで負けて飼育委員になった3人。こっち来て」

校長が私たちをチョイチョイと左手で手招きした。その動いた校長の指先をぐっと首を回してじっと見つめる憮然とした態度のフクロウだ。超偉そうで、超目つき悪いんですけど。


  

 「はい」と校長が、そばに寄った私たち3人に、グイッとフクロウを差し出すように右手を差し出した。私たちはそろって後ずさる。プルプルと震える校長の腕。

 「重いんだよね」と校長が言う。「持ってみる?」

ぶんぶんと首を振る私たち。

「そう?」残念そうな顔をして見せる校長。「このギンイチはやまぶき高校の守り神なんだよ」

ぽかん、とする私たち。さっきはラノベについて力説してたし、フクロウを守り神とか…

「もう精霊みたいな感じだから」と校長は諭すように言う。「ギンイチ君は喋れるし、人の心が読めるしすごい意思表示してくるから」

さらにきょとん、とする私たち。

「いやそれは嘘なんだけど、」と校長が言う。「出来ないからね。軽い意思表示はできるけど、喋れはしないから。面白くないけど言ってみただけだから」

 いったい何!?と思って私たち3人は目を見合わす。先輩方をチラチラ見るけれど、みんないつの間にか雑談を始めていてこちらを見ていないばかりか、ガタガタと机の片付けを始めたところもある。



 「フクロウの世話はね、別にいらないんだよ。餌も私がやってるし。君たち飼育委員の仕事はギンイチに話を聞かせる事だから。その日あった事とかね、食べておいしかったものとかね、入れ込んでるバンドの事とかね、好きな子の事とかね」

また顔を見合わせるが、私たちの顔はさっきよりもずっと怪訝な感じに変わっている。校長はふざけているんだろうか。

 なんでわざわざ弁当まで持参してこんな狭いところにぎゅうぎゅうづめにされたあげく、こんな微妙に嘘か本当か、冗談か悪ふざけかわからないような説明聞かなきゃいけないんだろう。他の飼育委員聞いちゃいないし。

 世話をしなくてもいいのは良かったけど、フクロウに話を聞かせる事なんてどうかしている。



 「いや、」と校長が言った。

真っ直ぐに私の目を見て校長が真面目な顔で言った。

「そう思うのは無理ないけど」

「…」

目を見張ってしまった。そう思うって、校長は私が何て思ったかわかってるの?

「まあ頑張ってみてよ木本チサさん」

校長に名前を覚えられてる!

「女の子は素直なのが私は好きだよ」と校長は私の目を見て言う。「それでも要所要所である程度のツンデレ感は出していくのも必要だよね」

「…」

「それで」と校長。「君がキダカズミ君。そしてスズキリョウ君」

「はい」とスズキ君。そしてうなずくだけのキダ。私たち3人を順番に何回も見る校長。

「はい!」急に校長が部屋全体に大きな声を張り上げたのでビクッとする。「じゃあ解散ね!みんな今年もよろしく!」

校長の張り上げた声を丸無視して机と椅子を片付け続けいた先輩方はもうとっくに解散していた。

 なんだったんだろう、さっきの校長の、私の心を読んだかのような…




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