可愛い
「髪、」と私の顔を見るなりキダが言った。「くくんないのも可愛いな」
…ふわ~~~…コイツ…『おはよう』を言う前にとんでもない事口走った!
「あらあら、キダく~ん、」私ではなく母が喜んでいる。「女の子の変化にすぐ気付いてすぐほめるって、すんごいカッコいいよ。うちのお父さんなんか私がどんな髪型しても…」
「お母さん!」私は口に人差し指を当て、母を黙らせる。「もう行くから!」
でも母は手強い。「今日は昨日よりは結構早っかったしまだいいじゃん。キダくん、お茶でも飲む?」
いえ、と少しかしこまって答えるキダだ。
良かった。そこはちゃんと断ってくれるんだ。
けれど立ち上がったキダに、「ねぇキダ君」と母が呼びかけるので私がドキリとする。
「昨日は帰りも送ってくれたんでしょ?ありがとうね」
「はい」と答えるキダ。「委員会が一緒だったんで」
「そうなの?そんな事チサ、1コも教えてくれないんだよ」
ニッコリと笑うキダ。それに微笑み返して、私に『うんうん』とうなずく母。
結局一緒にキダと登校だ。
なんでかな…どうして私はうまく断れないんだろう。
いや、ちゃんと断ったよね。昨日の帰りも、夕べの電話でも。
そして母にも「何さまのつもり」って言われたけれど、実際私が迎えに来ている側だとしたら「先に行って」は酷いと思う。思うけど、私はアポ無しでは、例え仲良しのアコちゃんの家にでも朝突然迎えに行ったりはしないし、人見知りのヘタレだから、相当親しくしている子じゃないとなかなかそういうアポさえも取れないと思う。
中学の時は自転車通学で遅刻しそうになりながら一人で登校してたし、小学校でも集団登校がない地区だったからずっと一人で行っていたくらいだから、たまに誰かと会って途中から一緒に行くとなっても、間がもたないような気持ちになってソワソワするのだ。
でもだんだんキダにはソワソワしなくなってきた。
「なあ、オレこっちの方が好きかも。木本の髪型」とキダが言う。
が、すぐ続ける。「やっぱどっちもいいかも」
「…」
ぶわっと赤くなってしまう。
うわ~~~…
って、あれ?違う違う危ない危ない。こんな、女子が嬉しくなりそうな事を簡単に口にするキダがおかし過ぎる。彼女いなかったって言ったし、イケダもそうだって言ったけど、やっぱり中学で誰かと仲良かったかもしれないし。わからないもんね。だって中学の時のキダの事知らないんだから。知ってる少しの事だって聞いた事だけ、私が実際見たわけじゃない。
私がずっと知ってる子ザルのキダカズミは、そんないかにも女の子が喜びそうな事なんて絶対に言えない。…はずだ。
違ったのかな…
ちらっと見ると、それに気付いてニコニコ笑い返してくる。
…素なの?こんな事普通に言えるようになってんの!?
「木本の母さん、やっぱ良い感じだよな」とキダが言う。「迎えに行ったりすんの、もっと嫌がられるかと思ってた。むかしホラ、謝りに行ったりしたしな。あ、でも木本の母さんは謝りに行った時もいい感じだった。嫌味な事とかも言われんかったし」
「…嫌味な事言うお母さんとかいたの?」
「そりゃいるだろ」
「じゃあ悪ふざけとか止めれば良かったのに」
「あ~~…まあな。今思えばだな」
『今思えばだな』って前にも聞いたな。
まあ悪ふざけもたくさんされたけど、でもクモとかヘビとかトカゲとか、私が本当に苦手なもので嫌がらせをされた事はなかった。そう言えば1回、ランドセルに付いた1センチくらいのクモを取ってくれた事あったな…。その後すぐ大きなトンボを捕まえてきて、私の目の前、鼻すれすれに見せに来たけど…
…でも今は子ザルじゃないし、ちょいちょい変なところはまだあるけどそこまでじゃない…
じゃあ小学の思い出がなかったら、こいつってタダのカッコいいヤツになるのかな?
いや。ならないならない。何を血迷ってるんだろ私。小学の時の思い出があってのキダカズミ。そして小学の思い出があってキダは私のところに来てるわけでしょ?
でもなぁ…このままずるずるキダが飽きるまで一緒にいて、でもそれでその後どうするんだろう。アコちゃんはスズキ君に告ったっていうのに。
「いつまで続けるの?」ふと思った事を口にしてしまっていた。
「へ?」
キダがまじまじと私の顔を覗き込む。
そうか。やっぱり思ってる事ちゃんと言おう。
「…ごめん。いつまでこうやって迎えに来たりしてくれるんだろう、ってちょっと思ったから」
「よくわかんねえな…迎えに来ないでって言ってみたり、今みたいにずっと迎えに来て欲しいみたいな言い方してみたり」
「いや、そんな意味では言ってない。カズミ君と一緒に学校行ったりすると、いろいろ見られたり何か言ってくる人も多いんだよ。それでほら、カズミ君飽きっぽかったじゃんいろいろ。だから迎えに来るのとかもそのうち飽きるでしょ?」
「は?」
「や、それはいいんだけどね、その時にまたいろいろ言われたりするとイヤって言うか…ぶっちゃけめんどくさいっていうか…」
「それはずっと迎えに来いよって事よな?」
「違うって。人の話聞かないよねむかしから。カズミ君と一緒にいて、無駄に人に見られたりいろいろ言われたりするのがイヤなの」
「イケダとかに?」
「違う!女子に!何言ってんのもう。カズミ君遊ぶ時も一人だけコロコロ遊び変えて、急に違う事始めたりしてたでしょ?」
「あ~…まぁな、それはやりたい事があり過ぎたせいだな。っていうか、それは遊びの事じゃん。木本の事と一緒にすんな」
…本人に向かってそんな言い方しても。
それでそう言う事言ったって、一つの事が長続きしないでしょ?他に気になる子が出来たら、すぐそっちに行くんじゃないの?
「っていうか、ほんとはな」とキダカズミが静かに言う。「木本ががほんとの本気で嫌がり出したら、やっぱいったん距離おいて、別のとこから距離縮めようかなとは思ってた」
「…」
キダカズミを見つめてしまう。
「見んなって、そんな風に。ぶつかるぞ前」キダが言う。
そりゃ見るでしょ。本気でそんな事言い出してんのかどうか確かめなきゃいけないじゃん。
そう言えば今朝お母さんが言っていた。小学の時に私が家に帰ってその日あった事を話す時に、キダの話を結構してたって言うのを。
…ほんとにそんなに話してたかな。
キダに聞いてみる。「小学校の時、何を考えながら人のペンケースとかにカエルとか虫入れたりしてたの?」
「あ~あれな。男子には結構受けてたな」
「私女子だからね一応」
「カエルは入れた事なかったろ」
「青虫入ってたって。3回くらい」
「あれ、」と少し恥ずかしそうに言うキダ。「女子にやったの木本にだけだから」
いや全然嬉しくないですけど!