私の妄想
キダカズミの最後の『おやすみ』の言い方が優しかった。私結構無下に明日の約束を無しにしたのに。それでも優しかった。気持ち悪いくらいに。
…何を流されてるんだろう私!気持ち悪いくらいに、って実際気持ち悪い事言われたんだった。グラビアのやつ、私で想像するって。
明日来るのかなやっぱり。
小学生の時の子ザルのキダを思い出し、夜に電話で、こんな感じで話すようになるなんて、と思う。アコちゃんとの話の後で私の雰囲気が変な事にもすぐ気付いてた。やっぱり変わったんだな小さい頃とは…
いや。
いやいやいやいやいや…またすぐ何ほだされんだ私。
あんな妄想の話されたら普通ならもっと気持ち悪いはずだよね。実際気持ち悪いとは思ったけど、心の底から嫌悪するって感じじゃないのはなんでだろ…。バカなんじゃないのっていう気持ちの方が強いからかな。小さい頃とは違う感じでヤバいのかもしれないけど、…ヤバくないのかな。男子ならそれくらい普通かな。ニシモトもそんな話してたし。いやぶっちゃけ私もスズキ君とチュウするところとか抱きしめられたりとか妄想してたりするけど…それ以上は…それ以上の事はなんか全然現実味がわかない。
え…て事はスズキ君も?スズキ君もそんな妄想を…
誰でしてんだろ!?
スズキ君はいったい誰でそんな妄想を…うわ、アコちゃんで妄想してるスズキ君を妄想しちゃったよ…
アコちゃんの告白の話からキダの電話。
誰かにこの全部を相談したいけど誰にも言えない。全員のむかしと今の様子を知ってる話しやすい人なんてイケダくらいしか思い浮かばないけど、イケダはただただ無駄に面白がりそうだからもちろん話せはしない。
いや、これでも私、結構冷静じゃない?私の今一番好きな人に、一番中の良い子が告白をしたのに。
アコちゃんがスズキ君を好きなのは仕方ない。だってスズキ君はきちんとした、そして理想的な男の子らしい好感の持てる男の子だから、きっと他の子だってスズキ君を好きになる。告ったのも好きなら当然なんだろう。それでスズキ君がアコちゃんを意識し始めて、だんだん好きになったとしても仕方がない。嫌だけど。嫌だけど仕方がない。アコちゃんだって可愛くて良い子だから。アコちゃん、ちゃんと話してくれたし。
でも…あ~~~…と思ってしまう。
スズキ君とアコちゃんてお似合いかも。嫌だけど。嫌だけど良い感じ。だって今でも結構仲良さげだし。
明日からどうしよう。スズキ君に対して挙動不審になったりしなければいいけど。そしてアコちゃんに対しても感じ悪さが出たりしなければいいけど。普通にするって思ったけど無理っぽい。
ぐるぐるぐるぐる、アコちゃんとスズキ君の事と、そしてキダとの電話を繰り返し考えながら眠ったら、アコちゃんとスズキ君とキダの夢を見た。
学校で昼休み、その3人と私でお弁当を食べていて、私以外の3人がお互いのお弁当を交換し合ったり、アコちゃんが手に持っているおにぎりにスズキ君がかぶりついたりしているんだけど、私だけは私のお弁当を食べるという夢。羨ましくて私も、スズキ君のお弁当をちょっとつつかせてもらいたいのに、言い出せない。そして誰も私のお弁当だけ食べてはくれない。キダもだ。私の事を好きだと言ったキダさえも食べてくれない。キダがアコちゃんとスズキ君を見て笑っている、という夢。
目が覚めた後も寂しい気持ちを引きずる夢だった。
そして暗い気持ちで目を覚ましたのだがでもどうした事だろう。6時は無理だったが6時20分に起きれた。
こんなに早く起きれたの久しぶり!やれば出来た!
「チイちゃんさあ」とお弁当を作ってくれていたお母さんが、おはようも言わないうちに笑いながら聞いてきた。「昨日、帰りもキダ君に送ってもらったでしょ?家まで」
「え…」
「マスダさんのおばさん見たって言ってたよ~~。さっき朝一でゴミを捨てに行ったら朝一なはずなのにバッタリ会ってビックリしたんだけど、そんなとこ見てたとか言い出すから余計ビックリした」
やっぱり見られてたか…おばさんどこから見てたかな…
「シムラさんのおばさんに『キモトさんとこのチイちゃんがイケメンさんたちに送られてた』って言ってたらしいのをタナカさんのおばさんから聞いたって」
「マジで!」連絡網すごい。
そう話していたら洗面所にいた父がキッチンに来た。もう着替えている。家を出る時間が早いのだ。
「昨日一緒に行かなかったけど帰りは一緒だったんだねえ」
「…」
「キダ君今日も来てくれるんでしょ?」
「誰?」と父。「キダ君て」
「彼氏」と素で答える母。
「違うよ!彼氏なんかじゃないよ!」
私が急に大きな声を出したので一瞬父がビクっとした。
もう~~~~~っ!!なんでお父さんのいる前でキダの話出すかな。わざとだよね!
「あ、そう」と母。「それで今日こそ先行こうと思ってこんな早く起きてんの?」
「ふん?」父が睨む。「いつも一緒に行ってんのか?」
「…いつもではないよ。引っ越して来てすぐだったから一緒に行っただけ。お父さん、遅れるんじゃない?」
「気を引きたいの?」と母。
「…はあ?」
「キダ君せっかく迎えに来てくれるのにちょっとツンツンして気を引きたいの?」
なに聞いてくれてんだと思ってぶんぶんと首を振った。「ううん!そんな事全然ない!」
父がキダの話を気にしながあ慌ただしく家を出た後、「お母さんはキダ君好きだけどなぁ」と、母がわざとらしく、たいして小さくもない声で独り言のようにそう言った。
「お母さん、ほんと止めて。お父さんが何かすごい気にしてたし」
「そりゃ気になるよ。一人娘に彼氏出来たら」
「だから!彼氏でもなんでもないの!お父さんに余計な事言うのほんと止めて!」
「お母さんも高校生の時にあんなカッコいい子が迎えに来てくれてたら、遅刻なんかしないで夢のような高校生活がおくれてたはずなのに」
ああ、そう、お父さんに教えるぞ、と思うが口には出さない。
夕べの切ない夢を思い出してしまう。夕べあの後も、今朝もまだ、アコちゃんからはラインがない。
「あんたもむかしはよくキダ君の話、してたよねぇ?」
「は?…私が?」
「今日こんな事された~、あんな事された~~、とかって」
「小学生の時?私が?…してないでしょそんなの」
「してたって。ちょっかいかけられてるけど気になってるのかと思ってた。それで高校になってから迎えに来てくれたからお母さん結構、おお~~と思って」
嬉しそうに話す母だ。
私が?キダの話を?
「でもそりゃするでしょ?キダって変な事ばっかしてたんだから」
「別にキダ君の事ばっかりじゃなかったけどさ」と母。「むかしは学校であった事もいろいろ細かい事まで教えてくれてたのに寂しいわ」
なんだ、そういう事か。じゃあよく覚えていないけどキダの事も話してたのかな。だって本当にキダカズミは毎日変な事ばっかりしてたから、結果的にキダの事を話す事が多かったんだと思う。そりゃお母さんにも印象残すよ。
「結構嬉しそうに話してたよね」と母。「キダ君の事」
「そんな事はないよ」そんな事あるわけないし。
「そう?」意味ありげな笑顔を浮かべるお母さん。
嫌だな、お母さん。
今日はせっかく早く起きれたし、早めに家を出ようと思うけど、ちょっと髪の毛もちゃんとしていってみようかな。
今さらだけどスズキ君に良く思われたい。アコちゃんみたいに告れないけど、ほんのちょっとでも対抗したいのだ。
母のヘアアイロンを借りて寝ぐせを直し、今日はちょっと髪をくくらずに行ってみようかと思う。スズキ君が「あれ?キモト髪そのままのも可愛いじゃん」とか思ってくれないかな。…思って欲しい!
スズキ君はアコちゃんに好きだって言われて正直どう思ったんだろう。
スズキ君はどんな気持ちでアコちゃんに「ありがとう」って返事をしたんだろう。
そこへドアチャイムが鳴った。
え、嘘まさか…
「はぁぁ~~い」とお客さん用の声を出す母。
そのまま玄関まで行ってドアを開け、「おはよう!」とやたら明るく声を張る母に「はよーございます」と答えているキダの声が聞こえて来る。
早っ!
「今日早いねえ」と母。「チイちゃんも今日はちゃんと早めに起きれてたよ~」
母!また余計な事を。
「チイちゃ~~ん」と私の方へ母が声を張る。「ほら~~キダ君今日も来てくれたよ~~」
「お母さん!」と私は母を呼ぶ。「ちょっと中来て!」
「なぁに?」嬉しそうなお母さんが私のところへ来る。
「…先に行っといてって言ってくれないかな」
そう言ったら母は一転、鬼の形相だ。いやおおげさじゃなくて。本当に一瞬で怖い顔になった。
「あんた、せっかく!せっかくよ?朝からちょっと遠回りして、しかも女の子のところに勇気を出して、好意で迎えに来てくれてる男の子にそんな事言える母親はいないって」
「…」
「言うなら自分で言いなさい」
「わかった」と言って玄関へ向かう私を肩を母はむんずと掴んで止める。
「バカじゃないの、何様のつもり?」
「だって自分で言いなさいって今…」
「だからってほんとに言うバカいないでしょって。私は娘をそんな風に育てた覚えはないんです」
なんかイラつくわ母。