気になる
キダカズミは小学生の時、特に3、4年生の時が一番ひどかった気がするけれど、とんでもなく問題のある子どもだった。私はなんと4年から6年までキダと同じクラスで、毎日のようにいろんな先生から注意を受けるキダを見た。3年の時は一緒のクラスじゃなかったけれど、キダは立ち歩きが多くて他のクラスにもガンガン入って来ていたから学年の有名人だった。そして毎日のように…じゃなくて実際一時期は毎日、私を含めクラスメートたちはキダからいろんな被害を被った。
授業中ふいに教室から出て行く事はしょっちゅう、窓からの出入りも日常茶飯事で授業は1日数回は必ず中断したし、担任がキダを追いかけるために、すぐ自習になったり他の先生が代わりに来る事もしばしば。校庭の木にはもちろん登り、池にも入って魚を獲り、昼休みに家に帰ってそのまま帰って来なかったり、土日に螺旋された鉄柵の入口を乗り越えてプールに忍び込んで泳いだり、川で捕まえてきた魚をやっと育ったメダカの水槽に放ったり、クラスメートのランドセルにカエルを入れたり、飼育小屋のウサギを勝手に教室に連れて来て走らせたり…言い出したらきりがない。
隣の席になった事も何回かあって、席が隣じゃない時もだったがいろんなちょっかいを掛けられた。ランドセルにカエルはなかったが、私のペンケースの中に10匹くらいのテントウムシや、小さい青虫やわりと大きめの芋虫を仕込んだり、こぶしの中に掴んできた蝶を私の目の真ん前で放ったり、机の上に広げていたノートの上に10センチくらいあるトノサマガエルを、いきなりボン、と置かれた事もあった。濡れたカエルの体の水分、というか粘液みたいなものがノートに付いて、そのノートは気持ち悪くて使えなくなった。驚いて目を見開いて叫ぶ事も出来なかった私にキダカズミは言ったのだ。「ほら、これめったに見れねぇやつだから」って、見せてやったぞって感じで自慢げに。
運動会の時に「ハンカチ貸して」って言われて、貸してあげたお気に入りのハンカチに血と泥を付けられて返されたり、体育帽を私の頭からわざわざ取ってそれでバッタを捕まえたりした事もあった。
本当に切りがない。
それでも不思議な事にキダは誰からも嫌われてはいなかった。男子はキダと騒ぐときはすごく楽しそうだったし、女子の中にはキダに何かされるのを喜んでさえいる子さえいた。キダは小さくてすばしこくてなんでも面白がって目立って、それに可愛い顔をしていたから単純な小学生女子には人気があったのだ。
まあ私は絶対に喜んだりはしていなかったけど、それでも隣の席の時期もあったし、女子の中では結構ちょっかいをかけられる方だったと思う。驚いたり、泣いたりしたらキダが喜んで、もっと絡んでくるんじゃないかと思って、何をされても出来るだけなんの反応も見せないように頑張っていた。まあ5、6年になったら少しは落ち着いて来たから、今こんな風に成長してるって事は中学に入ったらもっと落ち着いていったのだろう。
ほんと変わったよね。見た目も。
想像出来なかったよね。
出来るわけがない。今隣を歩いていても信じられない。
私だけじゃなくて誰も想像出来なかったと思う。小学生の時のキダを知っている人はみんな、キダがこんな風にきちんと制服を着て、時間に間に合うように学校に行く姿なんて。っていうかあのキダが高校生になるとか。
いや私もあんまり成長してないのに、わ~~~私高校生だ~~~って思ってたけど、キダが高校生とか。こんなに背が高いとか。うちのお母さんも言っていたけどほんとモデルみたいな…
チラっと横を見た私に気付いてキダがウソみたいに優しく微笑んだので慌てる。
…なんだろう…成長したなって思ったけどやっぱ違和感感じる。
違和感ていうかなんか…別人?ちょっと怖いくらいな…やっぱりこれ、本当はキダじゃないとか。…じゃあ誰だこれ。
「え、と…ごめん、今日って本当はなんで迎えに来てくれたのかな」
聞いてしまった。昨日の入学式に参加出来なかったから、なんか不安で今日は私と一緒に行きたくて迎えに来た、みたいな事を母には言ったらしいけど、そんなの有り得ないし。急に迎えに行ったら私がびっくりすると思って来たに決まっている。
少し驚いた顔をしたキダはすぐに嬉しそうに笑った。
ほらね!やっぱり『お?バレたか?』みたいな感じだよ。
急にうちに来ても全然驚いてないからね。私は。
…いや本当は驚いたけど。驚いてしかも隣を歩きながら、これがキダカズミだってまだ信じられないんだけれども。
でも相手のリアクションで楽しみたいんなら、もっと仲良かったイケダとかタカギとかの家に行ったら良かったんだよ。イケダたちだったらもっとすごいテンション高く大騒ぎしてみせたと思うけど。
それともイケダたちならキダが帰って来てる事知ってたのかな。私は誰からもそんな話聞いてなかったけど。
「明日も迎えに行くけどな」とキダが言った。
「え?」
思わず立ち止まってしまった。
「明日も迎えに行く」
「…」
返事をしない私をじっとキダが見つめて聞いた。「嫌なん?」
嫌なん?て聞かれても…
別に嫌ではないけど困るよね。そんなに話続かないし。きっと他の子たちに『あの子男子と一緒に来てる!』って思われそう。
…付き合ってるのかとか思われたらどうするんだろ…
思わないかなみんな…別に男子と来たってそこまで思われないかな…。いや思う人もいるよねきっと。
「なあ、嫌なん?」とキダ。
いや、まず今日の事をはっきりさせなきゃ。
「今日来てくれたのは私をびっくりさせようとしたの?」と聞いてみる。
「あ~~、まあそれもあるけど普通に一緒に行きたかったつか」
普通に一緒に行きたい…心の中でキダの言葉を繰り返す。
『普通』って言葉をキダでも使うんだ…
「なんか不安じゃん最初行くとこって」と言うキダ。
「…」
いや、だからキダがそんな事言うなんて…
「なんか」とキダ。「今の聞き方、可愛いかった」
「は?」
なになに?今なんて言った?『可愛い』って聞こえたけど聞き間違いか。
「なんかほら、ソワソワすんじゃん緊張すると。ソワソワすんの嫌じゃん」
「…カズミ君が?緊張とか嘘でしょそんな事全然ないよね?」
言いながら、いや、と思う。今『可愛い』って言ったよね?
「ほんとほんと」と軽く言うキダ。「だから一緒に行きてえなって思って」
「…」
絶対本当じゃないと思う。
だいたい不安なのは私の方だ。
一緒のクラスに同中の女子はいない。男子もスズキ君だけ。スズキ君と一緒のクラスになれたのは相当ラッキーだけど、やっぱり女子の同中出身がいないのは心細い。…明日からのお昼、どうするんだろう私。別クラになったけど、仲の良かったアコちゃんが誘いに来てくれないかな。でもアコちゃんのクラスには同中のナカイさんがいた。
「カズミ君とこは一緒のクラス誰がいたの?知ってる子いた?」と聞いてみる。
知ってる子がいなかったから、不安で私のうちに来たって事なのかな?
「あ~~誰かいたかな」とタダ。「あんまよく名簿見てねえ」
「え、そうなの!?さっき不安だって言ってたのに、そういうのは気になんないの?」
おかしいじゃん!と、そこまで言いたかったがそれは我慢した。
「木本んとこは?」とキダが聞く。
「うち?同中の子は一人だけだよ。でもカズミ君知らないと思う。小学は違う子だから」
「…へ~~」とじっと横から私を覗き込むキダ。「仲良いやつ?」
「…別に仲良いわけじゃないんだけど…」と答えながら頬が赤らみそうになる私。
今は別に仲良いわけじゃない。でも仲良くなりたいよね!
「…まさかの男?そいつ」
「え?うん。男子。でも優しい子だよ」
「優しい?」と言って私をまたじっと見る。「何で優しいってわかる?別に仲良くはねえつったのに。どんなとこが?」
「人当たりが柔らかい感じっていうか、男子でも女子でも変わりなく良い感じで接したりとか、あと気が利いて…」
キダが私の説明を遮って聞いた。「なんてやつ?」
「名前?スズキ君ていうんだけど、名前言ってもわかんないでしょ」
「ちっ」
え…今舌打ちした?
キダが真顔で言う。「今日行ったらまずそいつチェックするわ」
「…」
自分のクラスに誰がいたかは気にならないのに、私のクラスの事が気になるのか?