誤解?
水本先生はマキ先輩をなじった後私たちに近付いて来て言った。「僕が顧問やってるから。まあ今度ゆっくり見に来てよ。他の部と掛け持ちでもやれるくらいゆるいからさ」
「てか、もうこれがほぼ生物部みたいなもんじゃん」とマキ先輩が言う。「委員会とか言っちゃってるけど。去年とほぼメンバー変わんねえし。去年の委員会でキャンプやったけどもうそれで充分…」
キャンプ!?委員会活動なのに?
「なんかえ~と」と水本先生がマキ先輩をチラチラ見ながら私に言う。
「チサちゃんです」とマキ先輩が紹介してくれる。「1年の木本チサちゃん。名前で呼ばれんの不得意らしいから先生は苗字で呼んでやって。こっちのキダもなんかうるさいし。それとスズキリョウ」
「スズキです」とスズキ君が自分で言う。
「キダは知ってる」とマキ先輩に言う水本先生。「うちのクラスだから」
「マジか」とマキ先輩。
「イケメンだろ。すごいぞ女子の騒ぎ方が。なあキダ」
「…」返事をしないキダ。
「あ、キダとマキ、お前ら名前一緒だぞ。結構な偶然だな、世話する1年が同じ名前なんて」
「マジか」と小さい声で吐き出すキダ。
「この先輩はな」と水本が私たちに言う。「マキカズミ」
「キャンプって泊まりって事ですか?」
急に水本先生に質問したキダを凝視してしまった。
「そうだけど?」と水本。「楽しいよ。校長が県北に持ってる空き家を提供してくれてさ。空き家っつってもアパートなんだよね。黄色い外壁の。そこで合宿みたいな事すんの。いつも校長のフクロウの世話もオレらが手伝うから便宜図ってくれるんだよね」
校長のフクロウ?
めんどくさそうだなこの委員会。
でもキャンプか。それはスズキ君が行くならぜひ行きたいよね。スズキ君とキャンプとか魅力的過ぎ。
「なんか木本は」と水本先生が私の目をきっちり見ながら言った。「生き物の世話とか得意そうな感じがするなぁ」
「え?」ビックリして慌てて否定する。「そんなことないですけど!」
そんなことまで言って、どうにかして生物部に入れたいって事?高森先生にもそんな事を言われたけれど、全然そんな事はない。
猫とか犬とか、見るのは好きだけれど、触りたいとか世話したいとかは思わないから。
「どう?」と水本先生に聞かれる。「どう?生物部」
「いえ私、美術部に入ろうかなって思ってるので」
「絶対?」と先生。
「え?」
絶対とか聞かれると困るな。まだはっきり決めたわけじゃないし、副顧問が高森先生だから今ここではっきり美術部入るとか言ってしまうとマズいような気もする。
「すみません」とスズキ君が口を挟んでくれる。「オレら、別にすすんで来たわけじゃない、って言ったらアレですけど、うちの担任に結構勝手にこの委員決められて来たんで、部活の事まで話すすめられたらちょっと…委員会の仕事はちゃんとやるんで、生物部に入るのは今のところ無理だと思います」
ありがとうスズキ君!やっぱりスズキ君、頼りになるなぁ。カッコいい。私はダメだなぁ。人見知りで、ちゃんとはっきり断れない。
「マジか!…」落胆する水本。「君らの担任高森だもんな。決めるよな独断で。言うなよ、本人に」
1週間に一度、交替で水槽を掃除するらしい。
大きめの網を水槽に突っ込んでカエルをすくい、猫用のキャリーバッグに移しておいて水槽の水をポンプで入れ替える。中に入れている藻も半分は入れ替える。その藻も取りに行かなくてはならないらしいが、これはさすがに水本先生と飼育委員ベテランの3年生男子何人かでやるという事だった。
そして3年生の選ばれた先輩方が水槽の水の変え方をみんなの前でやって見せてくれた。次回の委員会で、水槽の掃除の組み分けと当番表が配られるらしい。
「キモトだけやたら生物部薦められてたな」
委員会が終わって生物室を出ながらスズキ君が面白そうに言った。
「うん。なんでか全然かわかんない」
「やさしそうだからじゃない?」
やさしいスズキ君にそんな事言われて素直に驚く。そしてかなり嬉しい、けどかなり恥ずかしい。
「そんな事ないよ」と、嬉しい心とは裏腹に否定する。「全然そんな事ないから。私全然やさしくないよ。犬とか猫も触るのはちょっと怖いのに、ドッジボールくらいのカエルとかマジありえないし」
ハハハ、とスズキ君が笑った。「そうだよな!オレもちょっとどうかと思うそのカエル」
「じゃあスズキ」と、キダが言う。「お疲れ。オレら帰るわ」
せっかく一仕事終えてスズキ君と談笑していたところにキダが割り込むように言った。
「あ~」とスズキ君が言う。「そっか、二人一緒に帰るんか」
「違う!」と勢い込んで否定する私だ。「なんでカズミ君そんな事言うの!?」
「え、木本…」と私の強い言い方にスズキ君が少し驚いている。
「だって別に一緒に帰らない」
「そんな木本…」とスズキ君がキダの事を気にしながら言う。「そんな感じで言わなくても…」
「だって…帰る方向いっしょだけどカズミ君と一緒に帰ったら女子に騒がれるし、カズミ君中学の時に彼女いたって聞いたけど?」
言っちゃえ、という気持ちで言ってしまったよね。だってせっかく良い感じで話してたのに、スズキ君がキダの味方するから。
「いねえわ彼女とか」とキダが言う。
「いたって聞いたもん。なのにわざわざ私と帰んなくていいでしょ?」
「だからいねえって」
「いや…」と、スズキ君がどうにか口を挟もうとするのを私が遮って言った。「だってイケダが言ってたもん」
「イケダが?」とキダ。「何か間違ってんじゃね?」
「うん」とまたスズキ君が口を挟む。「間違ってると思うオレも」
なんでそんな事をスズキ君が言う?
「だって」と少し恥ずかしそうに言うスズキ君。「イケダは面白そうに、キダはずっと木本の事好きだからって言ってたけど」
なぜそれをスズキ君が恥ずかしそうに話す?
「それいつの話?」とスズキ君についキツい感じで聞いてしまった。
「え、昨日公園から帰る時。イケダがなんか保護者みたいな顔で言ってた」
だってイケダは私に言ったのに…『副会長が彼女』って。どういう事なんだ。私をずっと好きでいたけど離れてたから中学で近場の女子を彼女にしてたって事?
なんだそれは!!何様だキダ。
「え~と、」とスズキ君。「じゃあまあケンカしないでって事で、オレはこれで」
…好きな男の子に別の男子と帰るように気を使われる私…しかも本当に私の事を好きかどうか怪しいヤツと。切ないな!
「お疲れ。キモトまた明日。キダも」
爽やかだなスズキ君こんな時でも。
副会長が彼女って言ってたし!とまだ思う私。
まあいいけど、どうだって。私に関係ないし。でもそんなキダと二人で帰るのはどうかと思う。
「ま、いいけどな」とキダが言った。
はあ?何その言い方は?私がまあいいけどって思ってんだって!キダまで同じように言うな!
「なぁなぁ」とキダがパッと変わった明るい声で言う。「オレ、生物部入りたいかも木本と一緒なら」
「はぁっ!?」本気の強めの聞き返しだ。
「キャンプ行きたい。あのマキってヤツはウザいけど。てか、もっとはっきり断れ。名前呼びされんの。気持ちわりい。オレだって呼んでねえのに意味わかんねえ」
「…」
「なあ、一緒にキャンプ行きたい」
「マジで言ってんの?」
「マジで言ってる。小4の山の学習も小5の海の学習の時も楽しかったよな。中1の山の合宿の時も木本が一緒だったらって思ったけどな」
こいつ、まだこんな事言ってる。それにまた一緒に帰ってるし私。
「だって別な部活入るでしょ?カズミ君、中学の時部活何やってたの?」
「バスケ」
「うまいの?」
「まあ普通」
普通か。
キダが言う。「県大会で3位とか」
「普通じゃないじゃん、すごいじゃんそれ」
「まあ中学人数少なくて部員ぎりぎりで頑張れたほうかも」
「すごいってそれ」
「そうか?」嬉しそうなキダ。
いやほめてる場合じゃなかった。
「それなら絶対バスケ続けた方がいいよ。絶対」
「そうか?」さらに嬉しそうなキダ。
バスケ部か。さらに女子に騒がれそうだな。まあいいけど。ほんとどうでもいいけど。
「応援とか来る?」と聞くキダ。
「私!?」
「なにそんなに驚く」
「だって…だってほんとにイケダが言ってたんだって。カズミ君には中学で彼女いたって。それなのに私を好きだって言うのおかしくない?」
「おかしくねえし、だいたいほんとに彼女はいなかった」
「カズミ君生徒会長やってたんでしょ?」
「あ~~…イケダが言ったん?」
「そう。それで副会長が彼女だったって」
「あ?」
ちょっと考えるキダ。
「それは…電話した時の話だな。イケダがむかし何かで電話してきた時、ちょうど生徒会の用事でみんないて、オレが話してた途中で電話とられて副会長やってた女子が悪ふざけてそういう事言ったっていう…たぶんそれをイケダが木本にちょっと言っただけだろ」
「…イケダがわざわざそれを私に言う意味もわかんないけど」
「ちょっと気になるん?」
なんで嬉しそうに言うんだ。「気にならない全然。関係ないもん私には」
「木本はスズキと一緒にキャンプ行くとこ想像してたろ?」
「…!」
「してたろ」じっと目を見つめてくるキダから目を反らしてしまう。
「木本、言っとくけどな。スズキと話す時には良いように思われようと思って話してるから、結構ブスになってるからな」
「ひどっ!!」
「ひどくねえわ。お前の方がよっぽどひでえ」