先輩
「「よろしくお願いします」」声を合わせたのは私とスズキ君だ。
「じゃあ、ちょっと…」と先輩が私を見つめて言う。「チサちゃん、オレの事1回『先輩』って呼んでみてくんない?」
「…」
「いいじゃんほら」
「「先輩」」
なぜかスズキ君とキダが声を合わせて私の代わりに答えてくれた。
「もう~~~~!」と先輩。「女子の世話だけしたいわオレ」
「先輩」とキダがキレ気味で言った。「さっき、コイツの事名前で呼ばないって事になりましたよね?なんでまた呼んでんですか?」
私が慌ててしまう。これから世話してくれる先輩になんて口の利き方してんの!?
が、先輩はキダに、からかうような調子で言った。「呼ばないとか言ってませ~~ん。オレは慣れない後輩を大事にしたくて呼んでんです…なんかお前ムカつく」
ちっ、とキダが舌打ちした。
こらこらこらこら…これからいろいろ教えてくれるっていう先輩に向かって舌打ちとか。スズキ君にまで迷惑かけちゃうよ…
「チサちゃん」と先輩。「オレは先輩なの。チサちゃんの事を『キモト』って呼ぶか『チサちゃん』て呼ぶかっつったら、だんぜん『チサちゃん』の方が、言ってても、周りで聞いててもほんわかしてていいと思うんだけど?なぁスズキ?」
「え」急にふられたスズキ君が少し驚いている。「…え~と…そうですね…本人がどう思うかだと思うんですけど」
ちっ、とキダが今度はスズキ君に舌打ちした。
バカか!スズキ君にまで舌打ちをするな。
「嫌?」先輩が改めてやさしく私に聞く。「オレは仲良くやっていきたいな~~」
「嫌ではないんですけど…」
親しみを持ってもらえるのはありがたいけど、初対面の、しかも委員会の男子の先輩から呼ばれるのはどうかな…キダに呼ばれるのも恥ずかしいと思っていた名前のなのに。
「お前オレには嫌がったくせに」口を挟むのはもちろんキダだ。
ハハハ、と先輩がキダを笑う。「なんだお前嫌がられてんの?」
「いえ全然」とキダ。
もうキダカズミ!先輩に良くない感じ出し過ぎ。
「あの!」気まずい感じの先輩とキダをどうにかしたい。「大丈夫です!…ちょっと恥ずかしいだけです。名前が…なんていうか私に似合わない可愛い感じだから」
「なんでなんでなんで」と優しく笑う先輩。「そんな事ないじゃん。いいじゃんチサちゃん可愛いんだから」
軽いなマジかこの先輩、という目で見てしまうと先輩が笑って言った。
「はい、まぁもういいや、とりあえず中にいるのは黒い牛ガエルの新種だから。背中に黄色いイボがあって、それがアルファベットのBの形してるから、オレらビイって呼んでんだよね。こんくらいあんの。ドッジボールぐらい?」
そう言って先輩は両手で丸い形をつくって見せる。
「…あの水槽にいるカエルの事ですか?」とスズキ君。「そんなデカいんですか?」
「それ絶対毒持ってますよね」と私。
ハハハ、と面白そうに先輩が笑った。笑った顔は結構可愛いなこの先輩。
「毒はないよ。大丈夫大丈夫。やっぱ可愛いねチサちゃん」
「ちっ!」とキダが今までで一番大きく舌打ちした。
キダ最悪。先輩に舌打ちとか本当にもう絶対怒られるから。そりゃちょっと馴れ馴れしくてチャラい感じだけど親切そうなのに。
「センパイ」キダが全く尊敬のこもっていない口調で先輩に言う。「こいつの事はキモトって呼んでくださいって」
「あれ?チサちゃん?」先輩はキダを指さしながら言った。「さっき彼氏じゃないって言ったよね?」
「はい!」力強く答える私。
「ふ~ん」先輩は言った。「せっかく後輩出来たんだよね。後輩の女の子は絶対名前で呼びたいわけオレ。…仕方ねぇな。じゃあ、お前らの事も名前で呼んでやるから言ってみ?」
マジか?っていう顔で先輩を見るスズキ君とキダ。それでもスズキ君はきちんと答えたが、答えないキダの名前を先輩はスズキ君から聞き出して驚いている。
「マジでお前カズミ?マジで!?マジか…じゃあキダとリョウって呼ぶわ。めんどくせえけど。キダも呼ばせてもらったらいいじゃん。『チサちゃん』て」
「呼んでますけど」ケンカ腰にウソをつくキダ。
「彼氏でもないのに?」
「この二人、小学から一緒なんですよ」スズキ君の優しいフォロー。
「キダ~~」と先輩がキダをなじる。「オレはそんな幼馴染もいないし、中学で部活やってなかったから、高校では後輩の女の子に可愛く先輩って呼ばれたいわけ。そいで慕ってくれる後輩の女の子を名前で呼びたいわけ」
「呼んでるじゃないですかオレらがセンパイって」とキダのぶ~たれた声だ。
「男に呼ばれても全然嬉しくねえよ」
キダが小さい声で「キモ」と吐き捨てるように言った。
「え?キモって言った?」と騒ぐ先輩。
「いえ言ってないです」としれっと答えるキダ。
「え、どうなのチサちゃん。そんなに名前呼びは嫌なの?」先輩が私に直接聞く。
「恥ずかしいです。誰からも名前呼びはされないし。先輩も今日初めて会ったのに急にって思ってしまって…なんかすみません」
「そっか、可愛いな!」と先輩。
「いえ可愛くはないです」と即答する私と、「ちっ」とまた舌打ちするキダカズミ。
「お~マキ~~」と水本先生の呼ぶ声がして、私たちの前の先輩は何か言いかけたのを止めて「は~~い」と水本の方を向いた。
マキっていうのかこの先輩。
「お~マキ~」と水本。「後輩の面倒見てるのか~~~、お前えらいぞ~~」
「えらいですよ~~」と先輩。
「ついでにその子ら生物部に誘っといてよ」
「あ~~どうかなそりゃ」
生物部?
「ねぇチサちゃん、なんか部活決まってる?」と先輩が聞く。
水本先生に今言われた通りに私たちを生物部に誘う気なんだろうか。ていうか先輩、今私だけに聞いてるけど…
取りあえず他の部に入ろうと思ってるって断っとこう。「あの…」
「マキ~~~」水本先生が呼んだ。「男子も誘っとけよ~~」
先輩は水本先生の方先生を振り返らずに、「うるせえよ」と小さな声でぼそっと言った。
「じゃあ自分で勧誘しろっつの。ねぇチサちゃん?」
「あの一応オレは男子バレー中学からやってるんでそっちに入ろうと思ってます」とスズキ君が気を利かせてくれたのか口を挟んでくれる。
そっかスズキ君、バレー部高校でも続けるんだね。やってるとこ見に行きたいな~。
「はい了解」と軽く了解する先輩が私に聞く。「チサちゃんは?」
「私は美術部に入ろうかなって思ってるので」
「そっか美術部か~~~。でも生物部も楽しいよ?」
「いえ…」
「美術部とそんなに変わんないって」
生物部が?何言ってんだ、この先輩。
「マキ~~」とまた水本先生。「何チンタラ話してんだお前。生物部に入れられたか~」
「ダメかなチサちゃん」と先輩。「オレを助けると思って」
『オレを助ける』って、生物部って廃部とかになりそうなのかな。
「いやぁ…ちょっとそれは…」となおもやんわり断ろうとする私の声に、「無理強い止めてもらえませんか」とキツい口調で断るキダ。
「いや、」とマキ先輩。「キダの事はもう誘ってないから」
「せんせぇ~~」とマキ先輩が水本を呼ぶ。「1年手ごわいです。名前呼びすら拒否るし舌打ちするし、オレの事先輩とも思ってない感じ~~」
「なんでだよ」と水本先生。「お前の先輩としてのコミュニケーション能力に問題があるんだろ?もちょっとうまく勧誘しろ。部員増やして部費も増やしてもらって、野外活動とかマジもっとやりたいから」
「勘弁して下さいよ。オレだってそこまで生物部に思い入れないですから。先生の事やたら好きなそのへんの女子だけ連れてけばいいじゃないですか」
「おい~~マキ~~、そんな言い方止めろ。校長とかに聞かれたらどうすんだよ」
「いや悪いんですけど、先生自分で勧誘してみて」
「マキ~~~。そこの後輩女子と野外活動やりたいだろ~~」
「そりゃやりたいですけど」
マキ先輩は私を困った顔で見た。